九頭竜倫人の2連勝、その時甘粕清蘭は……。
「オイコラァァァッッ‼ てめェこんな自分に有利なルールで負けてんじゃあねェぞ武原ッッッ‼」
「あははははーごめんねー負けちゃったよ!」
「あ、まだ頬にクリームついてるぞ太郎。……これで良し。にしても僅差だったな。大我の時と同じく、どうやら九頭竜君は見た目からは想像出来ない勝負強さを持ってるな」
「いいやちげえぞッッ雲間ァ‼ 同じじゃねえッ‼ あの九頭竜倫人ッッ……やっぱりあいつはクズだッッ……‼ あいつが武原に自分のケーキを食わせなかったら負けてなかったんだからよッッッ‼」
「でも美味しかったんだから別に良くない~?」
「そういう問題じゃねえんだよ武原ッッ‼ やり方が汚ねェって言ってんだ俺ァッッ‼ 許さねえェ‼ そんな漢らしくもねえ真似するクズ野郎なんざ、この俺がブン殴って──」
「いいえ、違いますよ。荒井君。彼は、正当な方法で勝利したんです」
「あァ!? 何を言ってやがんだ優木ィ!!?」
「俺もそれは疑問に思うな。どういうことだ尊?」
「ゆーちゃんどーゆーことー?」
「あの勝負、実は武原君が九頭竜君にあーんをした時点で勝負は決まっていたんです」
「何ッッッ!!?」「何だと?」「そーなのぉ?」
「相手にあーんする……つまり"相手に自分のケーキを食べさせる行為"というものは、本来であれば反則行為に相当するものでした。しかしながら、そのルールを適用すると武原君の反則負けになってしまう……。司会進行は、もちろん清蘭さんサイドである僕らを勝たせたいはずですから、武原君が九頭竜君にあーんさせてしまったのを無視せざるを得ません」
「なるほど。そこまでは分かったけれど、まだそれが勝ち筋になったっていうのは判然としないな」
「雲間君の仰ることもごもっとも。ですからまだ話には続きがあります。反則負けを見逃して貰ったことに恐らく気づいたであろう九頭竜君は、その時点で武原君にあーんをさせる作戦を思いついたでしょう。司会進行であり審判役の彼らが武原君の時のみ反則負けを見逃し、しかし九頭竜君の時は見逃さない、そんな不平等なジャッジは流石にするわけにもいかないでしょう。加えて九頭竜君はケーキの中で一番美味しい部分を武原君に食べさせていましたよね」
「うん! クズ君オレの好きな部分ばっかくれてた! 凄く優しかったよー!!」
「えぇ、それは何よりでした。しかしながら、それこそが勝ち筋の1つでもあったのです。太郎君が”特に美味しいものを食べる時は時間をかける”という癖を持っていたことを、あの短時間の中で見抜いていたのでしょう。そうして絶望的な差がついたあの状況から九頭竜は紙一重の大逆転勝利を収めた、という訳です」
「なるほど、そういうことだったんだな」
「そこまで頭の回る奴だったのか九頭竜はッッッ……!!」
「へーよく分からないけどクズ君凄いことしてたんだ!」
「まぁ、途中まで表情を見る限りでは諦めていたようでしたけどね。いやはや、咄嗟の閃きは素晴らしいものがあります。加えてここぞという時での爆発力や勝負強さ……これは対戦が楽しみになってきましたよ」
荒井とのダンス対決の時と同じように、武原との大食い勝負が終わった後は休憩時間が設けられていた。
うぐ……吐きそう……。もう1ヶ月は甘いものはいらないなこれ……。
時折込み上げる吐き気に口を手で押さえつつ、俺はまたも4傑の席の方をチラリと見る。
荒井は……何だかまた睨みつけてるな。メンチビームが突き刺さって怖い。
武原は……こっちに気づいて笑顔で手を振ってくれた。ホントに良い奴だなお前。
雲間は……敵意はなさそうな顔つきだ。かといって、腹の奥では何を考えていることやら。
最後に優木は……優しく笑みを浮かべている。だけど瞳が合ったその瞬間に何故か全身に寒気が走った。
優し気な瞳の奥に何やら良からぬ考えを抱いている、そんな予感がしたからだ。
「ななななんという奇跡ッ、ミラクルでしょうか~~~~っ!!」
「初戦の大我君とのダンス対決を僅差で制したかと思えば、2戦目の太郎君との大食い勝負も僅差で制する……ぐすっ……武原君が負けるなんてっ……びえええええええええんっ‼」
「推しの敗北に進行所ではなくなっている相棒はさておき、これでもう誰もクズと呼ぶことは出来ないッッ!! 我らが秀麗樹学園が誇る”4傑”を相手にミラクル2連勝を飾ったその男の名は、九頭竜倫人ォォォォォ~~~っっっ!!」
司会進行の叫びに負けじと会場も咆哮する。
徐々に俺に向けられる視線の種類や声が変わっている。これが本来俺が向けられるべきものだ。案外、この学園内でもキャーキャー言われるのも悪くないかもしれない。
