代理戦争4人目~人を見た目で判断するなかれ、雲間東①~
なんてことだ……。これは夢だ……。
嘘だろこんなの……夢に決まってる……。
ところがどっこい! 夢じゃありません! 現実ですっ……これが現実っ……!!
そんなの言われなくとも分かってる。いくら結果を見直そうと、目の前の事実は揺るがない。変わらない。
「「やりましたぁぁぁぁぁ!! 皆さんようやく歓喜の瞬間ですっっ!! 2連敗と追いこまれ後がないこの状況で、我らが秀麗樹学園の誇る4傑が1人、優雅な笑みを終始崩さずに優木尊が勝利しましたァァァァァ!!」」
そう。3戦目のラップバトルで僕が敗北したという事実は。
DJKUUに代わって戻って来た司会進行の2人は、待ちわびたと言わんばかりに盛大な勝鬨を宣言する。当然、周囲の反応も僕が勝った時よりも歓声が大きく、歓迎されたものだった。
「クズの快進撃をここで食い止めた優木様、流石ですわ!!」
「やーいこのゴミ山大将敗北者! もう奇跡は終わったんだよ!!」
「きっと荒井君や武原君が負けちゃったのも、たまたま調子が悪かったんでしょ」
「これが本来の実力差なんだよ思い知ったかクズがーー!!」
……チッ。この観客共が。負けた途端に好き勝手言いやがって……。
だが、現に敗者である俺は言い返すことなど出来ない。僕というキャラを崩さない為というのもあるが、それ以上にそもそも敗者は結果に文句を言えるはずがないからだ。
重要なのは負けたことを引きずるんじゃない。負けた結果を受け入れ、噛み締めて、忘れずに次に活かして前に進むことだ……。そう、カス共の遠吠えなんて気にしなくて良いんだ……。あとであいつら全員帰り道で犬のうんこ踏めば良いのに。
「それでは見事勝利を収めた優木君にインタビューです! 優木君、3戦目のラップバトルの勝利おめでとうございます!」
「はい。応援して下さりありがとうございます」
おっと呪詛を送ってたら優木へのインタビューが始まったか。正直言うと聞きたくもないが、まぁ仮にも日本一のアイドルである俺に勝ったんだからな、聞いといてやる。
「1回目2回目と勝利し、このまま3連勝で終わる……かと思いきや、九頭竜の逆襲が始まりましたね。率直にあの時はどう思われましたか?」
「僕も3回目の勝負で決める腹づもりでいたので、あの追い上げには正直驚かされました。伊達に荒井君や武原君を破ってはいないですね、凄い底力でした」
「なるほど! 3回目4回目と立て続けに九頭竜に取られ、迎えた最後の5回目……どんな気持ちで臨まれたのですか?」
「九頭竜君は3回目の時に比べ4回目はさらにクオリティが上がっていました。そうなれば、5回目はさらに良いものが飛び出してくるでしょう。ですので、僕自身も限界を超えた最高の中の最高と言えるベストラップを繰り出さなければ……。そう思ってはいましたが、焦ってはいませんでした。冷静さを崩さないことと自然体であること、それを意識していましたね」
「おぉ~! 確かに見てるこちらからは怒涛の追い上げをされているにも関わらず、優木さんの顔や雰囲気に変化はないように思えました。見事と言うしかない精神力と胆力、流石です!」
……ハッ。何がベストラップだこの腹黒野郎が!
お前があの時考えてたのは如何にして俺のペースを乱すかだろ! そうじゃないとあんなこと……あんなこと……。
……そう言えば優木の奴……「まるで──本物の九頭竜倫人ではありませんか」って最後に言ってきたんだよな。
あの言葉がなきゃ勝負は分からなかった。その可能性があったことに俺は悔しさを覚える前に、寒気を感じていた。
それは俺が最も恐れること──僕が九頭竜倫人と同一人物だということがバレてしまう事態が、既に起こっているんじゃないかと。
いや……ないよな? だって今日も逆スーパーメイクは完璧だし、これまでの対決で汗とかかいたりしてるけど崩れてないし……ダンスとかの動きでもなるべく俺を出さないようにしたし……。
そうだ、あれはブラフだったんだ! クソ陰キャとは縁もゆかりもなさすぎる日本一のアイドルみたいだと褒めちぎって、僕をパニくらせる作戦だったんだよ! クソッ! 優木め! 諸葛孔明もびっくりの作戦思いつきやがって!
