幼馴染とのある日の電話
「お願い! 一日だけで良いから恋人の振りをして!」
「……は?」
毎年恒例でメロディも自然と覚えた懐メロのクリスマスのCMソング。
自宅の窓から見える世界をロマンチックに彩る空から降る雪。
それらを堪能していたこの俺──九頭龍倫人は、突如かかってきた幼馴染からの電話に困惑した。
「つかぬ事をお聞きしますがあなたは甘粕清蘭さん……ですよね?」
「は? 当たり前じゃん。ってか何で敬語なの?」
「それではこちらは間違い電話です。ピーっという発信音の後にご用件を残ピーーー」
食い気味に電話を切って、俺はソファに腰を下ろした。
電話のことを頭から消し去り、この時期に毎年やる漫才日本一決定戦の番組にチャンネルを合わせる。ちょうどCMも終わり次の芸人の漫才が始まろうとしていた。
「ぶふっ! この芸人面白すぎんだろ! コーンフレークかそうでないかだけでここまで面白い漫才が出来るなんてな……」
【牛乳男子】という芸名はともかく漫才自体は凄く面白かった。自宅に一人きりということもあり、俺は盛大に笑い声を響かせていた。
あーやっぱこれだわー。
自宅のこたつで温まり、蜜柑を食べながらのんびりと好きな番組を見て過ごす。誰にも見られていない、誰の目も気にしなくて良い、俺にとってはまさに理想の生活だ。
笑いも収まってきた所で、俺はふとカレンダーに目をやる。カレンダーは12月のものだった。
12月ともなれば誰しも見逃せないイベント、25日にはクリスマスがある。前日である24日も含めて、この2日間は日本中が盛大に盛り上がること間違いない。
まぁ、だからこそ。俺の幼馴染である清蘭はあんな電話を掛けてきたのだろうけども。
「うわぁ……」
伏せていた携帯を手に取り俺はドン引きした。
漫才を見るのに集中したいからとサイレントモードにしていた所、不在着信が25件もあった。掛けてきたのは件の幼馴染からだった。
今の漫才が大体4分くらい、その間にどんだけ掛けてくるんだ。どうやら、ちゃんとお断りを入れなければ諦めてくれないらしい。
「おっ」
と、携帯電話を眺めているとちょうど清蘭から電話が掛かってきた。これで本日26回目の着信だ。
流石にこれに出ないと、今度は自宅に突撃してくるだろう。俺は深呼吸して気持ちを落ち着ける。
清蘭の頼みを断るには相当の精神力を要するのだ。
何せ、清蘭は”日本一”と言えるほどワガママで自己中心的な女だから。
「ちょっとーーっっっ!!! あたしを無視しないでよバカァァァァァ!!!」
電話に出た俺は早速後悔した。
爆音のような甲高い声が鼓膜をぶち破って脳まで揺さぶる。相変わらずどんな声帯してやがんだと俺はキーンと響く耳を抑えながら清蘭との通話に再び身を投じた。
「いや、俺も色々と忙しくてな。知ってるだろ清蘭も」
「あんたの都合なんか知らないってば!! で、さっきの答えは!?」
「''一日だけで良いから恋人の振りをして!''のことか。もちろんNOだ」
「ハァ!? なんで!? 意味分かんないんだけど‼ この日本一可愛い超絶ド級美少女の清蘭ちゃんがクリスマスデートに誘ってんのよ!! 有難く首を垂れながら土下座して感謝しながら『神様仏様唯一神清蘭様、私のような下々の民とクリスマスデートして下さり誠にガチでありがてえ感謝致します』って言って喜ぶっていうのが世の中の常識でしょーーーっ!!!」
お前は一体何を言ってやがるんだ。そうすぐに言い返したいが、否定出来ない部分もあるから何とも言えない。
俺が通う高校では、清蘭は一番の美少女で超絶モテまくっている。それこそ清蘭の名前と美貌を知らない者などおらず、男子生徒全員が入学初日にして恋に落ち、即ファンクラブが出来上がったほどのえげつない美少女だ。
幼馴染という贔屓目なしでも、間違いなく清蘭は超絶美少女だ。ただ……そうだとしても。
