やっぱりあいつは最強の幼馴染かもしれない。
「……ふぅ。来ねえなあいつ」
屋上から見える景色を眺めながら、俺は溜息を吐いた。
"ココア"で清蘭に連絡を取ってから20分が経過した。が、待ち合わせ場所である屋上には依然として俺1人だけ。既読もついて「分かった、屋上ねー!」と返信もしていると言うのに、あいつは何をしてやがんだ。
「ホンットにマイペースだなあいつ……」
1人愚痴を零した俺の脳裏には、これまで清蘭と約束をした時のことが思い出される。
清蘭が待ち合わせに遅れるなんて珍しくはない。かれこれ今までの付き合いであいつは遅刻常習犯だ。かと思えば、時折約束の時間よりも早く到着してる時もあるが、そう言う時は1時間以上も早く着いていて「遅いっ! 女の子待たせるなんてクズ男よ倫人!!」と怒ってくることもある。
とことんマイペースな奴だ全く。
もう慣れたとは言え、今日に関してはエデンとエルミカの最終調整を見て上げないといけないし、なるべく早く来て欲しいんだが……。
「焦っても仕方ない。飲み物でも買いに行こう」
再び溜息を大きく吐くと、会場の様子を眺めるのを止めて俺は出入り口に向かう。
早く来るように催促してもあいつの身勝手さは変わらないし、こちらのイライラを抑える方に徹した方が良い。
何を飲むか考えつつ、出入り口のドアノブに手をかけた……その瞬間。
「どろぐばっ!?」
突如、扉が向こう側から開いて。
さらには。
「えとーっ!?」
倒れると同時に腹部に重い何かが連続でのしかかる。普通にいてえ!
い、一体何が起こったんだ……と状況を整理しようとしたその前に。
「倫人ーーーっ!! 来てあげたわよーーーーっ!!!」
聞き覚えのありまくりな馬鹿声が耳に届いた。
俺を踏んでいることに気がついていないようで、そのまま清蘭は「ちょっとどこよー!? せっかく来たんだから早くしてよ!」と遅刻した立場で好き勝手ほざきやがっていた。
「……おい、清蘭……俺はここだ……」
「へっ……? えええ倫人ーーーっ!? なんでそんな所に……ってまさかあたしのパンツを覗こうと!? な、何やってんのよ馬鹿! えっち! すけべ!! 発情期!!」
「安心しろ。お前のパンツなんて見たくもないからしっかり目は閉じてたぞ」
「あたしのパンツ見たくないの!? 何それあたしのパンツ見て喜ばないなんて、それあんたついてないのと同じなんだけど!?」
「どっちだてめえ!! ってかいい加減どけ!! 内臓破裂する!!」
「はぁーーーっ!? あたしそんなに重くないんだけど!! 倫人サイッテーーーっ!!」
「だあぁああああ!! 埒が明かねえ!!」
「わわっ……!?」
俺は清蘭を無理やりどかせるべく、足を掴んで身体を宙に浮かせるとその隙を突く。
宙に浮いた清蘭の身体を手でしっかりと支え、それでようやく立ち上がることが出来た。
何だか社交ダンスでよくやるポーズみたいになってしまったが、これでようやく清蘭の重りから解放された
「っっ……」
──はずだったが、俺の全身に先程よりも重く、大きな衝撃が襲いかかる。
パンツを見ないようにすべく閉じていた瞳。それが開かれた今、俺の目に映っているのは今日の清蘭の姿であった。
既に超絶がつくほどの美少女である清蘭の顔は、その輝きをさらに映えさせるメイクが施してあって。
橙色と白の2色で構成されたフリルスカート型の衣装は、言うまでもなく清蘭の可憐さをますます引き出していて。
唯一違う色となる黒のニーハイソックスには瞳が吸い込まれてしまう。
いつものセミロングヘアにはきらきらと光る星のアクセがあり、この存在感に負けず使いこなせるのは流石と言った具合だ。
