5番勝負2戦目大食い対決~VS超ド級無邪気イケメン・武原太郎~①
「グッ……ちくしょおがッッッ!!」
「おっかえりー大ちゃん! すっげーかっこ良かったよーーっっ‼」
「おわッ、しがみつくんじゃねェ武原ァ!! ブッ飛ばすぞッッッ!!!」
「いやはや、まさか負けるだなんて微塵も思っていませんでしたよ大我君。何はともあれお疲れ様でした。どうぞこれあなたのお気に入りのスポドリです」
「あァサンキューな優木ィ……プハァ! 生き返るぜェ~ッ‼ っつかよォ、俺様だって負けるなんてこれッッッぽっちも思ってなかったんだがなァ……あの野郎かなり”やる奴”だぜッッッ!!!」
「確かに大我が負けるなんて、俺達はおろかこの場にいた誰も予想出来なかっただろうしな。まぁ、今はゆっくり身体を休めろ。ほら、綿100%のお肌に優しいタオルだぞ」
「ありがとうな東雲ェ。あァ気持ち良い甦るぜェ~ッ!! ……本当にその通りだぜェ。あのク……いや、九頭竜倫人があんなパーフェクトなダンスをするなんてなァッッ!! 悔しいが見惚れちまったぜッッッ……!!」
「おや? 彼のことはもうクズとは呼ばないのですか?」
「あァ」
「どうしたの大ちゃん? いつもならオレらの中でも一番にクズって呼んでたのに。
「それはだな、ってかてめェはいい加減抱き着くの止めろォ武原ァ! ……ごほんッ。俺様は勝負に負けた。正々堂々ダンスで戦って、そして負けたんだ。あそこにいる、九頭竜倫人になァ。一人の漢として俺様を負かしたアイツをクズ扱いなんてしたら、俺様は漢じゃねえッ!! それこそクズだってもんだッッ!!」
「なるほどな、相変わらず律儀だな大我は。まぁその悔しさも必ず大我を成長させてくれる。忘れないようにしておかないとな」
「あァッッッ‼ にしてもッッッ……まだ悔しすぎて歯軋りが止まらねえぜェ……!!! 次にダンス対決する時は覚えとけよ九頭竜ッッッ……!!!!」
うわぁ……。
5番勝負の1戦目、ダンス対決を終えての休憩時間。ふとあちらの陣営に目をやると、物凄い形相で荒井がこっちを睨みつけていた、怖っ。
”ガチ陰キャ”としては荒井の熱視線にビクビクとした様を演じつつも、内心で俺は心底ホッとしていた。
初戦のダンスバトルを勝てたこと、さらには皆の反応から察するに俺が”日本一のアイドル”としての九頭竜倫人であることはバレていない。
これは最高のスタートと言う他にない。会場中の空気事体が変質し、俺への罵声の嵐も今や無風に近い。
「しかし……流石にあの4人だな」
会場の生徒達に向けていた視線を、俺は再び”4傑”に戻す。
重要な初戦を落とした。俺にとってもあいつらにとっても、初戦の重要度は同じくらいだろう。5番勝負という短期決戦の中では、1勝の重みはとてつもないもの。
しかも、後の勝負の勢いに乗れるという点において、初戦はどうしても勝たなければならないものであったはず。
だが、それを考慮しても向こう側は負けた荒井を責めている様子もなければ意気消沈もしていない。何事もなかったかのように誰もが自然体でいる、遠目からでもハッキリと分かるくらいに。
伊達にいくつもの修羅場を潜り抜けてきてはいない、流石は俺と同じく''日本一のアイドル''【アポカリプス】のメンバーと言うべき不動の姿だった。
「さて、じゃあ……あっちはどうだ?」
”4傑”の様子を確認した後、ここで俺は客席の中央に位置する特等席を見つめた。
周りの席とは異なり明らかにスペースを取った上で豪華絢爛な装飾が施してあるそれは、まさに玉座と呼ぶに相応しい。
そこにいるのは当然、今回の決闘の発端となった”学園一の美少女”──甘粕清蘭。
「……」
1戦目を落としたというのに、清蘭は無言で無表情を貫いていた。いつもなら「なんで負けてんのよこのばかちんが‼ このフニャチン野郎‼」とかマイクを通して大声で文句言ってそうなのに。
あんなに静かというか自分の感情を表に出さない清蘭はかえって不気味だ。
……まぁ、それならそれで別に構わない。
俺がやることは変わらない。”日本一のアイドル”としてバレないように細心の注意を払いつつ、”日本一のアイドル”としてこの場にいる全員に俺の輝きを''魅せる''──。
清蘭、教えてやるよ。
お前が売った喧嘩は……日本一高いモンだったってことをな!