そうして俺は自分を納得させると、気持ちを僕に切り替える。負けたショックで呆けてる感を演出しとこう。
「さてさて……いよいよ4傑による代理戦もいよいよラスト! 4戦目は演技勝負です!」
……ん? ちょっと待って司会さんや。
代理戦がラスト? えっ? あれっ? 5番勝負じゃないの?
「では登場してもらいましょう! 4戦目の演技勝負、まさにその主役と言っても過言ではないあの人に!」
「皆様盛大な拍手でお出迎えください!」
困惑する僕を尻目に、あちらは着々とやるべきことをやっていた。
荒井大我
武原太郎
優木尊
この3人は紛れもなくイケメンだ。それぞれ異なったキャラクターやスター性も素晴らしく、秀麗樹学園の4傑に数えられるのも頷ける。
しかし……たった今中央ステージに向かってくるその男は……ぶっちゃけ4傑と数えられるのが相応しくないほど平凡だった。
まるで僕のような何の個性もない黒髪、スタイルも特段良いという訳でもない中肉中背、立ち居振る舞いも普通オブ普通。
4傑の中の唯一の一般人と呼ぶしかない男。
それこそが……僕の最後の相手──雲間東という男だった。
「どうも皆さん、雲間東です」
「いやぁ~雲間さん! いよいよ代理戦最後を務めることになりますが、今のお気持ちは?」
「大我や太郎が負けたのは本当に衝撃的だったなぁと。でも尊が勝ってくれて一安心って感じで。まぁ僕に出来るのは精一杯全力を尽くすことだけなので、頑張ります」
なんと当たり障りのない普通のコメント。これが雲間君クオリティ。しかしこんな平々凡々な言葉でろうとも、雲間君のファン達は「素敵ー!」とか「かっこいいー!!」とか「流石は雲間君ッ! 他の3人には出来ない普通すぎることを言ってのけるッ! そこにシビれる憧れるゥ!!」とか大盛り上がりだ。
「さて雲間君も気合十分のようですね! ではでは、もう皆様も待ち切れないと思いますので、早速勝負内容の説明の方に映らせて頂きます!」
司会がそう言うと会場は途端に暗転。
闇に包まれた空間では観客の生徒達のざわざわとした声や音だけが聞こえ、どうしたんだろうかというのが伝わってくる。
「演技と言えば!」
「やはり!!」
「「こうでしょう~~~っっっ!!」」
それまでラップバトルの為の機材や作りになっていた中央ステージは、一転して絢爛豪華なハリボテのお城に生まれ変わっていた。言うまでもなく観客達は感嘆の溜息を漏らす。
「演技勝負、その演目は王道!」
「"ロミオとジュリエット"です!!」
なるほど、ロミジュリか。
よく聞くけど内容あまり知らないんだよね。お前はなんでロミオやねんとかその程度くらいしか知らないぞ僕は。
「しかし、ただのロミオとジュリエットではありません!」
「今回は劇団志望の生徒の皆さんに協力してもらい、即興超アドリブロミオとジュリエットをして貰います!」
おぉ……なんだそりゃ。
けど逆に助かったのかも。あんま知らないのを無理してやるより、1からアドリブにして勢い任せでやった方が良いかもしれないし。
よし……同じく地味同士の対決になるが、当然雲間に負ける訳にはいかない。やるからには徹底的にやり切ってやる……!
気合も十分に雲間との演技勝負に臨もうとした僕。
その時、5戦目のモデル勝負の相手が誰なのかなんて、考える暇はなかったのだった。