5
私の驚いた顔を存分に楽しんだようで、教室内の女子たちは席を立ち教卓の前に集まりだした。
誰かが電気を点灯させる。
そうか、薄暗かったから恐怖を感じたのか。
未だ状況を飲み込めていない私にA子がニヤニヤしながら近づいてくる。
「ゴメンねぇ。今回の作戦会議でみんなを集めたんだけどぉ、どうせあとからしおんちゃん来るならぁ、ちょっとビックリさせようと思ってぇ。」
「そ、そうなんだ。大丈夫だよ。」
朝っぱらから語尾を伸ばす口調にウンザリしながらも同調する。
あのLINEの文章、私だけじゃなくて女子全員に送ったのか。
でもよく見てみるとちらほらいない生徒もいる。
「B子と何人かはぁ、どうしてもこの時間集まるのダメだっていうからぁ、あとでうちが伝えておくねぇ。」
私の心を読んだかのようにA子が付け加える。
「しおんちゃん、これ見て見て!」
興奮した面持ちでC子が1枚のメモ用紙を教卓の中央に置く。
私だけに見せるというより女子全員が把握するってこと?
この子はヒエラルキーだと真ん中あたりで、いわゆる「長いものに巻かれる」タイプである。
なるほど、こういうことには飛びつきそうな感じ。
真黒くんへ
今日の放課後体育館裏に来て下さい。
お話ししたいことがあります。
1組 越方
ベタだな。
最近自分の周りで聞く告白ってLINE通話とかメッセージでするイメージがあったのに。
ま、母親くらいの年代だったら面と向かってするのが当たり前だったらしいけど。
「すっごーい!満点だよ!さすが!」
A子が幼稚園の絵を見た大人のように褒める。
……というよりおだてる。
「どう?しおんちゃん!いろんな少女マンガ読みながらD子と考えたんだよ!」
やっぱりマンガからか。
というか、ちゃんとした会話はこれが初めてだから下の名前で呼ばれるのに違和感がある。
無難に返そう。
「うん。いいと思うよ。」
「だよね、良かったー!」
「放課後ちょっと離れたところから見てるからね!」
C子の安堵のセリフと共にD子が付け加える。
ん?ちょっと待てよ?
「……え?見てるって?」
考えが口から漏れた。
「校内ナンバーワンのイケメンに告るって緊張するだろうから応援してあげようってA子ちゃんが!」
C子が自慢げに答える。……余計なことを。
「でもぉ、今日B子と用事があるからぁ、C子ちゃんとD子ちゃんにお願いしたのぉ。」
ふーん。たぶん明日もこのことでいじられるんだろうな。
他の女子は私たちのやり取りを聞いていたりスマホをいじったりおしゃべりをしている。
飽きたなら来なければいいのに。
「さ!そろそろ男子が来るころだから、手紙を真黒くんの下駄箱にセットしてうちたちは一旦カバンを持って解散しよう!女子だけ集まってるところを見られたらビックリするだろうからねぇ。」
時刻はちょうど8時を示していた。
ギャルでもまともな意見が言えるのだと上から目線だが関心してしまう。
その言葉を聞くや否や一斉に女子たちが教室を出る。
どこに行くかなんて考えても仕方ないから放っておく。
そんな私はというとC子とD子に下駄箱まで連れてこられた。
腕を引っ張られながら階段を降りたので何度も転びそうになるがかろうじて耐える。
「わー、緊張するね!」
「うんうん!ここが真黒くんの下駄箱かぁってなる!」
勝手に盛り上がっているところ悪いけど普通の下駄箱だし。
扉付きだからこういうイベントにより一層張り切っているのだろうか。
幸い現時点で周辺には誰もいない。
「よし、開けるよ……!」
C子が扉に手をかけ手前に引く。
意識をしているからかガチャッという無機質な音が大きく感じた。
そこには指定の上履きが両足揃えて上段に収まっているだけで私たちのものと大差ない。
「やっぱり優等生だから揃え方が綺麗だね!」
「うんうん!イケメンのオーラを感じる!」
なにそれ、いちいちうるさいんだけど。
「あの、早く手紙入れないと……。」
玄関からザワザワと声がしてきたのでひと声かけると、C子は手紙を投げ入れ扉を乱暴に閉める。
おいおい、そこはテキトーかい。
そう簡単には壊れないだろうけど少し心配になる。
「早く教室行くよ!」
そう言い2人は駆け出す。
腰巾着め。
移動が面倒なら机の中に入れておけばいいのに。
あ、真黒くんがクラスメイトに茶化されるのを防ぐため?
