逃亡
暗い洞窟。召喚を終え身体を得た京弥が目にした最初の場所は神殿や神社と言うよりかは、魔女が呪いでもかけそうな少し怖い場所。お世辞でも救世主を召喚した場所とは言えないそんな場所。
この世界の3割を救う。奴隷扱いをうける人種の救世主。総人口の7割からは祝福されない忌み嫌われる存在になる。
7割の人種が奴隷制度や争いを望んでいるかは不明だが、災いの元であるのは確かだった。
そんな災いを召喚するのだ。こんな場所なのもしょうがないのかなと京弥は天を仰いだ。そんな事を考えていると玲が近づいてきた。
「京弥様、急ぎましょう。理由は後ほどお話致します。まずはこれを」
そう言って渡してきたのは美しい白い布。白い布によく見ると白い糸で刺繍が施されている。全裸だった京弥を覆うくらいの大きい布。
(布切れ1枚かよ!)
と言ってやりたかった京弥だったがその刹那。
ゴゴゴゴゴ・・・。
大きい地響きと共に地震がおきた。今にも洞窟が崩れ落ちそうだった。玲は京弥の手をにぎりしめる。
「こちらへ」
2人が洞窟を走りぬける。その先には30人くらいの集団。服装は統一されておらず神官、神父、巫女など色々な格好の集団。その中に一際目立つ長身の女性。170cmくらいの身長で黒髪のポニーテール。気の強そうな面持ちで世の男性が女王様と平伏してしまいそうな存在感のある女性。そんな女性が京弥の前ににつかつかと歩み寄りひざまずく。
「京弥様。私はあなたを召喚しました巫女の妹、可憐と申します。これより京弥様と姉の玲を守る護衛をさせて頂きます。どうかよろしくお願い致します。」
いたって平和の国の生まれだった京弥にとって女性が男性を護衛と言うことがあまりに不自然で戸惑いを隠せなかった。見聞を広げれば元いた世界でも女性護衛もいたであろうが、普通の生活ではありえない。戸惑いながらも京弥をよそに玲が背中を押す。
「さあ、この馬車に乗ってください」
無理やりに馬車に乗らされ直ぐに出発となった。馬車の中には、京弥、玲、可憐の3人。その周りを馬に乗った武装した神官達が護衛している。持っている武器はアサルトライフルやマシンガンなどの銃で魔法を使える世界では戦いにすらならない武器である。
だがそれが下人の攻撃手段。殺傷するほどの魔法を使えばすぐに死に至る人の精一杯の抵抗。
馬車が出発後すぐに京弥は質問する。
「なんでこんなに急いでるんだ?」
「京弥様を受肉させた際に結界が壊れてしまった為です。想像よりも遥かに強大な魔法力だった為にこの様な結果になってしまいました。今京弥様が着ている布には魔法力を隠す効果があるのですが、それでも隠しきれておりません。」
「隠しきれてないと不便があるのか?俺にはまだ魔法力が見えないんだが、どんなに遠くても敵にはばれたりするのか?」
「はい。特に光の魔法はこの世には京弥様しかおりません。私達召喚士と京弥様は他の人種にとっては天敵、災いのなので光属性を感知しだいすぐに追っ手がくると思われます。」
「敵にばれない様に魔法力を隠すにはどうすればいいんだ?」
「普通の人の魔法力程度ならばその減摩の白布で平気なのですが、京弥様程の魔法力を抑えるにはどうすればよいのか・・。私達は魔法力を隠す修行をしたのですがそれでも1年はかかりました。」
「・・・1年。とにかくコツだけでもいい教えてくれ!俺のせいで皆に迷惑がかかるのは気分が悪い。頼む」
「そんな・・迷惑など・・私達は京弥様を・・・」
ガタガタッ!!大きい揺れが馬車を襲う。先程までいた洞窟の方から大きい爆発音が聞こえた。どうやら何者かが洞窟を攻撃した様だ。可憐が馬車から顔を出し護衛をしている神官達に話しかける。
「こんなに早く見つかってしまいましたか!」
「たまたま近くに居合わせただけだと思われますので恐らく少人数だと思いますが、ここは有翼人の治める場所です。有翼人兵士の移動スピードでは馬車では逃げ切れません!」
「とにかく逃げるしか方法はありません!出来る限り全力で逃げるのです!」
可憐の叫び声が響き渡り皆が前を向いて全速で逃亡する。数分持たずに後方の神官が叫ぶ。
「後方に有翼人です!数は6!」
白い羽。天使のように大きい羽が生えた人間が後ろから迫ってきている。西洋風の鎧に身を包んだ羽の生えた戦士。
「見つけたぞ!呪いの魔女と災いの光の戦士を!敵は30人程度!中心に魔女!周りから追い込め!各員散開!」
大きい声での命令と共に攻撃が始まる。武器は銃と剣だが明らかに違うのが魔法の刻印と共に少し発光している。京弥からは外がよく見えないがで悲鳴だけが大きく聞こえる。じっとしていられなくなった京弥が言う。
「俺も戦う!皆俺らを守る為に戦っているのだろ!じっとしてられるか!」
「駄目です。抑えてください。現状では逃げる事が優先です。それにまだ魔法を使い方をお教えしておりません。むやみに使えば魔法力の大きさ故に暴走しかねません」
可憐が京弥を押さえ込み言い聞かせる。すると4人の馬に乗った神官が馬車に近づき京弥に言う。
「救世主様、顔を見せてくださりませんか?」
京弥は馬車から身を乗り出し被っていた減摩の白布をとり顔をみせる。
「おぉ・・。救世主様。私達の子や妻を家族をお守りください。」
「私達に自由と平等を!」
