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始めに意識として捉えたのは布の感触だった。


そこそこ柔らかい敷布団とそこそこ暖かい掛け布団の間に身を委ねていた。

飾り程度の枕でもあるのとないのとではやっぱり違う。


ハッとして目を開けると知らない天井が……なんてどこかのアニメのネタを見たけどみんながみんな仰向けで寝てるとは限らないし、視覚の前にまず触覚なのだと経験をもってわかることもあるもんだ。


学校内でベッドがある場所といえば1つしかない。

保健室。

ほのかに消毒の匂いがする。

ゆっくり身体を起こすとまだ頭がふらつく。


「あの……誰かいますか……?」


朝以来会話をしていないのでかなり掠れていた。

正直寝ていたかったがベッド全体をグルッと1周させたカーテンで視界を遮られ、この世に取り残されたような気分が嫌だったのだ。

そもそもそういうためのカーテンだろ。と突っ込んでしまう。

静かなのが良かったり人がいないと寂しかったりめんどくさいな、人間は。


私の声に気づいたのか、白衣を着た40代くらいの女性養護教諭がカーテンを少し空けて顔を覗かせる。


「おはよう。気分どう?」


「あ、はい。すみません、お騒がせしました。」


「たぶん貧血かな。念のため親御さんに連絡するけど大丈夫?」


「そうですね。まだ頭が重いので助かります。」


「じゃあ、電話してくるね。ちょっと席はずすけどすぐ戻るよ。」


そう言うと先生はカーテンから顔を引きサッと隙間をなくすように閉じた。

また閉じ込められてしまったが、声をかけてもらった安心感で前ほどソワソワせずに済みそうだ。

頭を触ってみるとポニーテールがグシャグシャに乱れていた。

まとめたゴムを解き降ろした状態にする。

邪魔だから切ってもいいかな。


胸ポケットから取り出したスマホで時間を確認すると15時20分を示していた。

ほとんどの生徒が帰っているだろう。

アジフライ定食を食べ損ねてしまった……。

グゥウウウウ……とお腹が虚しく鳴る。

悔しいからこのあとお母さんにお惣菜で買ってもらおう。


軽く決心をして再びベッドに横になり目を閉じる。




そういえば私をここまでどうやって運んだのかな?

担架とか?

ま、いいや、寝ようっと。




あとでお礼言わなくちゃな……。





……


………




翌日。

母に6時半に起こされ眠い目をこすりながら朝食を食べる。

もう貧血で倒れることのないようにと。

ご飯、豆腐のみそ汁、玉子焼き、海藻サラダ、あと……レバニラ?

