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96話 牙剥く魔女

 ワタシたちは互いに黙りあい、相手の出方を伺う。


「今、なんて言った?」


 先に口を開いたのはアスタフェルだった。


「――アスタ、一緒にシフォルゼノに入信してくれ」

「何故」


 彼は戸惑ったように笑う。


「入信って……なんだよ」

「入信とは、その宗教団体に入ることだ。この場合はシフォルゼノ教団への入団のをいう」


「違う。俺が言ってるのはそういうことじゃない」

「分かってるよ。聖妃なのに入信する必要があるのか、ってことだろ。ワタシもできたら入信なんかしないでいたいが、そうもいくまい」


 今現在、ワタシはどこの教団にも所属していない。

 魔女が持つ生来の魔力、そして魔法を行使することは、通常の信仰を持っていないからこそできるものだとされているからだ。魔女は別枠なのである。


 だから『これ』という教団に入信するのは身が重くなりそうで嫌だが……。

 しかし、そんなことも言ってられない。


「聖妃というのは字の通り、シフォルゼノ教団が奉じる聖なる風の神シフォルゼノの妃だ。教団の中央に位置するいわば信仰の要。そんな人物が入信していないのは許されないだろう。まあ、このあたりは実際に聖妃として教団に召し抱えられてみなければ分からないが――」


「悪い、意味がわからない」


 ワタシの言葉を遮った彼は少し震えた声で言い、首を振る。


「お前は俺と結婚するんだろ?」


 空色の目が、不安げに揺れていた。


「そうだ」

「じゃあなんで。一緒に入信? なんなんだよそれは」

「我らがこれから赴くのは教団の中枢。共にいるためには、オマエがフリーでは示しがつかないだろ。……それに、一緒に入信してくれたら心強いし……」


「シフォルゼノの教団の中枢? なにを言ってるんだ? 俺たち結婚するんだよな?」

「聖妃として教団に入り込むことと、オマエと結婚することは、矛盾しないよ」

「……重婚? 重婚なのか? 神相手に重婚? ここって重婚が認められてるのか?」


「ここでも重婚は認められてないよ。だが問題はない。相手は神様なんだ、神官がちょちょいと二人は夫婦だと認める儀式をやってそれでお終いだ。法的な縛りはない。ワタシが本当に結婚するのはアスタ、オマエだ。真に愛するのも――」


「自分が何を言ってるのか分からないのか?」


 それは、戸惑ったようなアスタの声だった。

 ワタシは軽く首を振る。


「これはそんなに真剣になるようなことじゃないってことさ。だいたいこの世にいない神様と結婚ってなんだよ。そんなのと結婚して何するんだよ、実際のところ」


「何って……。よく知らんが、なんかシフォルの言葉聞くとか」

「信じてもいない神の言葉なんか聞こえても、迷惑だ」


「お前……自覚はないのか? お前は風の聖妃(スフェーネ)として生まれたんだぞ」

「そのワタシに最初に結婚を申し込んできたのは、誰だ?」

「それは……」


 聖妃であるワタシを殺そうとしたアスタフェルは、それができないと知ると次に求婚をしてきた。

 今でも思い出せる。


 夢だと思っていたのに、彼は家のキッチンでお鍋をかき混ぜていた。ワタシに振り返る、その麗姿……。

 あの時ワタシは、嬉しかった。とても。


 そしてすぐに求婚された。正直意味が分からなかったが、そのあと彼と沢山の時間を共して、いつしか心を許し、好きになっていた。

 その時間を、ワタシの意志を、記憶にもない夫なんかに縛られてたまるものか。


「ワタシは魔女のジャンザだ。ワタシを自分に縛り付けたいのなら、シフォルゼノはさっさと降臨し、ワタシの前に立ち、天においてのワタシの記憶を呼び覚ませばいい。いつでも受けて立つ」


 そう宣言し、ワタシは口をつぐんだ。そうして目を閉じる。


 数秒のような、数時間のような沈黙が、ワタシと魔王の間に降りた。


「……あの」


 遠慮がちなアスタの声に、ワタシは目を開ける。


「来ないな」

「ま、まあ……シフォルはそういう、縛り付けるのを極端に嫌う(たち)だし……」


「聖神シフォルゼノのお墨付きを頂いたということだ。今生においてはワタシの勝手にやらせてもらう。ワタシが好きなのは、風の魔王アスタフェルだ」


「それはいい。そこまでは。だがそこまで言い切るのなら、なんで聖妃として教団に入ろうとする? 好きでもない男と結婚するのか、俺と結婚するのか――どっちなんだよ、お前は」


「利用できるものを利用するだけだ。お前が()()()()()()ワタシの良いところさ。ワタシは利用することしか考えてない。ワタシの野望は薬草薬を広めること。だから……聖妃となり、教団の力を利用して薬草薬を広める。今まで考えていたどの策よりも、あっという間に広まることだろうよ。なにせ教団所属の聖妃様が広めようというんだからな!」



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