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92話 聖騎士トチ狂う

 緑の光が収まり、ワタシは目を開けた。


 さっと、自分の身体を確認する。

 手はある。腕もある。足も。痛いところもない。火傷にもなっていない。着ている黒いローブも特に変化はない。


 手に持ったままの宝石(タリスマン)はすでに元に戻り、淡い光を放つのみだ。


 ――今の増量した光が魔女への毒なのだとしたら、外傷を目的としたものではない、ということだろうか。


 とにかくアスタフェルだ。

 邪魔されたわけだが、治っただろうか。


 と膝枕しているアスタを見下ろしたワタシだったが、見た途端、がっくり来た。

 光の前と変わらない様子……。失敗だ。


 そして、彼は空色の潤んだ瞳でワタシを見上げていた。

 何故か物凄く恍惚とした顔で。――相変わらず顔色自体は血の気がないし、口元の血が乾きつつあったりするのだが。


 こんな時になんだけど、ドキドキしてしまうほどの色気だ。

 男は命の危険に晒されると子孫繁栄しようという本能が刺激されるというが、彼の肉体は今そんな感じなのだろうか。


「な、なんだよ。この期に及んでまたなんか素っ頓狂なこと言う気か?」


 しかしワタシの問いに応じたのはアスタフェルではなく、隣に立ち尽くしたエンリオだった。


「あ、あの……。あなたは、魔女、ジャンザ……?」


 ごくん、と喉仏が上下したかと思えば、上ずった声で誰何めいたことを聞いてくる。


「そうだけど。気色悪い声出すなよ」

「す、すみませ……いや、その……」


 視線を逸らす聖騎士様。


 ……いや、こいつまでこんな……なんで耳まで真っ赤になってる? 光の影響か?


 アスタといい、何が起こっているんだ?


 俯いて黙り込むエンリオにかわり、未だワタシの膝に寝そべるアスタフェルが震える口を開いた。


「ジャンザ、髪……」

「髪?」


 言われて肩を見下ろす。

 いつも通りに黒いローブに垂らされた三つ編みは、……その色は。


「は?」


 思わず疑問が口を突く。


 あれ、おかしいな。ワタシの地毛は濃い土色なんだけど……。


 肩にある、太く編まれた一本の三つ編みは。

 朝陽を透かした白い雲のような、あくまでも淡く柔らかく、ほとんど白く見える見事な金の房……。


 その三つ編みを掴み、ぐいっと引っ張る。見える限り、根元も白金の髪だ。

 編み込みを割って中の髪を見てみても白金。


 地毛の土色の髪が金髪に。

 これは。


「……色素を抜かれたのか」


 魔女の毒とはそういうタイプの呪いか?


 となれば、太陽の光に弱くなったということか。


 希にそういう人がいるということは知っている。

 極端に色が白く、太陽の光に当たるとすぐに日に焼ける。しかもそのやけ方が尋常ではなく、火傷したようになるのだ。


 もしワタシがそのようにされたのだとしたら、こうして外にいるだけでも危ない。早く室内に入らないといけないが、しかし肌に当たる太陽光の感覚は特に以前と変わらず。

 少し日に焼けた肌の色も、以前と変わらず。

 となれば単に髪の色が変わっわただけで体質自体への変化はないと見るべきだが……。


 いや、魔王があれだけ拒絶した魔女への毒だ。

 油断しないほうがいい。


 しかし、アスタを助けようとした結果が失敗するわワタシがこんなふうになるわだなんて……。

 やっぱり人を騙して自分の利を得ようとする時には、策が成功するまで相手に悟られないよう騙し続けないといけないな。


「どういうことなんだ。アスタ、心当たりあるんだろ? っていうか」


 ぽけーっとワタシを見上げる夢見心地な空色の瞳に血で汚れた口元。それがどうにもワタシの劣情を高めるが、まあそれはいい。


 彼の捩れた角が、透けてきていた。


「す、透けてるぞアスタ」


「あぁ……」


 焦るワタシに対し、風の魔王は吐息をついた。


「いい……金髪ジャンザ、いい……」


 うわこれかなりヤバい。会話が成り立ってない。

 急がないと。


 絶対に、魔界になんか帰らせない。何をしてでもここにいさせる。アスタ……!!


「アスタ、もう一度だ。こいつから風の幻素を取り出せ。できるな?」


 しかし宝石をアスタの胸に再び置こうとしたワタシの行動は、当たり前ではあるが、エンリオに制された。


「おまち、ん――それは駄目ない、ジャンザ様」


 今なんて言ったこいつ?


「どけ。意味分からんし今度は命にかえても邪魔はさせない」

「そのような、いや、うん。……ごほん」


 わざとらしい咳払いをしたエンリオは、口元に手を当てたままモゴモゴと話し始めた。


「あー、ジャンザ――さん。魔王をあなたの御心のままにお助けなさらえます方法をお教え申し上げそうらえまる」


「さすがに言うけど言葉が滅茶苦茶だからなエンリオ。……え? 今なんて……」


 魔王を助ける方法を教える、って……今……そんな感じなこと言ったような……?


「た・だ・し――」


 チラッとワタシに視線を送ってくる美形の聖騎士様。


「こちらのいうとおりいたして賜りとう存じあげ候です」


 彼の言葉を聞いていると頭がクラクラしてくる。言葉遣いがメッチャクチャで。

 が、言わんとしていることには興味が出てきた。


「魔王を助ける方法を教える、だからこちらに従え、だと。そんなの信じられるかよ」

「ご心配はご無用でございます。我々にも(えき)がございます(よし)。『風の聖妃(スフェーネ)の涙』を――我ら人類の宝を、あなたが使えるかどうか、確かめたいのです。我々から贈る最後の試験です。成功すれば魔王は助かり、我々も大喜びというわけです」


 ……どうやら、お前が宝石を使えるかテストするからアスタを助けてみろ、と言っているようだ。


「……その方法とは?」


 迷っている暇はない。

 いずれにせよ、ワタシ一人ではアスタフェルを治せないのだから……。


 すでにアスタフェルの角はなく、今度は白い翼が透けてきている。


 アスタは正体なく目を閉じ、じっとして動かない。


「流した涙は人々を癒やし、時満みて瞳に還る。数多の奇跡を我ら信徒に与えたもうた雫もやがて奔流に帰すのです。逆らうことなくそれを証明なさいませ」


 てか何言ってんのかさっぱりなんだけど。


「急いでるんだ。テスト受けてやるから方法を教えろってば」


「『風の聖妃(スフェーネ)の涙』を掌で包み込み、祈りを込めて御力を開放なさいませ。私はあなたを信じます、……猊下(げいか)


 最後の言葉を、囁くような声でそっと添えるエンリオ。


 ん、猊下? 教団の偉い人につける敬称じゃないか、それは。


 なんかほんとトチ狂ったな、こいつ。なんで突然こんなふうになってしまったのか……。


 まあいいや、とりあえずこれに祈れ、ということらしい。


 毒の心配もあるから、一応素手で宝石部分を触らないようにしてはいるけど。またこれに触れないといけないのか。

 こんどは髪の色素だけじゃなく、今のアスタみたいにワタシの存在自体が薄れたりして……。


 アスタの透け具合から考えると、これが彼をこの世界に留め置くラストチャンスになるだろうし。


 何にせよ、急ごう。


 不死の魔王であるアスタをこの世界に留めておきたいのは誰あろう、このワタシなのだから。

 ワタシが彼を、求めているんだから。





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