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「以上をもちまして、新入生歓迎会を終了致します。一同、起立!礼!着席。」
その号令と共に周囲が安堵の声を漏らした。
疲れたのは私も一緒だけど。
「えー、このあと引き続き部活動紹介を行いますので、各自座っていた椅子を持ってステージ前に集合して下さい!そのあと担任の指示に従って整列をお願いします!20分後に始めまーす!」
さきほどの進行役と別の教師がマイクもなしに声を張り上げている。
こういう先生ってどこにでもいるんだなぁ。
ガタガタッ、カチッカチッ
600を超えるパイプ椅子の持ち上げる音と畳む音が合わせて聞こえる。
運ぶ距離が少ないから1組で良かった。
ステージ下の収納へ保護シートと共にどんどん仕舞われていく。
収まり切らなかった椅子は隣にある倉庫に入れるらしい。
今度はバスケットボールのコート1面から少し距離をとった状態で、先ほどと同じ配列のまま体育座りするよう担任から指示を受ける。
また私の大嫌いな洪水に包まれる。
どうせ誰も話かけてこないから、こっそりイヤホン持ってくれば良かったかな。
しかし、5分もしないうちに開始の号令がかかったので安心した。
野球部はピッチング、柔道部は背負い投げ、サッカー部はハンドボールのゴールを用いヘディングシュートするなどパフォーマンスしていく。
中学のころは吹奏楽部だったから消去法的に軽音楽部にしようかと部活一覧を見て思ったが、演奏は元の曲の原型を留めていないし先輩のキャラクターも私の苦手な部類だったのでやめることにした。
どうせ入部は強制じゃないんだし、学校が終わったあと帰るなり寄り道して特に刺激はなくても平和な3年間を過ごせればそれでいいや。
どんどんと進行していき最後はバスケ部のみとなった。
2年と3年の先輩が横1列に並びあいさつをする。
あれ、せっかくコートが空いているのにドリブルとかしないのかな?
着ているものをユニフォームじゃなくて制服だし。
ま、そんなこともあるんだろうな。
時計を見ると12時15分を示していた。
今日はこのあとホームルームが終わり次第下校という予定だ。
たまにはお小遣いを使って外食もアリかもしれない。
学校近くのファミレスは混むだろうから家の最寄駅の定食屋にしよう。
あそこのおばちゃんが作るアジフライ美味しいんだよなぁ。
ひと通りの紹介を終えて部長が締めのあいさつをする。
「これでバスケットボール部の紹介を終わりにします。気をつけ---」
「ちょっと待ったぁああああ!!」
後方からの少し上ずった叫び声に心臓の鼓動が一瞬止まった。
反射的に振り向くと5組の列から2人の男子が仁王立ちしていた。
私を含め周りの男女がポカーンと見つめている。
そんなことをお構いなしに彼らはズンズンとバスケ部の方へ向かって人の間を縫うように歩いていく。
コートの中央にまで来ると立ち止まり「休め」のポーズを取る。
「1年5組、村井康太!」
「同じく1年5組、磯貝文仁!スポーツ推薦で入学しました。3年間よろしくお願いします!」
45度の角度で同時にお辞儀をする。
野球とサッカーはテレビでも紹介されているほど有名だけどバスケは初耳。
「早速ですが少々手合わせをお願いしてもよろしいでしょうか?」
村井くんが挑発気味に部長に問いかけると別の先輩が前に出た。
「おっと、部長の前にまずは俺ら2年を倒すんだな。」
なに、この三文芝居。
教師が止めないってことは許可取っているんだろうけど早く帰りたい……。
手合わせとやらに参加する男子たちがブレザーを脱ぎ、ネクタイを片手ではずす。
その仕草により一層盛り上がる。
いちいちうるさい。
出場者以外はステージ側に避け、腕まくりをした4人がそれぞれの配置につく。
3on3ならぬ2on2だ。
先輩の名前はわかんないから坊主さんとおでこさんって呼ぼう。
倉庫からバスケットボールを持ってきた部長がハーフコートの中心へ向かう。
代表がジャンケンをしてボールの主導権を決めている。
村井くんが勝ったようなのでボールを受け取る。
「10ポイントマッチです!」
部長は目配せしたあと首にかけたホイッスルを口に咥えキレ良く鳴らした。
ピッ!