……まぁ、それでもやっぱり毎日は落ち着かないからいいか。全く以て”4傑”のあいつらには尊敬の念すら抱かざるを得ない。仕事でもプライベートでも黄色い歓声が絶えない、ということのストレスとの付き合い方が俺は下手なのかもしれない。
「では2戦を終え、休憩している所ではありますがここで奇跡の快進撃を続ける九頭竜君にインタビューをしてみようと思います!」
おっとインタビューか。受け答えや声でボロを出す訳にはいかない。しっかりと”ガチ陰キャ”を演じないとな。
「九頭竜君! まずは2連勝おめでとうございます!」
「あでゅ……ありがとぅ……ごじゃぃぁす……」
「軽くこれまでの勝負を振り返ってみて、率直な感想をお聞かせください!」
「ぇ……ぇっとぉ……ょく分かりぁせん……」
「よく分からない、ですか?」
「ひゃ……ふぁぃ……もぅ何がにゃんでゃきゃ……ひちゅすりゃ一心不乱ンぬぃ……」
「な、なるほど! ひたすら一心不乱にやること、それが功を奏しているといった感じでしょうか! まさにビギナーズラックですね! ありがとうございました!!!3戦目以降も頑張って下さい!」
ホッ、何とか早めに切り上げてくれた。コミュ障全開の受け答えして、あっちも困り果てたようだ……。
なるべく小声で話したし、俺のガチ勢ファンにもばれることはないだろう。
「では続きまして、甘粕清蘭様にもお話を伺ってみましょう!」
あーなるほど……。
──ハァ!? 清蘭に!? やめとけよやめてください!
一応あいつは俺が”日本一のアイドル”だってことは言わないようにしている。曰く”あたしより目立つかもしれないじゃん”とのことで。
でもあいつはとんでもなくバカでとんでもなくカスな女だ、どんなとこからボロを出すか分からないんだぞ⁉ やめろ頼むお願いします!
そんな俺の心からの願いも虚しく、もう1人の司会進行の方は清蘭にマイクを向けていた。
ステージ中央の巨大液晶テレビには、相変わらず無表情で戦況を見守っている清蘭が映し出されていた。
「清蘭様! これまでの戦いを見守っての率直な感想をお聞かせください!」
「……」
「……き、清蘭様? あ、あの……何かお言葉を……?」
……ん? どうしたんだ清蘭の奴。
無言を貫いたままで、俺の時以上に司会側が困り果てている。
一体どうしたんだろう……そう思っていたのだが。
「──ちゃんと本気でやってんのあんたら? あんなクズに負けるだなんて……あんたらの方がよっぽどクズ野郎じゃんかっ‼」
突然マイクを奪ったかとまさかの”4傑”達への罵詈雑言で清蘭の時間は開幕していた。
「何やってんのよっ! あんなクズ男に負けるなんて超超超あり得ないんだけどっ‼ 何が”4傑”よあたしの顔に泥を塗りやがって‼ いやもう泥なんてもんじゃない、うんこようんこ‼ あんたらなんか勝たなきゃただのクズなのよ‼ あいつ以下のクズ! うんこ! このクソクズーーーーーっっっ!!!!!」
「ぐおがァァアァァァアァッッッ!!!」「うわあああぁああああーーんっ!!!」
清蘭の容赦ない不満の言葉は刃と化し会場を駆け抜けて。荒井と武原の心を確実に抉る一撃となった。2人は絶叫の後に血を吐いて倒れた。可哀想に……。
「良い!? もう絶対に負けないでよね‼ 優木! 雲間! あんた達ぜ~~~ったいに負けないでよね‼ 何が何でも勝ちなさいっ! 命に代えてでも勝ちなさいっ‼ 以上っっっっっ!!!!!」
そう叫ぶと、マイクをぶん投げて清蘭の罵詈雑言タイムは終了した。
……何て奴だ。負けたとは言え自分の為に全力を尽くしてくれた男2人をクソクズ扱いはない。
やはり、こいつが諸悪の根源……何としてでも勝負に勝ってこのカスに天誅を下さなければならない。一生立ち直れない程の敗北感を与えねば、と俺は静かに拳を握り締めて心に誓ったのだった。
「ははは、言われてしまいましたね」
「っ──!?」
耳元で囁かれ、ぞわりと鳥肌が立つ。
反射的に立ち上がって距離を取ると、俺の椅子のすぐ傍には男子生徒が立っていた。
「おやおや、そんなに驚かなくとも良いではありませんか。九頭竜倫人君」
耳触りの良い丁寧な話し方。
物腰柔らかな態度。
学園一の優男であり、同時に学園一の頭脳の持ち主でもある男──優木尊だった。
「あそこまで清蘭さんに言われてしまっては、僕らの面子も丸潰れですし好感度も最悪。今後、清蘭さんそれは少々困りますので、そろそろ勝たせて頂きますよ」
「……も。もしかして……次の相手って……?」
意味深に迫りくる優木に、俺はじりじりと後退りながら尋ねる。
優美に、あるいは腹に一物持ってそうな笑みを浮かべながら優木は静かに答えた。
「ご明察の通り、僕です。よろしくお願いしますよ、九頭竜君」