5番勝負3戦目ラップ対決~VS超ド級インテリイケメン・優木尊~②
「YO 豹変してんなクズが
饒舌かましてんなやるな
即興ワードの割には上出来
俺に向けられるは挑戦の切っ先
でもけどデーモンカモン
俺という魔王は現在健在で
バースの魔法は自由自在で
お前の模倣はまさに死罪Death!」
2ターン目の優木の前半8小節。
”ガチ陰キャ”だと侮っていた様子もなかったからか、観客のようには驚いてはおらず、ここでも流暢な言葉を紡いで魅せている。
俺に飲まれかけていた会場の雰囲気を、一気にイーブンに引き戻しやがった。
「お前に飲まれかけた観客
でもそれすら通じねえ俺の防御
鉄壁の牙城 譲らねえ強情
出来は重畳 この俺が頂上
お前が辿り着けない頂
栄光の勝利に俺は輝き
敗北の嗚咽にお前は戦慄き
顔洗って出直してこいこのクズガキ」
後半の8小節、計16小節を終えた優木。
1ターン目も2ターン目も優木らしい素晴らしいラップを披露している。観客から歓声が絶えないのも納得の出来だった。
優木が放つ雰囲気に飲まれないように、そして何より負けないように──俺も改めて気合を入れて2ターン目に臨む。
「俺が顔洗うならお前は首洗っとけ
ってか煽るのも良いが理に適っとけ
さっきも言ったぞ俺の方が連勝してんだよ!
どっちかっつーとそっちが挑戦者だろ!
お前の牙城はとっくに崩れた
ここで負けりゃ今後辛えな
余裕こいてる暇はねえんだな
トドメ刺してやるよその顔面にな」
2ターン目の前半8小節。優木に負けじと、俺も上々の滑り出しを魅せた。その証拠に、優木一色に染まっていた会場も、俺を後押しするかのような歓声が上がる。
「また言いやがったなクズってよ
それしか語彙力ねえのかよ
それだともう威力ねえんだよ
動じない様はまさに不動明王
これから照らすぜ希望の明星
黙らすテラうぜえお前らの嘲笑
魔王と女帝の悪夢のコラボ
それすら打ち砕く倫人こそがヒーロー!」
ここでも噛むことなく後半の8小節、計16小節を言い終えた俺。
優木と俺の2ターンのやり合いが終わり、会場には沈黙が訪れていた……が。
「ななななななんて奴だ九頭竜倫人はYOOOOOOO!! あの優木尊に全く引けを取らない見事なラップをカマしてきた、まさに脅威のニューカマーだNe~~~~~!!」
DJKUUの声に呼応し、観客は再び歓声を張り上げた。この反応を見る限り、ラップは思っていたよりも上出来だったようだ。
だか、これだけのラップを魅せつけたとなると、俺が''日本一のアイドル''の九頭竜倫人であることがバレる、という最も危惧すべき事態が引き起こされる可能性が……実はこの場においてはない。
何故ならば──
「しかしまさかあいつがあんな見事なラップを魅せつけるなんてな……全く予想出来なかったぜ」
「でも不思議なことなんかじゃない。名だたるプロのラッパー達の中には、学生時代に全然友達が出来なくてボッチだったって人もいるからな」
「だよねー。それにウチらも休み時間とか放課後で暇潰しにやってたりするし、それを毎日盗み聞きしてたら多少は出来るようになると思うけど……にしてもあんなに見事なのは悔しい!」
歓声とざわめきの中に混じる誰かがしていた会話を、”日本一のアイドル”として鍛えられた耳が拾う。
そう、まさにこの言葉通りだった。優木……いや、鬼優にラップのコツを教えてもらった際に、今をときめく実力派ラッパー達も実は学生時代は全然華やかでない陰キャだったという話を聞いたことがあった。
誰かと関わり合えない孤独な時間、それを全て脳内ではライムを綴るものとして充ててラップの実力を高めていった……らしい。つまり、”ガチ陰キャ”である俺がラップが上手いことの不自然さを帳消しにするには丁度良い事実だった。
「まさかまさかの大熱戦だったNe~~~っ‼ さてさて観客! ざわざわするのもそれまでにしておいて、そろそろ勝負を決する時間と参ろうかNa!」
と、DJKUUの呼びかけで騒がしかった客席もようやく静まり返る。
16小節2回、たった一度きりの真剣勝負。
俺は出来ることを全て尽くした。荒井の時のような運、武原の時のような小賢しさ、それらではなく純粋なる実力で優木に勝てたかどうか──今、それが分かる。
「じゃあまずは……先攻、優木尊ッッ‼」
DJKUUが優木の方に手を差しながら、その名を叫ぶ。
すると、直後には大歓声が上がった。”日本一のアイドル”として鍛え上げられた俺の耳は、その割合を間違えるはずもなく……。
約7割の生徒が、優木に票を入れていた。