張り詰めた空気の中ゲームが始まった。
頑張れー!と応援する生徒たち。
私も声は出さないものの食い入るように見つめてしまう。
空腹なんてもう忘れた。
「康太ー!磯貝くーん!ファイトー!」
誰にも負けないようなボリュームで声援をする女子がいる。
あの2人と同じクラスで友だちなのかな?
まぁいいや、視線をコートに戻そう。
4人中3人の髪色が黒か濃い茶色に対して磯貝くんの金髪は目立っていた。
振り向いたときメガネをしていたのに今はかけていない。
伊達メガネ、もしくは普段裸眼とか?
私は勉強や読書のしすぎで小学5年からメガネが手放せなくなっていた。
今思えばそれもいじめられる原因だったのかも。
勉強だけが取り柄で根暗だったし。
村井くんが磯貝くんにボールをパスする。
それを受け取りドリブルをしながらゴールに突き進んでいく。
キュッキュッキュッ、ダムダムッ
フロアに響く体育館シューズとボールの摩擦音が心地よい。
生活感にそぐわない匂いの正体はゴムの匂いなのだと気づく。
おでこさんが両手を広げ行く先を拒む。
「ニッ」っと口角を上げるように微笑みおでこさんの体を軸にするように身をくるっと1回転させる。
ドリブルってマリつきみたいにだけじゃなくて足の間を前後小刻みにする場合もあるんだ。
そのままシュート!……かと思いきや坊主さんのディフェンスを予測しゴールの反対側にいた村井くんにパスをする。
新たなディフェンスが間に合わないまま村井くんの投げたボールは綺麗な放物線を描きゴールに吸い込まれていった。
その瞬間盛り上がりは最高潮に達した。
本当の試合ではないから先輩も多少手加減しているんだろうけどやっぱり推薦枠なだけあって強いんだなぁ。
人の話し声のザワザワした空気はダメだけど誰かを応援する空気は嫌いじゃない。むしろ好き。
自分でもわからないけど不思議。
ゴールのすぐ近くの壁際にいつの間にか用意した得点ボードの片方の数字が0から2へ変化した。
すぐさまおでこさんがボールをキャッチし次の得点を狙う。
そんな状況でも1年2人は並びあってハイタッチしている。
笑顔が眩しい。
私もあんな風に毎日を楽しめたら……。
彼の髪色のようにキラキラ輝くのかな。
–−−ドクンッ
心臓が高鳴る。
気づけば磯貝くんから目が離せなくなった。
今まで恋もどきは何度かしたことあるが憧れとの線引きが難しくてスルーしていた。
だが今回まさしく私は「恋」というものをしている。
しかも一目惚れ。
単純すぎて恥ずかしくなる。
だけどもっと彼のことが知りたい。
バスケ以外にも好きなものはないのかな。
食べ物とか色とか趣味とか。
特に刺激はなくても……なんてさっき思ったけど無理そう。
彼のおかげで充実した高校生活になると確信した。
……あれ、目の前がボヤけてきた。
短時間でいろいろ考えていたからかな。
それとも朝ご飯抜いて学校来たからかな。
お母さんの言う通りにちゃんと食べてくれば良かった。
あれほど騒々しかった音が一切耳に入らなくなり白熱したゲームもホワイトアウトして見えなくなった。
もうダメ……座っていられない……。
床に衝撃を受けるが痛みを感じている暇はなかった。
みんな迷惑かけてゴメンなさい。
「−−−さん?越方さん!」
誰かが私を呼ぶ声を最後に意識を手放した。