レバー苦手なんだけど……。

でも用意してもらった手前しっかりと食べる。


7時過ぎ。

忘れ物がないことを確認したあと家を出る。


「いってらっしゃい!今日仕事休みだから体調悪かったら連絡してよ。」


「わかったわかった。いってきます。」


昨日の晩、何回も言われたことに少々ウンザリしつつ母に見送られドアを閉めた。

でもパート終わりの直後に学校からの電話で驚かせて申し訳なかった。

一応病院に行って異常なかったし平穏に過ごせたら御の字だ。

あと……磯貝くんのこと。

私は1組で彼は5組。

教室が端っこと端っこで関わりはないかもしれないけどひと目でも見れたらいいな。


8時。

満員ではないが座席が全て埋まっている中途半端な混み具合の電車に揺られ学校に着く。

この学校は変わっていて1年は3階、2年は2階、3年は1階に教室があり、生徒への配慮なのか1組と5組それぞれの端に階段がある。

上靴に履き替え階段を上る。

教室に入ると7割ほど集まっているクラスメイトが会話やスマホのネットサーフィンを辞め一斉に私の方を見た。

おはようを言うわけでもなく一瞥する。


「お、おはよう……。」


しびれを切らして私から声をかけるがその言葉に応答せず各々の行動を再開した。

昨日全校生徒の前で倒れたからそれを気にしているのかな……。


クエスチョンマークを浮かべながら自分の席に座る。

「越方」なので通路側1番端の前から2番目だ。


「ねぇ、ちょっといい?」


読書をするために文庫本を取り出そうとしていると後ろから声をかけられた。

見上げるように振り向くと「ギャル」と位置付けるにふさわしい女子2人組が立っていた。

小さい女の子が遊ぶビニール人形のような髪色にピアス、派手な化粧。

おまけに甘ったるい香水をつけているものだから咳き込むのを必死にガマンする。

校則はあってないようなものなので好き放題な格好をしている。

つまり私と正反対な人たち。


何も答えないので苛立ったように自分のスマホの画面を至近距離で見せてきた。

ゴテゴテなデコレーションを施したケースと爪に驚きながらも確認する。

それが何の画像かと認識した瞬間、目を丸くし冷や汗が滝のように溢れる。

百面相のようにコロコロと表情を変える様子はさぞかし滑稽だったことだろう。




私が真黒くんにお姫様抱っこされている……。




タイミングが良いのか悪いのかホームルーム開始のチャイムが鳴った。


「このことで話があるからLINE送るねー。」


「既読スルー禁止だよー。」


そういうと女子2人は自分の席に向かう。

入学式のあとノリで連絡先交換するんじゃなかった。

結局やり取りしたのはその時だけだったし。

少しして来た担任が顔色の悪い私を見て体調不良を心配されたが取り繕いことなきを得た。

またいらない心配をかけたらたまったもんじゃない。


進学校らしく授業中でのスマホ操作は禁止されている。

もし見ようものなら反省文と1週間のトイレ掃除が待っているらしい。

流石に貴重な放課後の時間を無駄にしたくないからかLINEの着信が鳴ることはなかった。


何とか午前が終わり昼休み。

その瞬間通知。

いつの間にかグループ組まれてるし。

拒否することもできるが断ったあとが怖いので渋々「参加」の表示をタップする。

名前を発言するのも嫌だからA子とB子でいいや。


B子『王子様からの抱っこはどうだった?』


椅子に座ったまま周りを見渡す。

例の2人はいなかったので学食か中庭か屋上か。

メッセージを読んであたふたしている私を想像して笑っているに違いない。

悪趣味、ムカつく。


シオン『気絶していたから覚えてないよ』


送ったそばから表示される既読2。

一緒にいるのにスマホ2人とも見てるってこと?


B子『ウソー。周り騒がしかったもん。』


シオン『ウソじゃない。』


A子『まぁまぁ、真黒くんに聞いてもグッタリしてたって言うしそこは信じようよ。

うちたちはね、学校で1番のイケメンにそうされたことを妬んでるわけじゃないんさ。

ただ、しおんちゃんの恋を応援したくてね。』


人の許可もないのに「ちゃん」付けかい。


……ん?恋?


シオン『どういうこと?』


A子『どういうってそのままだけど?』


B子『あんな画像見せられちゃ好きにならないわけないでしょ。』


シオン『話聞いて!』


B子『照れなくてもわかってるから。』


ダメだ……。会話にならない。

こういうのって他人のためというより自己満足なのでは。


A子『じゃ、またね。』


返事をする気も起こらなくなりうなだれたまま昼食のサンドイッチに手を付ける。

大好物の照り焼きサンドなのに味がしない……。




いじめとも呼べない奇妙な関係のまま1ヶ月が過ぎようとした5月。

中学と違いあからさまな行動をしてこない2人にモヤモヤしながら登校を続けている。

苦手な体育の時間励ましてくれることだけは嬉しかった。

でも好きでもない男と話題に加わるのはキツいものがある。

真黒くんも真黒くんで冗談を交えながらニコニコするのも気に食わない。

あからさまに戸惑っているんだから「無理させないで」って言ってほしいものだけど。

強く言えない私にもイライラする。



放課後の体育館、校庭側の開け放たれた入り口からバスケをしている磯貝くんを見て鬱々とした気持ちをリセットする。

スポーツ推薦組のパフォーマンスのあとに入部する人がいるのかと疑問思ったが、むしろそれに感化され同じクラスの沢村くんが意気揚々と届けを出して今ではちょっとした有名人だ。

奏介(そうすけ)」という名前の通り爽やかな風貌で真黒くんに次いでの人気らしい。

その3人を含む1年が筋トレしている。

キラキラ輝いていてうらやましい。


ふと現実に帰ると山のような通知がスマホの画面に映し出される。

ガマンの限界がきたらはっきりと嫌と言おう。

ザッと読みながら下へスクロールしていく。

1番最後の発言を読んだときピタリと私の思考は停止した。




A子『あ、既読ついた。しおんちゃん明日真黒くんに告白しなよ!セッティングはこっちでするから。』





……マジ?

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