「では続いて……後攻、九頭竜倫人ッッ‼」
俺の名前がコールされ、後に上がった歓声。
それは明らかに優木の時と比べて声量は小さかった。僅差とは到底言えない、誰の耳でもはっきりと分かる程に。
俺は……負けた。
優木とのラップ勝負、真っ向勝負に。
勝敗が決し、会場はまたも歓声に沸く。それを最上段の玉座から眺める清蘭も、腹立たしい笑みを浮かべていた。
それはそれで腹立たしい……けれど、それ以上に俺にとっては負けたことが悔しかった。
勝ちたかったなぁ……魅せたかったなぁ。この場にいる誰よりも、この場にいる誰をも魅了したかった。純粋に俺の実力不足だった。だからこそ尚更、悔しかった。
「YOOOOOOOO‼ これでラップ勝負は決着だNe~~~~っ!! これにて勝利を手にしたのは──」
「お待ち下さい」
「へっ?」
DJKUUが勝者を名乗り上げようとしたその時だった。待ったの声が掛かったのは。
テンションが上がりまくっていた会場の熱が引き、静寂が訪れる。それを引き起こしたのは……今もなおその顔に優雅な微笑みを浮かべる優木本人であった。
「今の判定、僕は正直に言いますと……不服ですね」
「えっ、ええっ……!? ど、どういうこと……!?」
DJKUUがキャラを忘れて素に返るほど、優木の発言は衝撃的だった。会場も静寂からざわめきが溢れ返り、優木の発言が信じられないといった雰囲気が漂い始める。
俺すらも、優木の言葉には驚かずにはいられなかった。
「確かに、僕の方が歓声は明らかに大きかったです。ですが……その内の何割かは、嘘が混じっていました。九頭竜君の方が良かったと思っていながら、僕の方に声を上げた人達の虚ろな歓声があったのです」
どよよっと、大きなどよめきの声が響く。何故分かったんだ、と言った具合だろうか。
となると内心では俺のラップの方に魅せられていたが、清蘭の顔色を伺って優木に声を上げた生徒が少なからずいるということか。なんて奴らだ。
「このラップ対決を含めてこれまでのダンス対決や大食い対決は全て”本気”で行われて来ました。荒井君、武原君、僕、そして九頭竜君……誰もが本気で、自分の全てを尽くして戦ってきたのです。ですが……今の嘘に満ちた歓声は、それら全てを愚弄するものです。実に……不愉快です」
微笑みが消え、初めてその顔に嫌悪が宿った。
”ガチ陰キャ”でスクールカーストの最底辺の俺にすら向けなかったその表情を、会場席に向けている優木。そのあまりの鬼気迫る表情に誰もが凍り付いて言葉を失っている。
「このような形で勝利するくらいなら、僕は自ら負けを選びます」
「ハァ!? ちょっとあんた何言ってんのよーーーーーっっっ!!!」
と、そんな優木に物申せる人物が一人。
玉座から立ち上がり、マイクも通さずこちらに聞こえるほどの大声を張り上げた秀麗樹》学園の女王、甘粕清蘭だった。
「意味分かんないんだけど!? あんたの勝ちだって言ったら勝ちじゃんか‼ あたしの命令よっ‼ あんたの勝ちだからねこの勝負はっっっ!!!」
「いいえ、清蘭さん。流石にあなたのお言葉であろうと従えません」
「ちょっとインテリ眼鏡! あんたまであたしに逆らうっての!?」
「はい。九頭竜君との勝負をこのような形で終わらせられるのは不本意極まりないですので。僕は……真剣勝負に水を差されるのは、何よりも嫌ですから」
「っ……」
勢いと感情のままに叫んでいた清蘭すらも黙らせてしまう優木。それほどまでの真剣さを表情、いや全身から迸らせている。
清蘭に逆らうことすら辞さない覚悟、確固たる信念。普段は物腰柔らかだからこそ、その内に秘める全くブレない芯の強さ。
俺が普段から見慣れている【アポカリプス】の鬼優としてあいつがそこにはいた。
「清蘭さん、そして皆さん。興が覚めるようなことを言ってしまい誠に申し訳ございません。もしも、僕の我儘をお許し頂けるのなら……九頭竜君と改めて1戦行わせて頂けないでしょうか?」
清蘭も遂に黙り込んだ本当の静寂の中、優木の切実とも言える懇願する声が響き渡る。
「その1戦で、九頭竜君との雌雄を決したいと思います。その時の判定に、僕は絶対に不服を唱えません。ですから……皆さんも、本当の彼を評価して下さい。本当の自分の気持ちに従って下さい。誰かの顔色ではなく、自分の感動に素直になって下さい」
優木は真剣さを伴いながらも普段の微笑みを浮かべていて。
そして、最後にこう付け加えていた。
「僕からもお約束します。次の九頭竜君との勝負は、1戦目よりも必ずブチアゲて魅せましょう」