殺害
白き魂
生まれた時全ての魂は白である。そこからの歩みによって色が変わり形が変化し消えていく。
成人を迎える頃には多くのものが美しい色では無くなる。淀み、穢れ、それでも生きていく。
たが成人を迎え月日を過ごしても白く美しく穢れない魂があった。裏切り、嘘、醜い欲望達が降りかかろうとも美しくあろうともがく魂。
企業して5年、社員も数十名になり今某ホテル会場にて決起会の最中。
「社長、お疲れ様です」
「社長、今年もよろしくお願い致します」
聞きなれた台詞が続く。社員が幸せになれる会社なんて物を夢見てつくった小さい会社。
現実はとても厳しく辛いが多くの仲間と家族の支えで何とか頑張れている。
俗に言う仕事人間で仕事ばかりに日々を過ごしあっという間に38歳だ。
顔は中の上収入も低くは無いのでまぁそれなりに恋もしてきてたが愛を誓うには不十分。
俺は約束や誓いをするならば必ず守るってのを信条に生きてきたので中々結婚ってのが出来なかったのだが、そんな俺にもやっと結婚できると誓える人に出会えて今年やっとお付き合いする事ができた。皆にも紹介せねばと思い会社の決起会にも参加してもらっている。その女性が今俺の隣にいる。
「京弥さん、そろそろ最後の挨拶の時間ですよ」
「えっ?あぁすまない君に見惚れてボーっとしてた」
「どうしたの?お酒に酔っちゃったのかな?あと少し頑張って」
馬鹿みたいに綺麗な笑顔で語りかけてくれる俺の愛する人。思わず子供のように「うん!頑張る!」とでも言いそうになった。
顔を少し赤らめながらネクタイを締め毎年恒例の締めの挨拶をするために壇上にのぼる準備をしている時に何かが聞こえた
「・・・綺麗」
やけにはっきり聞こえたせいで不自然なくらいのリアクションをとってしまい辺りを見回す、誰もいない。
誰かに問いただしたかったが壇上の上そんな事聞ける雰囲気ではない。気を取り直しスピーチを始める。
「・・・・・召還します」
また聞こえたと思った刹那、バターン大きい音が鳴り響き目の前が歪む心臓が熱い、胸が焼ける。
壇上から落ち悶える俺、どうやら俺は壇上から落ちてしまっている様だ。周りにいた社員と彼女がすぐに近づいてきた。
「・・・・さん!・・・・・社長!」
呼吸ができない、意識が遠のく。待ってくれ俺はここで死ぬのか?
父も他界して1人の母、そして愛を誓った女性、会社創立時についてきた部下達、守らなければならない物がたくさんあるのに死ぬわけにいかない。
だが目の前が暗くなる。心臓の音が弱くなる。
「・・・ここは?」
何も見えない、とても暗い場所。あれからどのくらいたったのか分からない。
困惑した意識を必死に取り戻そうとしていると遠い彼方の方に水色の綺麗な光が見え始めた。
「・・・綺麗」
何か聴こえた女性の声だ。この声聞いたことが・・・。
あの時だ!スピーチの時の空耳だ!あの時は遠い場所から呼ばれてる様な感覚だったが今はとても近くに感じる。
「これほどの美しさと力は感じたことがありません。間違いなく救世主様です」
救世主?何を言ってるんだ?質問をしたいのだがまず口の感覚がない。
「ではこれより召還の儀式を続行いたします。聴こえますでしょうか?白き魂の救世主様」
・・・これは俺に言ってるのか?分からない、何も分からない喋れないから返答のしようが・・
「聴こえております、救世主様!」
「聴こえてるのか喋れないのに!どうやってだ?」
「いま魔法力と祈りを使い対話しております、救世主様」
声が震えている、泣いてるのか?こんな可憐な声した女性が震えながら喋っているのか?そう思うと何故か少し冷静になれた。
現代社会において仮想である単語が聞こえたがとりあえず状況整理してから確認事項を決めよう。
「泣いてるのか?大丈夫か?すまないが現状をまったく把握できない。まずはここはどこなのか?そして俺はどういう状況なのか教えてくれないか?」
「!?お優しい方なのですね、泣いているのはやっとあなたに出会えて嬉しくて・・本当に嬉しくて・・・申し訳ございません」
女性の声が少し落ち着きを取り戻し震え声からはっきりとした口調になった。
「ここは救世主様がいた世界とは違う世界軸です。異世界と言えますし救世主様のいた時代より遥か未来ともいえます。私達はずっとあなたを探していました」
「そしてやっと見つけました。・・・身勝手は承知しておりますが救世主様の魂をこちらの世界に召喚させていただきました」
俺はしばらく沈黙していた・・・と言うより口があるならあいた口が塞がらない状態だ。
大体このての話は元の世界から死亡→転生が定番じゃないのか?それなら納得いくが、これってつまり殺されたって事?