「この逃げ続ける日々に終焉を・・」
皆が願い言う。京弥に願いを言う。最後にニコッと笑い馬車から離れていき魔法を唱え始めた。京弥と年齢も大差のない青年4人の神官達が死を代償に京弥一行を守ろうとする。
「ま・待て!!やめろ!どこに行く!」
玲が身を乗り出し今にも降りそうな京弥を背中から抱きしめる。
「あの方達は、魔法で追っ手と戦います。今降りてはあの方達の決意を無駄にする事になります!」
「だが殺傷するほどの魔法を使えばあいつらは死ぬんだろうが!死んだら・・・死んだらすべて終わりなんだぞ!」
可憐が玲と共に京弥に言う。
「終わりではありません。あなたがいます。京弥様と言う希望を残しました」
「・・・・クソがっ!俺はまだ決めちゃいなかった!お前らを守るって!!ただ行動するしかないって思っていただけだ・・・それなのに・・願いだけ言って死ぬんじゃねえ。ちきしょう」
京弥は落胆した。それは自分自身にだった。戦火に身をおく覚悟が出来ていない。当然である。京弥の生まれは日本。非武装国家で自衛の為でしか武器を持つことも許されていない。死とはかけ離れた生活をしていた。
そんな京弥だったがすぐに落ち着きを取り戻す。これが響京弥の優れた点、白い魂の持主故の強靭の精神力、鋼の意思。どんな事が起きても深呼吸一度で精神を落ち着かせ思考力を高められる。京弥は額に手をあて目をつぶり少ない時間で思考する。
(元の世界に帰る方法はこの世界での生存競争に勝っていく副産物として手に入れるしかない。どんな理由にしろ俺はもうこいつらを見捨てられないだろう。どんな時代で世界だろうとあんな顔してお願いして死んでいった奴らの願いを無視なんて俺には出来ない。だが自由と平等をこんな世界で勝ち取るには俺は多くの血を流すことになる。敵と認知したならば女、子供全てを殺す気構えくらいではないと駄目だ。俺の甘さや弱さで意味の無い血を流させるわけいかない。・・・・覚悟を・・決めろ!)
数秒の事だった。だが京弥に決意を決めさせるには充分の時間だった。京弥はもう一度深い深呼吸をして目を開けた。
「京弥様!魔法力が安定をみせています!・・・嘘・・なんで?さっきまで減摩の布からもれ出ていたのに、今は見えないです。魔法力が隠されています。これなら追ってにも気づかれませんし普通の人にしかみえません。・・でも何で急に?」
玲はとても不思議そうに京弥の顔を見た。そして原因が知りたくなり何も考えず京弥の減摩の白布から時折みせる素肌の胸板に手をあてて思考した。
「お・・おい」
はっ!っと我に返り瞬時に手を離し顔を赤らめ玲が謝る。
「も・・申し訳ございましぇ・・せん!」
慌てふためく玲をよそに少し京弥は苦笑いをした。どんなに強く見えても普通の女の子だった、それが京弥にとって少しだけ嬉しかった。
その時後方から大きい爆発音が聞こえた。1・2・3回大きい爆発音が続く。激しく攻撃しているのが音だけで分かる。京弥は馬車から身を乗り出して大きく鼻から息を吸い込んだ。森が燃えている匂いなのか何かが燃えている匂いなのかは分からない京弥だったが戦争の匂いを戦いの匂いを吸い込んだ。そして音が止む。
「あいつら、死んだのか」
「・・・恐らくは・・ですが追っ手を倒しています。追っての気配がありません」
「・・・そうか。で、これからどうするんだ?今の俺なら追っ手にばれないのだろう?」
「はい。これなら私達の下人の集落にもいけます。近くて6時間くらいの場所にありますのでそこに向いましょう。そこで京弥様の衣服と今着ている白布を、私が京弥様のサイズにあったコートに致します。魔法を使い刺繍もしなけらばなりませんので数日はかかってしまいますので、そこでしばらく身を隠すことにしましょう」
「しかしお姉さま何故急に京弥様の魔法力がフラットになったのでしょう。あれだけの魔法力を押さえ込むには長い鍛錬と精神力が必要だと思いますが?それともこれが白い魂の持主様所以なのでしょうか?」
「それは・・。私にも正直わかりません。今までの12人の救世主様方は幼子の魂でしたしここまで魔法力はなかったと聞いています。それでも鍛錬はしたと聞いていますが」
「12人?俺の前にそんなにいたのか?その子供達はどうなったんだ?」
「魔法力少量でも光の魔法の力は絶大ですが、圧倒的多数の攻撃や鍛錬前の幼子のまま殺害されました。後は・・・」
「きょ・・京弥様は何か受肉時と肉体の変化や精神の変化はございますか?」
可憐が玲の沈黙をさえぎる様に京弥に質問をする。
「ん。特にはないよ。ただの心構えだけだ。肉体は・・どうだろうな?今はわからない。とりあえず身体を動かす実験とかしてみないとな」
「では、集落について落ち着いたら私もお付き合いさせていただきます。こう見えても武道もたしなんでおりますのでお役にはたてるかと思います」
可憐は無邪気に笑った。笑うと無邪気な子供だ、京弥は思った。自分よりも10も離れた少女が命をかけて戦っている。もちろん元いた世界でもそんな世界はある。子供が銃も持って戦う世界は等しく共通だ。だが世界を変える程の力は元いた世界では持っていなかった。望む望まぬにしよ、手にはいった力があるのならば自分が願う美しい世界、皆が願うやさしい世界にしなければと。