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告白 (2)

2/3

アカリが住んでいる場所の最寄り駅は僕が大学に行くためにいつも乗り換える駅だった。そこは僕らの大学に通っている一人暮らしの学生が多く住んでいる。だから居酒屋もチェーン店が揃っているしファストフードもゲーセンもある。近くには小さな商店街もあって、典型的な学生街だった。駅の近くのスーパーで適当な日本酒を買ってから、僕は迎えに来てくれたアカリと彼女の住んでいるアパートへ向かう。駅から徒歩十五分の場所にある、お世辞にも綺麗だとは言えないアパートに彼女は住んでいた。その建物のすぐ裏には線路が通っていて、電車が通ると建物全体が揺れるんだそうだ。でも彼女は「私の部屋は線路から一番遠い。それに集中するとわからないし、電車もそんなに遅くまで動いていないから夜は静かだよ。なにより家賃が格安。」と言って笑っていた。彼女の部屋は二階の角だった。

外観の古めかしい雰囲気からは想像ができないくらい、彼女の部屋の中は綺麗だった。きちんと掃除をしているのだろう。彼女が自分自身のことを怠け者と称している根拠はあまり感じられない部屋だった。ベッドは整えられているしテーブルや棚の上も片付いている。ただ、部屋の隅には教科書や本が雑然と積み重なっていた。僕が目についたのはそれくらいだ。

僕は彼女の許可をもらい、買ってきた日本酒を入れようと冷蔵庫を開けた。なるほど、確かに一人暮らしにしてはあり得ない量の食材が詰まった冷蔵庫だ。彼女はこの量を買って持って帰ってきたのか。重そうだけれど買い物をしている時点で気づいて欲しい。僕はなんとか日本酒を入れる隙間を作った。しかしこれだけの食材が入っているということは、今日僕がアカリと一緒に食事を取ったとしてもたかが二人分だ。減ったうちに入らないような気がする。僕はあまり深く考えないようにした。

「ごめん、片付いていないけれど。適当にその辺りに座っていて。すぐ作るから。」

「いや、何か手伝うよ。」

「気持ちはうれしいけど、二人が立てるようなスペースがないんだよねー。」

僕は仕方なくアカリに言われた辺りに座った。絨毯の手触りがいい。僕は一人暮らしをしている人の部屋に入るのは初めてだった。彼女の部屋はお風呂とトイレが別で二畳程度のキッチンに居室が六畳ほどだろうか。キッチンが狭いため、冷蔵庫や電子レンジ、食器棚の他、電気ケトルや炊飯器も居室の方に置いてあった。僕の家の自分の部屋も六畳ほどだが、これだけ僕の部屋には絶対に存在しえないものが置いてあっても、彼女の部屋を狭いとは思わなかった。でも、彼女の生活はこの空間で完結している。このベッドで眠ってキッチンで顔を洗う。お風呂に入って居室でドライヤーをかける。一般的な大学生の一人暮らしの人の空間なんて、ほとんどがそうだろう。それを考えると不思議な気分がした。僕自身が一人で生活している姿を、うまく思い浮かべることができなかった。

これ以上あまり部屋の中をじろじろと観察するのも気が引けたから、持ち歩いていた本を読むことにした。こういうとき、それ以外にどうやって待っていたらいいかが僕にはわからない。

しばらくするとアカリがカセットコンロを出してきた。僕は本を読むのをやめ、食事の準備を手伝った。さすがに重たい鍋を彼女に持たせるわけにはいかない。もし彼女が普段からやっていることだとしても、この場合は関係ない。鍋をカセットコンロの火にかけ、具材が煮えるまでの間、僕たちはお酒を飲むことにした。

「おちょことか、気が利いたサイズの器がなくてごめんね。普通のコップで日本酒を飲むこと、そんなにないよね。」

彼女は申し訳なさそうに食器棚からコップを出して、お酒を注いだ。一人暮らしの大学生の家の食器棚からおちょこが出てくる方が驚くと思う。彼女なら今後買いかねないな、と僕は思った。

僕らはいつものように学校の授業の話をしたり、趣味の話をしたりして過ごした。この日は珍しく僕らはお酒の話もした。彼女はビールが飲めない。だから今、ビールを飲む練習をしているのだとか。お酒を飲むのに練習という言い回しはどうかと思うが、一般的に暑い時に飲む冷たいビールとか、仕事が終わったあとに飲むビールに憧れているのだとか。

「世俗的だけど、そういう何気ない喜びがいいと思わない?だってわたしはどうがんばっても、どこにでもいるような一般人にしかなれないもの。」

彼女は日本酒を飲みながらそう語った。僕は彼女がビールを飲めるようになれますように、とひっそりと祈った。僕は都合のいい時にしか神様を信じていない。

他にも彼女は僕と同じでワインが好きだった。

「赤と白だったら、どっちが好き?」

彼女が僕に尋ねる。

「僕は白かな。赤の渋みが苦手なんだよね。白の方が飲みやすい。」

「みんな、赤は渋みがあるから嫌だって言うよね。わたしも最初は白しか飲めなかった。でもお土産でもらった赤のデザートワインが感動するほど美味しくて、それから赤が飲めるようになった。」

「デザートワインって、すごく甘いんだよね?冷やして飲むやつ。」

「そう。赤ワインで甘かったら、ただのぶどうジュースだと思うでしょう?」

「確かにそうかもしれない。」

「でも度数は十一度もあるのよ。しっかりとしたアルコール。」

「それは酔いそうだ。」

「ワインの銘柄ってまったく覚えられる気がしないけど、そのデザートワインの名前だけはしっかり覚えている。」

「どこのワインなの?」

「日本。長野のワインよ。」

「長野か。今度行ったら探してみるよ。」

彼女の作ってくれた鍋はシンプルな水炊き鍋でとても美味しかった。彼女は出汁と塩が好きらしく、その二つだけは妥協せず、特にこだわっていいものを買うようにしているのだとか。ポン酢すらいらないほどに、その水炊き鍋は完成された味がした。

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