それも少女マンガの影響かA子の入れ知恵か。
でも私だって茶化されるのが嫌だからその方が嬉しいかも。
C子は早くと言っていたけれど特に急ぐ必要もないのでゆっくり階段をのぼる。
放課後に告白かぁ……全く実感がわかない。
それよりも徹夜明けの頭で授業についていくことを考えよう。
明け方に少し予習したから問題ないとは思うけど居眠りなんてしたら笑われ者だ。
踊り場で人の邪魔にならないよう端に寄りメガネを外して袖口で目を擦る。
刺激をしたことで少し目が冴えた気がする。
やることが終わったらすぐに家に帰って寝よう。
今日もまた長い1日になりそうだ。
…
……
………
終業のチャイムが鳴る。
どうにか居眠りせずに終えることができた。
ただ昼休みはどうしてもガマンできなかったので昼食のあと机で突っ伏して寝ていた。
スマホのアラームで起き、トイレの洗面台で顔を洗っているとD子に体調不良を心配されたが適当に返事をする。
どうせ放課後のイベントがなくなってほしくないだけのくせに。
トイレまでついてくるんじゃないよ。
担任が翌日のプリントを配り連絡事項を伝達する。
「起立!」
日直の掛け声のあと教室内の生徒が一斉に立ち上がり椅子を机の中に入れる。
「礼!」
さようならー。
この言葉を合図に部活組と帰宅組に分かれそれぞれの行動を開始する。
「バイバーイ!」
A子とB子が揃って教室を出ようとする。
私とすれ違う際に「頑張れ」と親指を立てられたのがムカつく。
でもやるだけのことはやらないとあとが怖いから笑顔を無理やり作る。
真黒くんの方を何気なく見るとカバンに荷物を詰め込み周りの人に用事があることを伝えていた。
C子、D子が私に外に出るよう促す。
気負いしないで済ませてしまおう。
…
……
………
彼はまだ来ていなかった。
砂埃が風に舞う体育館裏。
西日により空は明るくてもその場所だけ薄暗い。
カバンを持つと言われたので素直に手渡す。
そのやりとりをしている間に主役である王子様が現れた。
私は彼と対面する形をとる。
取り巻きたちは体育館出入口のすぐそばで様子を見ていた。
この野次馬が。
「話って何?どうしたの?」
慣れてるとでもいうように彼から話かけてきた。
はいはい、言いますよっと。
「あの……付き合って下さい。」
声が震えた。
ひと言で済ませたがこの震えは演技じゃない。
自分の気持ちを裏切っているから怖かったんだ。
答えはわかりきっていたが言葉を待つ。
「ゴメン。今は誰とも付き合うつもりはないんだ。」
そうでしょうね。
私だってあなたと付き合いたくありませんから。
上部だけの言葉を並べるのも腹立たしい。
せめてもの抵抗で「好き」と言っていない。
体育館からボールの弾む音と応援が聞こえる。
今ごろ磯貝くんが部活をしている様子を見て気持ちをリセットしてから帰るのに。
情けなくて涙が出てくる。
しかし、この男に見せたくないので必死に堪える。
「大丈夫。ただ気持ちを伝えたかっただけだから。」
「本当にゴメンね。ありがとう。」
みじめだ。
フラれてかわいそうな女だと同情しないでほしい。
あらかじめLINEで聞くよう送られていた要件を思い出す。
「ねぇ。1つだけ聞いてもいい?」
「何?」
「どうして真黒くんはモテるのに誰とも付き合わないの?」
「本当に好きになった人しか付き合いたくないからかな。」
彼がオレンジ色に色づき始めた空を見上げる。
こいつは自分に酔っているのか?
噂だと小学生のころから告白され全て断っているらしい。
誰にでもニコニコするから相手に余計な感情を芽生えさせるんだ。
知ったこっちゃねぇ!と言われたらそれまでだが惚れるのに理由はいらないんだよ。
自分が身をもって体験したからわかるんだ。
そんなこいつが本当の恋をしたらどうなるのか。
妄想をすると顔がニヤけてしまう。
「そっか……。そうだよね。真黒くんは優しいから誰も傷つけないようにそうしてるんだよね。」
「まぁね。」
多少引きつった笑いが入ってしまったが、彼には自分を嘲ているように見えたらしく結果オーライだ。
「でも真黒くんと付き合う人はどんなに素敵なのかな。学年中……いや、学校中の女子が嫉妬しちゃうかも。」
あんたのような男を心から好きになるやつがいたらひと目見てみたい。
「そんなことないよ。それより君は早く次の人を見つけなよ。応援してるからさ。」
次どころかあなたはカウントしていないですけど?
好きな人いますけど?
……もう、こんなもんでいいでしょ。
あーあ、くだらない。
「うん。ありがとう!じゃあ、またね!」
言葉を畳み掛けるとギャラリー2人の元へ駆け出した。
一応そういう予定だったので仕方なく。
真黒くんの視線を感じながら同情の言葉を浴びる。
とりあえずやりきった達成感はあるかな。
体育館の外壁に立て掛けてあったカバンを持つと、彼女たちに疲れたから帰ると言い残しその場を走り去る。
校門までの道のりで女子に向かって笑顔で手を振る真黒くんがいた。
「……チッ。」
黄色い声を背に彼とすれ違う直前舌打ちの音がした。
ふと1ヶ月前の歓迎会をを思い出す。
新入生代表としてステージ上での式辞。
そのとき女子の声援に応えちょっとした騒動をおこした。
彼が通り過ぎる瞬間ほんのわずかであるがこの音がした。
そうか、犯人はお前だったのか。
真黒燈……。
こいつは外づらだけの悪魔だ。