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放課後のLINEへの不安を消そうと帰宅後小テストに向け勉強していた。
母に夕飯ができたことを告げられ、ひと息つこうとしていたところに新たな通知。
A子『やっほぉ〜!明日7時半に教室来てくれる?作戦会議したいの!その時間なら誰もいないと思うから』
この女はどこまで人を振り回せば気がすむんだ。
でも孤独はもっと嫌。
だから
シオン『わかったよー。ちょうどいい電車がないから10分くらい遅れると思うけど大丈夫?』
と返信する。
嘘だ。ただくだらない話し合いの時間を少しでも減らしたいからだ。
するとものの数秒のうちに
A子『了解だよ〜!でも他の男子に見られたくないから早口になっちゃうけどそこは勘弁してね!』
ま、告白ごっこを終わりにさせて適当にあしらえばいいか。
シオン『はーい!じゃ、ご飯に呼ばれたからまたね』
既読がつく。
よし、ご飯ご飯!
ところで……作戦会議って、何?
そんな朝早く学校行かなくても2人きりになれそうな場所なんてたくさんありそうなのに……。
…
……
………
特に夕飯を終えたあとも目立った通知がなかったため放置する。
勉強の続きをしようと机に向かうが全く頭に入らない。
もう1度スマホを確認しメガネを外してサイドテーブルに置き、9時前という学生にとってはこれからという時間に早々と就寝の体制をとる。
眠れるまでのまどろみを味わうまでの時間はなんと気持ち悪いものか。
身体と心は休息を求めている。欲している。
だが脳はアドレナリンを大量に分泌し心臓の鼓動を加速させる。
目は完全に閉じているが瞬きを繰り返す。
眼球を動かすのも億劫なほど疲れているのに。
寝返りをうつな。姿勢を固定させろ。
この姿勢はなんか違う……もう1回だけ動かせて。
あぁ!そうやって考えてるから寝れないんだよ!
考えるな……考えるな……。
「考えるな」って考えるからまた頭が冴えて来た。
考えないということを考えることを考えない……。
自分でもわかんないや。
ブゥウウーーーウウン……
視界を完全にシャットアウトしているのに聴覚が情報を捉える。
朝刊配達の原付バイクの排気音。
普通のバイクと違う小さい車体にそぐわない不規則で特徴的な音。
高校受験前の正月休み、深夜まで勉強していたときにこの音を何回か聞いたことがある。
と、いうことは。
4時か……。
夜と朝の境目の時間。
唖然と落胆とここまで耐えたという謎の安堵を織り交ぜたような思いが身を満たす。
運よく眠れたとしても約束の時間どころか授業自体に遅刻してしまう。
私は開き直り枕の下に潜り込ませていたスマホを取り出す。
4時14分。
6時にセットしていたタイマーをキャンセルし鳴らないようにする。
真冬ほど布団の温もりを求めなくなった5月、ベッドから足を下ろしヒンヤリとしたフローリングの冷たさを素足で感じ取る。
部屋全体の照明を点灯させ肌寒いので上着を羽織る。
むしろ今の方が集中できるんじゃないか?
机に目を向けると化学の参考書とノート、シャープペンシル、消しゴムが私に話しかけるかのように自らの存在を主張していた。
もちろん実際言葉なんて発しないのだが、寝ていない妙なテンションもあって中がお花畑になっているのかもしれない。
ある意味お花畑の方が余計な詮索や心配をしないで幸せに過ごせるのかな。
今回私が置かれている状況も全て洗い流せたらどれだけいいか。
でもね、独りはもう嫌なの。
両親は健在だし優しい妹もいて23区外ながら立派なマイホームに住んで自分の部屋を割り当てられている。
家族が大好きだから学校という特殊な空間に飲み込まれてしまう。
中学のころは友だちがいなくても生きていけるなんて思っていたけれど、教師だけの関わり合いだけでは無理だと3年間で痛いほど教わった。
隣の席同士の人とで教科書見たりとかグループ制作とか。
義務教育だから欠席しようが保健室登校しようが卒業はできる。
だから病気以外絶対に高校では休まないと決めた。
親に迷惑がかからなければどうってことないかな。
高校デビューという言葉がどこから発祥したのかわからないし調べるほど興味もないが、去年まで校則にのっとり耳下で1本縛りにしていた。
俗に言う「おばちゃんのひっつめ髪」。
何度も散髪に行くのが面倒になったからというだけで具体的な理由は特にない。
妹からの助言で気分が上がるようにとポニーテールにしてくれた。
妹は不器用な私と違い順調に中学へ通っているらしい。
気遣いが嬉しかったし自分でも「ちょっとイケてるかも?」と自惚れるくらいには似合っていた。
それからはその髪型で登校している。
思考を巡らせていることに気づき、壁に付けられた時計を見上げると4時25分を示していた。
10分も何を考えていたんだと反省する。
髪を縛り上げゴムと同じように気持ちを引き締める。
努力をすればするほど結果と賞賛の声を貰える、言葉の羅列と挿絵の媒体へ椅子に座りながら視線を落とす。
「頑張ろ。」
誰に言ったわけでもなかったがなんとなくつぶやく。
黒から薄紫になった不可思議な空の下、徹夜をしたバカな女の物静かな部屋で響く声。
やるしかないんだ。
今度は集中しすぎて遅刻しないようにタイマーを掛け直しシャープペンシルを手に取った。
…
……
………
母には学校の行事があると言い残し家を出た。
あながち嘘ではないが罪悪感が胸に刺さる。
徹夜明けだが不思議と頭が冴えていて思うほど辛くない。
こういうときって夕方一気に疲れがくるパターンだけど、そのころには全て終わっているだろうと皮算用する。
電車に乗っている間は参考書を読んでやり過ごす。
いつも音楽を聴いて目をつぶるのだが今回は寝てしまうのを防ぐためにガマンする。
最寄り駅まで着き徒歩で学校へ向かう。
始業の1時間前だけあって同じ生徒はほとんど見かけない。
仮にいたとしても部活組の朝練集団だけだろう。
学校の北門を抜け、50mほど歩くと体育館の出入口が見える。
残念ながらボールの弾む音は聞こえなかったが、ショートケーキのイチゴのように楽しみを取っておいたんだと考えることにした。
校舎内で上靴に履き替える。
「真夜中の学校は昼間の喧騒を全て吸収したかのようにしん……と静まりかえっている」と怪談の常套句を思い出す。
真夜中でなくたって早朝でも独特の雰囲気を醸し出している。
そんないちゃもんが脳裏をよぎるが教室の前に来たので振り払う。
こんな朝早くに呼びつけた理由を尋ねなければ気が済まない。
たどたどしかったり、どもったとしてもちゃんと伝えよう。
7時40分。
指定した時間ぴったりだ。
スマホでの確認もすっかり習慣になってしまったが朝礼までには電源を落とさなければ。
さ、気持ちを切り替えよう。
自分の両頬を軽く叩いてほど良い刺激を与える。
横引きの扉を開けると対象の人物と目が合った。
いや、正確に言うと「人物たち」だ。
「おはよう。」
A子がなんでもないというように呑気に挨拶をする。
そうだ、これが嫌なんだ。
同じ服装をした男女が等間隔で並び視線を黒板1点に集中させる。
ごく身近にある非日常感。
だが違うのは男子が全くいないこと。
1年1組の女子がそれぞれ自分の席に座り笑顔でこちらを見つめていた。