冷静になり思考していく内に段々と怒りがこみあげてきた。
「救世主様?」
不安そうな声で女性が尋ねてきた。怒りに身を任せ話しても仕方がない、俺は気持ちを落ち着かせ質問を続けた。
「じゃあ今の俺が肉体を感じないのは・・・魂しかないって事か?」
「・・・はい。お怒りになられる事は承知しております!ですがこの方法しか転移方法がなく、そしてこの世界を救えるのはあなたしかいないのです」
煙草があるなら一服したい。俺には守るものがあった歳老いた母、生涯をともに過ごすと誓った妻、会社創設から付き従う部下達。
他人から見れば世界を救うと俺の守るもの達を天秤にかけたら世界を守る方のほうが傾くだろう、だが俺主観であるなら圧倒的に俺の守るもの達だ。
「拒否権はあるのか?拒否しても俺は帰れるのか?」
「私が出来るのはこちらに魂を召還する事そして救世主様に受肉してもらう為のお手伝いとなります。」
「つまり拒否権なく帰れるかも不明と・・・」
俺の中で何かがはじけた。
「俺がこの何も知らない世界を救う!?何故だ!理不尽に召還され、守らないといけないと決めた人を全て捨てて・・・俺を殺したお前たちの為に善を行えと!」
何かが燃えている気がした。大きく揺らめいてる気がした。きっと俺自身が揺れていたのだろう。
「理不尽なのはわかっております!ですが・・ですがあなた様に頼るしかなかったのです。召喚士はあなたを探す事に数え切れない月日と多大な魂を犠牲にしてまいりました!どうか願いを・・願いを叶えてください。」
神に祈る。神社で祈る。元いた世界で色んな願いをした。今思えば理不尽だな一方的に願いを言うだけだ。そんな事を不意に思い出した。
「それでも拒否したら俺はどうなるんだ?消えるのか?」
喉はないが唾を飲み込む音がしたような気がした。数秒後返答があった、最初の震え声を感じさせない毅然とした凛々しい声で
「消滅などさせません。私が一生かけて救世主様を説得致します」
強いな・・・。すごく強い。こんな強い言葉を聴いたのは初めてだ。心が震えた気がした。何事にも負けない美しい精神、強い心。好きな魂だ。
「・・・少し時間をくれ」
「はい!でも私はずっと祈っていますのでなんなりとお申し付けください」
それからとりあえず俺は今なにが出来るのか確かめた。まず肉体がないから動けないしずっと暗闇だ。
だが女性が目の前にいるのは分かる。綺麗な水色の光だ、ゆらゆら揺れている。
女性の名前は水無瀬 玲、職業は巫女。
異世界だが基本は似たような物で日本の巫女。神に使える女性らしい、元々巫女に詳しいわけでもなく正月に神社で見かけるくらいだ。
こちらでは神を呼ぶ者、召喚士、なんて呼ばれるらしい。
数日は黙り込む日々が続いた、だが黙秘を続けても埒があかないこの間に元の世界ではどれだけの時間が流れているのかも分からない。
理由もなく人を殺し転移させたのだ、それなりの理由を問いただしたくもなり俺は色々話を聞いた。
まずこの世界は俺のいた世界よりもはるか未来の世界らしい。俺と文化が変わらなかった時代に人と人の争い、つまり戦争が起きた。
理由は水と資源。地球温暖化による異常気象と自然災害が多発し水を求めて生存競争が起きた激しい空襲、銃撃、そして核。
この世界は、人為と自然現象によりボロボロになった。それでも生命体は死滅せず進化した。動物達は進化して魔物になった架空だった竜みたいな動物がウヨウヨしてるらしい。
そして人間は3人種になった。羽のある有翼人、獣のような力を持つ獣人、そして進化をしていないただの人、つまり俺らだ。
現状国家と言われるのは有翼人が治める国と獣人が治める国が400年も争いあっている。
そして進化しなかった俺ら人間は、国を持たない奴隷で下人と呼ばれている。
世界の科学は資源の枯渇によりかなり衰退した模様、だが戦時中という事もあり軍事武器はそこまでの衰退は見られなかった。
だが生命力を使い奇跡を起こす魔法が生まれた事により戦争は大きく変わった。進化した人種は生命力が高く寿命も伸びている、その為進化出来なかった人間が圧倒的に不利な状態に陥いることになった。
そして自由と平等は奪われ奴隷となり神に祈るだけの日々の中で見つけた希望の光、進化してない人種のみに持つ力、神とも対話出来ると言う召喚士。その召喚士が召喚できる白き魂、人間でありながら強い力をもつ下人の救世主だ。
理由は聞いた。はっきり言って納得していない。元の世界に戻らなければならない気持ちと焦り、心はグチャグチャだ。だが行動しなければ何も起きない事は、どの世界でも変わらない。
俺は日々祈り続け、俺の問いに全て答える目の前の女性、玲に言うことにした。
「なあ、はっきり言って俺はお前らこの世界の人は現状嫌いだ。自分らで何も出来ないから他の世界から人を呼ぶ・・クソッたれって思う。だが今の最善はお前らに従うしかない。俺の出来ることはやってやる」
泣いているかの様な震え声、始めて聞いた時のような声が聴こえる。
「・・・・はい。ありがとうございます。私の全てを救世主様に捧げます。どうか世界をお救い下さい。」
そう言うと水色だった光が強く光りだした。暖かく懐かしいそんな感じの光だ、身体ができていく血が通う。
大きい白い光と共に何かが割れた音がした。白い炎に纏われながら肉体が現れる。
「やっとお会いできました白き魂の救世主様」
「・・・響 京弥だ。」
肉体を手に入れた俺はやっと玲の姿を見れた。玲は、黒髪のショートカットで清楚と言う言葉を辞書でひけばこの子の名前が出るのではないかというくらいの美女だった。
玲と目が会った時に何故か分からないが俺は涙がでた。滝のようではなく、すっと落ちる涙が右目から。
「・・・あれ?」
「ど・・どうかなさいましたか?」
「い・・いやなんでもない」
戦いの日々が始まる。