「だから無理だって言ってんだろ清蘭。お前がどんだけ超絶美少女だろうが、俺はお前の誘いに乗れえねえっての」
「どーして!?」
「いや、だからそもそも俺は──”日本一のアイドル”なんだが」
溜息交じりに伝えた理由にも「そんなん知るかーーーっ!!!」と清蘭が叫ぶ中、俺は改めて自分の身のことを考えた。
俺が言ったのは自慢でも誇張でも何でもない。ただの事実だ。
人気、実力、そして売り上げ。名実共に”日本一”と呼ばれるアイドルグループ【アポカリプス】、俺はそのグループの一員だ。
アイドルが、しかも今をときめく超人気アイドルが恋愛をしていたとなると世紀の一大スキャンダル必至。故に俺は清蘭の頼みを絶対に断らなければならない。つーか普通に。
「俺、普通にクリスマスに仕事入ってっけど」
「仕事ってなんの?」
「【アポカリプス】の仕事、ってかライブだよ。前も言っただろ」
「あーそうだったっけ? 完全に忘れてたー」
この女ァ……と俺は電話を握ってない方の手をグッと握り締めた。
が、流石に諦めるだろう。これで一安心だ。
「あ、ライブ昼から始まって夕方には終わる予定なんだ。じゃあ夜普通に空いてるじゃん。だったらデートしなさいよ」
「えぇ!? まだ食い下がんのお前!?」
「当たり前でしょ。つーかこんだけあたしが誘ってんのに感謝の気持ちすらないの? はぁ~倫人って恩知らずな奴。それでよく”日本一のアイドル”なんてなれたもんねー」
「なっ……!」
な、なんて女だコイツ……!
俺のことなんて微塵も考えちゃいない。本当に、自分のことしか考えていない。まさに自己中の権化、化身。
清蘭のあまりの傍若無人ぶり、押しつけがましさは衝撃を超えて怒りに変わり。
俺はわなわなと身体を震わせ、そして清蘭にとっての禁句を口にしてしまう。
「お前とアイドルとしての仕事、どっちを優先するかなんて決まってんだろうが! いつまでもガキみてえなワガママに付き合ってられるかこのカス女が!!」
一瞬激情に駆られて我を忘れていた俺。
だが、ハッとしたその時は既に遅し。自分が”カス”と言ってしまったことに気がついて顔から血の気が引いていった。
「……カス、って言ったわね今?」
絶対零度のように冷え切った清蘭の声が聞こえて来る。
俺は触れてしまった。絶対に触れてはならない、清蘭の逆鱗に。
「──倫人ぉぉおおおぉおおおおおっ!!!!!! あんた今あたしのことカスって言いやがったなーーーーーっっっ!!!!!!」
「ちっ、違っ……!」
「絶対絶対ぜーーーったいに許さない!!!!!! 今すぐマスコミと学校中にあんたの正体バラしてやるーーーーーっっっ!!!!!!」
「それだけはやめてくれ清蘭頼むーーーーーっっっ!!!!!!」
癇癪を起こした子どものように怒り叫ぶ清蘭に、同じくらい叫びながら俺は電話越しに土下座しまくっていた。見えていないのは承知で気持ちだけでも伝えようと思って。
「うるさいうるさいうるっっっさぁぁぁぁああぁぁい!!!!! あたしをカスって言うなって何度も言ったでしょうがぁぁあぁぁあああああっっっっっ!!!!!!」
しかし、清蘭は聞く耳を持つことはなかった。
ただでさえ人の言うことを聞かない清蘭がブチギレると、本当に言うことを聞かなくなってしまう。このままだと、激怒した勢いのまま電話を切り、マスコミあるいは学校の新聞部辺りに俺の正体をリークするに違いない。
だから。
本当に。
苦肉の策で。
苦渋の決断で。
断腸の思いではあったのだが。
「わ、わわ分かった! クリスマスデート付き合う‼ ライブ後にどんだけ疲れていようが、グループの皆に打ち上げに誘われようが断って絶対にお前とのクリスマスデート行くから‼ なっ!? 頼む清蘭それだけは勘弁してくれ‼」
”お願い! 一日だけで良いから恋人の振りをして!”
そんな清蘭の頼みを、俺は飲むしかなかった。