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短編

ノックの音

作者: 日次立樹

 ノックさん、という伝説を、あなたは知っているだろうか。


 これはこの学校にいつからか語られている噂話…いわゆる学校の怪談というやつだ。

 最終下校の音楽が鳴った後、鏡のある部屋にいるとどこからともなくノックの音が聞こえてくる…。

 大まかな話はそんな感じで、そのノックの音の正体を突き止めると異世界に連れていかれるとか、自分がノックさんになってしまうだとか、いろいろと言われているのだが、真相はわからない。こういう噂は大半が尾びれ胸びれの付いた話だろうし。俺も先輩から聞いただけで、信じてはいなかった。


 大体、学校で鏡のある部屋なんて限られている。トイレや被服室ぐらいのものだ。女子なら手鏡の一つくらいは持ち歩いているかも知れないが、もちろん俺はそんなものは持っていない。トイレの出入り口はドアがないから何があったってすぐに逃げられるだろうし、放課後に被服室なんて行く用事もない。まさか自分がそんな目に会うわけがない。



「あ、やべ…」

 少し、ぼうっとしていたようだ。昨日遅くまで勉強をしていたからかも知れない。

 今日は早く部活が終わったのに、部室に掛けられた時計を見るといつもとそう変わらない時間になっていた。部室にスピーカーはないが、グラウンドに設置されたものから下校を促す音楽が流れているのが聞こえる。

 ほかの部員はさっさと帰ってしまったようで、部室にいるのは俺一人だった。いつの間に出ていったんだろう、声をかけてくれればよかったのに。薄情な奴らだ。


 部室は最後に出る奴が鍵を閉めることになっている。机の上にある鍵をとる。誰の荷物も残っていないから、俺が最後で間違いないだろう。いつもならタオルやシューズ袋、テーピング用のバンデージなんかが忘れられたりほうり出されたりしているのに、今日はやけに綺麗だ。


 きい、とかすかな音がして振り向くと、部室の壁際に並んだ金属ロッカーの一番奥にある扉が薄く開いている。

 確かあそこは誰も使っていなくて、用具入れみたいになっていたはずだ。鍵もかかっていないはずだし、きちんと閉まっていなかったのが動いただけだろう。


 そのまま押して扉を閉めようとするが、何かが引っ掛かっているようでうまく閉まらない。中から押されるようにすぐに開いてしまう。何が引っ掛かっているのだろうと思い開けてみるが、中には何も入っていない。部室も綺麗だし、今日は大掃除でもしたのだろうか?そんな話は聞いていないのに。まあ、ここに置いてあったものはだいたいが使い古されてぼろぼろだったから、誰かが捨ててしまってもおかしくはない。


 扉の裏側には四角い鏡がついていた。他のロッカーにはないのに、なぜここにだけ?今までこんなものはついていなかった気がするのだが。


 放課後。鏡のある部屋。


 不意に、先輩から聞いた話を思い出した。ノックさん。まさか……ね。

 下校の音楽はとっくになり終わっている。きっとこのロッカーは鍵が壊れているのだろう。鏡だって、俺の思い違いかもしれない。

 そう思いつつも、俺は少し焦って鞄を持ち上げた。早く出よう。一人でこんなところにいるから、余計なことを考えてしまうんだ。


 コン。ガタン。

 水筒がぶつかって、机が音を立てた。びくり、と肩を震わせる。背筋がすっと冷え込んだ気がした。

 今のは水筒……だよ、な?


 コン、コン。

 また、音がした。後ろから。俺は今ドアの前に立っている。外に人がいる気配はない。後ろにあるのは……。ゴクリ。息を呑んだ。


 コン、コン、コン。

 気のせいなんかじゃない。これはノックの音だ。でも、一体どこから?後ろはコンクリート壁で、向こう側から叩いても音なんて聞こえない。聞こえたとしても、もっと鈍い音になるはずだ。


 コン、コン、コン、コン。

 さっきより早いリズムで叩かれる。俺はドアノブに触れる寸前で手を止めた。

 一刻も早くここから出たい。いつもの日常に戻りたい。だけど、このドアの外側は本当にいつもの世界なのだろうか?ドアの外は、無音だ。人の気配がない。鳥も虫も鳴いていない。換気用の小さな窓はすりガラスで外の様子は見えず、ただのっぺりとした黒が渦巻いている。


 コン、コン、コン、コン、コン、コン、コン、コン、コン、コン、コン、……ノックの音は、止まない。

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