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97話 牙立てられた魔王の反撃 *ちょっとだけR15注意

「じゃあ俺と……別れたらいい」


 哀しそうな顔で、彼はぼそっと言い放った。


「俺は、お前が聖妃として教団にいるのを見たくない。聖妃として活動するお前は――あいつの妻なんだよ」


「言っただろ、この地上において神との結婚に意味はないって」


「お前に意味はなくても、俺には意味がある。それに、俺が……。魔王だとバレた俺が教団の聖妃に付き従うって……しかも入信って。しかも陰で結婚するとか。……それを、なんとも思わないのか?」


「なにか問題でもあるのか?」

「……俺が惨めだと、思わないのか?」

「魔王としての矜持が崩れると?」

「魔王としてっていうか……。俺の成り立ちっていうか……」

「この世界が創造されたとき、聖と魔は入り交じっていた――ってやつか」


 創世神話にこうある。


 原初、世界は混沌としていた。あまりにも混ざり合いすぎて、生き物が個として存在することすらできなかった。

 聖と魔、光と闇。風と土、火と水……。いろいろなものが混ざり合いすぎて、そこから何かが生まれる余地すらなかったのだ。

 だから創世神は、まず『別けた』。


 そうして世界に、『何かが存在する』隙間が生まれた。


 故に、風の聖神と風の魔神――後のシフォルゼノと()()アスタフェルが一つに戻ることは、最大の禁忌である。世界がまた混沌に帰し、生物が個として存在できなくなるからだ。


「別に(いつ)になれと言っているわけじゃない。ただ、形だけ入信してくれればいいんだ」


「いや、そういうことじゃなくて。なんていうかな――あいつが光なら俺は闇だろ。だから、創世とか関係なく、なんていうか。水と油? 一緒にいたくないというか。しかも女を取られた魔王って……。滅茶苦茶惨めじゃないか」


「取る取られたの話なら、聖妃とは聖神の女だ。それを現状取ったのはオマエだ、アスタフェル」

「そうなんだけどさ……」


 何をぐじぐじと言いつのるのか。


 ワタシはふぅっと息をついた。


「……つまり、魔王としての矜持の問題だな」

「そういうことなのかな……?」


 ちらりと魔王は空色の瞳でワタシを見る。


「お前がさ、選べばいいよ。お前は風の聖妃だ。だから強要はしたくない。自分の意志で、俺を選んで欲しいんだ」

「随分、結婚しよう結婚しようと強要されたような気がするが」

「攫いはしなかっただろ。本当なら魔界に連れ去るところなのに」

「そういえばさっき、ワタシが魔界に行けばオマエは助かる、と言っていたが……」


 アスタフェルが瀕死で、ワタシの膝に頭を預けていたときのことだ。

 風の幻素を補うため、魔界に避難する必要があった。そのとき何故か彼は、ワタシまで連れて行こうとした。

 その言が、『ジャンザが一緒に魔界に帰ってくれれば自分は治る』だったはずだ。


 アスタフェルはワタシから視線を外した。


「……ごめん」

「まあ、そんなところだとは思った」


 つまり、嘘だったと。


「あの時は……、ついてきてくれるって言ってくれて、嬉しかった……」

「命がかかっていたからな。オマエにしてはなかなかやるじゃないか」


 皮肉交じりに呟く。


 だがそれにしても、ワタシを騙しやがって……という怒りはある。


「あれは、その。悪かった。けど……、ほんと、最終的に決めるのはお前なんだ。やっぱり両方取るなんてできない。俺と別れて聖妃として教団に入り込んで野望を叶えるのか、俺の妻として魔界に来て俺と結婚するのか。どっちかを、お前は選ばなくちゃいけない」


「どちらも断る」


 きっぱりとワタシは言い放つ。


「決めるのワタシだと言ったな。ならば、ワタシの決めたことに従ってもらおうか。ワタシは風の聖妃(スフェーネ)として教団での権力を得、薬草薬を広める。オマエは陰で聖妃であるワタシと結婚する。天においては聖神の妻、地においては魔王の妻。それのなにがいけないんだ」


 ワタシの言葉が終わるが、アスタフェルはなにも答えなかった。

 二人の間に、しばらく静寂が降りる。


 やがて、魔王は深くため息をつく。


「――ここまで言っても、無駄か」


 そして、笑った。


「お前の意志が変わらぬのと同じだ。俺の意志も変わらぬということよ。時にジャンザ。お前……処女だよな?」


 突然の単語に、ワタシの心臓がひっくり返りそうになる。


「なっ……、なにを」

「いや、今までのお前の態度とか。そういうの見てたら分かる。男の経験、ないだろ」

「それに答える必要性を感じない」

「お前が感じなくても、シフォルゼノはどうだろうな?」


「……何が言いたい」

「俺はお前がなんでも構わない、お前がお前ならそれでいい。だがシフォルゼノはどうだろうな」


 哀しそうに、彼は笑う。


「神の妃が誰かのお手つきなんて、大した侮辱じゃないか? しかもそれが敵の魔王のお古だなんてさ」


 その言葉に、不意に、ワタシは胸に悲しみが広がるのを感じた。


「……やめろ、そんなこと言うな」

「今さら怖くなったか? 俺と番うのが」

「違う。オマエ……」


 アフタフェルはこんなこと言うやつじゃない。現に、ワタシがワタシなら何でもいいと彼はいう。

 そんなアスタが好きな相手であるワタシをそんなふうに言うなんて。端的に言って、らしくない。

 そんなの……。


「自分を、物扱いするな」

「俺が物扱いしてるのは、ジャンザ、お前だ」

「そうは聞こえない。オマエは、もっと……優しい」


「――じゃあ、少しは反省しろよ。俺をここまで追い込んだことを」


 アスタの言葉に返す言葉が、脳に浮かんでくれない。


 ワタシが彼を、ここまで追い込んだ。

 だが、それでも……。自分の野望を叶えたい想いもまた、真実。


 魔女として生きてきた十七年は戻らない。魔力を使いすぎて死んだ大好きな若き師は、生き返りはしない。


 それに、アスタが今ここにいるのはワタシが望んだことだ。ワタシが望み、行動しなければ、彼は今頃魔界にて永き眠りについていたのだ。


 だから、彼を望んだのもワタシ。

 ワタシが、決めたこと……。


 奥歯を噛みしめる。

 拳を握ると、自然と手に持っていた宝石(タリスマン)をも握ることになる。


「……。風の魔王、アスタフェル」


 ワタシは宝石を握りしめた手を彼に向けた。


「オマエがその気なら、受けて立つ」

「そうだろうな。お前なら、そうこなくちゃ」


 だから、そんな……。

 空色の瞳が、透き通るみたいに――哀しそうなんだ、オマエは。

 今から女を襲おうって魔王が、それはおかしいだろうが……。





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