……まぁ、つまり。
今日の清蘭は──凄く可愛いという事だ。これまでの中で1番かもしれないほどに。
「っっ……」
「わっ、悪い! 怪我してないか?」
「はっ、はぁ!? あたしが今ので怪我する訳ないじゃんきゃ! 倫人ってば心配性ね!」
俺の手を払い、後ろにおもいっきり後ずさる……ってか跳躍して出入り口のドア付近まで距離を取った清蘭。
ゴンッ!! って強烈な音が聞こえたけど、まぁ痛がってないし大丈夫だろ。
しかし危なかった……。俺ともあろうものが、敵である清蘭に見蕩れかけた……いや、最早見蕩れてたなんて。
顔赤くなってないか? 清蘭の方を見ると何故かあっちも顔が赤くなってるし……あ、あれか。パンツ関係だな。見てないとはいえ恥ずかしいだろうしな。
「そ、そっそそそっそれでっ! あたしに話って何なのか話してみなさいよ倫人ぉ!?」
「なんでそんなに声上ずってんだよ。まぁいいか、本題に入るぞ」
「う、うん」
あっちの方から切り出してくれて助かった。清蘭にしてはナイスプレーだ。
さて、あとは心置きなく話に入るとしよう。改めて清蘭に宣戦布告をし、後腐れなく全力をぶつけ合おう。そんな感じのことを言いたかったのだが……。
「……」
何だか清蘭が妙にいじらしい。
借りてきた猫並に大人しすぎて逆に不気味だ。先ほどの暴君ぶりは一体どこへ?
顔も赤いままだし、様子が変だ……。もしかして……''例の病気''がまた発症してしまっているのか?
だとしたら全く手の施しようがないぞ。とりあえず、先に用件だけ終わらせておこう。清蘭の病状が悪化したら、それこそこの話は出来ないし。
「……清蘭」
「うん……」
「話っていうのは、改めてお前に伝えたいことがあってな」
「うん……」
「俺は……お前に……」
「っ……!」
「宣戦布告をしに来た」
「……え?」
「今日は、以前から校内新聞でも取り沙汰されてたようにエデンやエルミカとお前の決戦の日だ。だから、改めてそのことを言おうと思ってな」
「宣戦……布告……?」
「あぁ。対決する立場でこういうのもなんだが、よろしくな。お互い悔いが残らないよう、全力で戦い合おうぜ」
清々しい笑みを浮かべると、俺はそう言って手を差し伸べた。スポーツマンシップではないが、清蘭とは正々堂々と戦いたいからという思いがあったから。
清蘭はというと、しばらく無言で俺の顔をじーっと見つめている。おっ、顔の紅潮も引いてきたし、この様子なら大丈夫そうだ──
「このっ──バカクズ男おおおぉおおぉおおおおぉおぉぉおおおおおぉっっっっっ!!」
「ろっべんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんーーーーーーーーっっっ!?」
安堵した瞬間、今度は俺の顔が真っ赤っかに染まっていた。清蘭からの突然の全力ビンタによって。
「ばーかばーかばーーーかっっっ!! あんたもあんたの女達もっ、あたしがギッタンギッタンのメッタメタにしてやるんだからーーーーっっっ!!」
な……ぜ……?
猛烈に回転したまま、屋上に叩きつけられた俺が耳にしたのは清蘭のその最後の捨て台詞で。
直後、バァン! と壊れん勢いで屋上の出入り口のドアが閉められた音が聞こえてきた。
……あいつの可愛さに見蕩れてしまったこともあるが。
やはりこの理不尽さこそ、あいつが最強の幼馴染であることの証左なのかもしれないと、俺は頬の激痛によって教えこまれたのだった。
「……絶対許さん……エデンとエルミカを何としてでも勝たせて……、この痛みの屈辱と怒りを倍返ししてやる……!」