「まだまだ会場の興奮が続いているようですが、まだまだ盛り上がりのピークを迎えるには早いですよ~!」
「皆さん気持ちを入れ替えて、続きまして第2戦目にいきましょう~~~!!」
おっと、そろそろ2戦目の発表か。
あと残ってるのは確か……大食い、ラップバトル、演技、モデル、だったか。とりあえず体力はさっきのダンス対決でかなり消耗したし、楽なやつがいいな。モデル対決とか。
「第2戦目の内容は~~~デケデケデケデケデケデケデケデケ、デンッッ‼」
「大食い勝負となりま~~~~すっ‼」
デスヨネー。はい、知ってましたよそう上手くいかないのは。
しかもよりにもよって、一番勝率が低い勝負が来るとはな。大食い勝負かぁ……うん、負けるかもしれない。
だってこれ、”日本一のアイドル”とぶっちゃけ何の関係もないし。それに、俺はこの手の勝負で対戦相手になるであろうそいつに勝てる気が一切ないし。
「それでは”4傑”の中からは誰が参戦するのか……と、その前に!」
「大食い勝負で使われる、料理の方を見て頂きましょう~!!」
そうだな、俺もそっちが見たい。誰が出て来るかは分かってるし、せめて今出来ることは俺が食べ進めやすいものであって欲しいことぐらい。
そう願いつつ、ステージ奥の幕から見えて来たのは赤い包みに覆われた何かで少なく見積もっても1mはある。……嘘だろ? いや、もしかしたら遠近法でちゃんと見えてな……いや近くに来てもやっぱり1mあるなぁー! はい確実にしんどいやつ~~~‼
「今回の大食い勝負で使用するのは~~~デケデケデケデケデケデデーン‼」
ちょっとパターンを変えてきたドラムロールと共に司会進行の2人が両端から覆いを掴み、料理の正体がお披露目となる。
見えて来たのは言うなれば白の巨塔。高く聳えるその塔は五段に分かれ、いずれの段も様々な果実が溢れんばかりに添えられてあり、螺旋状の白く柔らかなクリームが全体に巻きついている。
つまりは超巨大なケーキだった。
見る者全てを圧倒するサイズに会場にはどよめきが広がる。こんなのウエディングケーキ並じゃないか、発注ミスを疑うぞ。
「今回の料理勝負で使うのはこちら! 2つの超巨大ケーキはどちらも最大直径52cm、高さ1mの五段ホールケーキですっ! その重さは2.6キロとまさに規格外のモンスターだぁぁああぁっ!!」
「いやはや何と言うド迫力!! これを食べるなんて正気の沙汰じゃない! こんなケーキを果たして一体誰が食べるのかーーーっ!? 」
いや露骨な前フリだなオイ。
もう分かってるって、誰が出て来るのかなんて。
「そっ、れっ、はっ! このオレだよーーーーーーっっっっっ!!!」
わざとらしすぎるフリに答えたのはあどけない無邪気な声。
ケーキが登場した時と同じようにステージ奥にシルエットが浮かび、声の主の姿が徐々に現れていく。
「やっほー皆ぁああああああぁああぁぁぁっっっ!!!」
声の主は全力疾走で中央ステージに瞬く間に辿り着き、大ジャンプをしてみせる。特徴的な緑の髪が揺れ、朗らかな笑顔にたちまち女子達の喜びの声が轟いた。
──武原太郎。秀麗樹学園屈指のイケメン"4傑"の1人にして、食べるの大好きの超絶食いしん坊、さらには大のつくほどの甘党だ。
そして……【アポカリプス】ではShinGenという名前で活動している、俺の大切な仲間の一人でもあった。
「太郎君やっほーーー‼ 今日も今日とて無邪気でかっこかわいいですね‼」
「ねえ! もう食べていいの⁉」
「いやまだです! ルール説明聞いてからにしてください‼」
「分かったー! じゃあルール聞きながら食べるねー! いっただきまーす‼」
「全然話聞いてくれねぇ⁉ 待って太郎君! スタッフ取り押さえてーーー‼」
……司会進行も大変だなこりゃ。
超大好物のケーキを目の前にした武原は、まさに「よし」を待てないやんちゃな犬そのものだ。
ちなみに、武原はその無邪気さが裏付けるようにえげつない体力バカでもある。その類まれなる身体能力はあの荒井にも引けを取らず、5人がかりでやっと食べようとするのを阻止出来るほどだった。
しかしクソッタレめ、冷静に解説してる場合じゃないな!正直に言うと大ピンチだ。
ダンスとか歌唱力とか、アイドルに関係することならまだ勝てる余地がある。しかし大食いともなると俺は完全に専門外だ。
確かに昨今では大食いアイドルというポジションのアイドルもいるにはいる。けれどそれはそいつ自身の胃袋のポテンシャルが凄まじいって話で、胃の大きさが一般レベルの俺には大食いは無理だった。
ダンスの時みたいに見様見真似で胃袋が大きくなれるはずもなく、とにかく俺は根性で食べ進めるしかないと、悲壮な覚悟を決めていた。
「ふぅ……では武原さんを拘束出来たのでルール説明を行います。ルールはダンス対決の時同様シンプルです! この用意された超巨大ケーキを如何に早く食べ終えるか! それだけです!」
「なお制限時間は15分! 完食出来ていなかった場合は時間切れの時点での残ったケーキのグラム数で勝敗を決めます! ではではお2人とも、準備はいいですかーっ!?」
「分かったーーーっ!」「分かりました……」
返事はしたものの、なんという絶望的な状況だ。
こんな甘ったるいに違いない2.6kgの物体を15分以内に完食しなければならないなんて不可能にも程がある。しかも相手は伝説の超甘党人の武原、こいつならば確実に15分もあれば食べ終わるだろう。
ダンスの時よりも圧倒的に不利なこの勝負に、俺はどのようにすれば勝てるのか。
その答えも分からないまま、俺と武原のケーキ大食い勝負は幕を開けようとしていた。