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90話 魔女の策略は断固拒否な魔王

 アスタが先ほど言っていた、『剣を崩して幻素を補填した』という言葉。


 剣を崩して幻素を補填したということは、つまり剣には風の幻素が使われていたということだ。

 形を崩して幻素に戻し、それを肉体の再生に使った。


 風の幻素によって成り立つ肉体ならではの応用である。


 しかし風の魔王アスタフェルは現在、彼曰くケチ神であるところの聖神シフォルゼノに風の幻素を取り上げられており、それが原因で肉体の蘇生も魔法陣の生成もできないでいる。


 幻素――それは、土、風、火、水という各属性の力の源である。

 火が燃え盛るのは火の幻素が濃いからだし、草木が生い茂るのは土の幻素が活発に動いているからだ。


 そんなものからできている『肉体』というのも、ちょっと想像できないが……。魔王と剣が同じ素材でできているというのもよく分からない。……まあそこは、魔王と人間は違うんだな、と納得するしかない。


 そこで登場するのがエンリオのあの宝石(タリスマン)、『風の聖妃(スフェーネ)の涙』だ。

 アレはかつてこの世界に存在した風の聖妃の涙を核としている、とエンリオがペラペラ喋っていたのを思い出す。


 聖妃は歴史のなかで稀に人間として生まれてくる。

 そして地上にて夫たる聖神と人類とをとりなし、守り、祝福するという。ちなみに風だけではなく各属性聖神に聖妃はいる。


 人間として生まれはする聖妃だが、元が神様みたいなものである。それの涙を核としたアレなら、風の幻素を取り出せるかもしれない……。


 それにアレは、エンリオに魔法を使わせることはおろか、魔王を封じ込めるほどの魔力を秘めているらしい。

 上手く使えば魔界に通じる魔方陣を作ることくらいできるかもしれない。


 ワタシの考え通りに行くか、確証はない。

 だが、今はこれに賭けてみよう。


「……エンリオ。ワタシは昨日、アンタを助けたよな?」

「つい先ほどそれを自分で否定していなかったか?」

「助けたよな」


 念押しすると、エンリオは戸惑いながらもあっさり頷いた。


「まあ……事実はどうであれ、私はそう信じているが」

「ワタシはアンタの命を助け、賊も捕らえた。自分で言うのもなんだが八面六臂三面六臂、掛けて二十四面三十六臂、乗じて八百六十四の活躍といえよう。いや実際にはアスタフェルがいなくては成功し得なかったから合わせて千七百二十八の活躍だ。違うか?」

「……その計算の意味はなんだ?」


 そんなの決まってる。エンリオを煙に巻くためだ。


「アンタはワタシに多大なる借りがあるってことだよ」

「何を考えている?」


 エンリオは警戒している。そりゃそうだろう。


「アスタフェルを助けるのに力が欲しい」


 ワタシはさらりと気負いなく、何でもないことを装ってエンリオに告げた。


 そしてアスタの頭を膝に乗せたまま彼を振り返り、その胸の薄緑色の宝石を指さす。


「……それを借してくれ」

「馬鹿な」


 短く否定し、エンリオは首を振った。


「これはシフォルゼノ教団の秘宝中の秘宝だ。教団のなかでも聖妃様から招来を受けたものだけが持つことを許される特別なもの。それを信徒でもないお前に、しかも――事あろうに魔王を助けるためになど、貸せるものか」


「ご託はいいんだ。貸せ」

「だから、いま駄目だと断っただろうが。言葉が理解できなかったか?」


「ご託のこと? そんなもの右から左さ。ワタシはアンタに貸しがある。アンタは返す義務がある。ワタシはソレを借りたいだけだ、何もくれっていってるんじゃないよ。ちょっと使って返して、それで貸し借りはゼロ。いい話じゃないか」


「何を言う。これはそんな軽いものではない。この護符は私と聖妃様の絆……私の宝だ!」


「え……」


 大事そうに宝石を手で握りしめるエンリオに息を呑んだのはワタシではなく、アスタフェルだった。


「借せって……風の聖妃(スフェーネ)の涙、のこと、か……?」

「そうだよ」


 ワタシは膝の上のアスタフェルにできるだけ優しく微笑みを返した。

 剣を崩して幻素を補填したという彼だったが、もうその幻素の効果も切れたのか、また息が荒くなってきている。


「あれを使えば、オマエを治せる」


 とはいえエンリオの前で魔界に逃げるだとかなんとかは言わない方がいいだろう。アスタの剣という前例に倣うなら、風の幻素を取り出したらあとかたもなく消えてしまうのだから。


「アレがあれば、一緒にいられるよ」


 策とは違うことを口頭では言って、エンリオを謀っておこう。


「魔力のないただの人間であるエンリオに魔法を使わせる宝石(タリスマン)だ。ワタシが使えばもっと魔力を引き出せるに決まってる。そうしたら、ワタシもオマエを癒やす魔法くらい使えるよ」


 と言いながら思い出したんだが、真の名を使いアスタフェルの魔力を引き出してアスタを癒やすのがベストだったんじゃないだろうか……。

 いや、駄目だ。

 風の幻素の供給を絶たれて瀕死の魔王である。そこから魔力を引き出すなんて……追い打ちを掛けるだけだ。試さなくてよかった……。


「だ、駄目だ……」


 アスタフェルは半眼だった眼を見開き、うわごとのように呟いた。


「お前は、お前は駄目だ、お前はアレは使うな……アレは、お前にとって毒だ……」

「どういうことだ?」

「と、とにかく……アレは……駄目だ……」

「理由を聞かせてくれないか」

「駄目……、駄目なんだ、お前は、アレを使っちゃ駄目なんだ……触るのも駄目だ、絶対に……お前は……()()は……」


 何を聞いても駄目しか言わない。


「頼む、このまま別れてもいい……だからアレだけは使うな……!」

「ほう……なるほど」


 ワタシの後ろで、エンリオが感慨深げに頷いた。


「魔王がここまで拒絶するとは。『風の聖妃(スフェーネ)の涙』――聖妃様の御力は、魔王にとっては不利益になるらしい」


 まあ、そう見るのが妥当だろう。正直、ここまでアスタに拒絶されるなんて考えてもみなかった。


「魔女にとっての毒――なんと美しい表現だ。聖神シフォルゼノと魔王アスタフェルは対の存在。その聖神シフォルゼノに連なる聖妃様の御力は、正しき人間には祝福となり、悪しき魔王にとっては毒となる、か。……いいだろう。魔女よ、望み通り貸してやろう」


 と、エンリオは首から翡翠色の宝石(タリスマン)を外し、差し出してきた。


「これを用い、聖妃様の御慈悲によって自ら魔王を滅ぼすがいい」


 相手が嫌がったとみるや積極的になるとは。思考がいじめっ子だな、エンリオ。


「アスタ、本当にこれには何があるんだ?」

「………………っ、だ、駄目だ……ジャンザ、駄目だ……受け取るんじゃない……!」


 震える手をあげてワタシの腕を取るが、それだけで力尽きたらしい。彼は手を下ろし、目を閉じてしまった。

 そろそろ、いろいろなことが辛くなってきたのだろう。

 急がないといけない。


 毒、か。


 アレを使うか使わないか。

 この状況をどうするか。ワタシが決めていいんだってさ。


 ……面白い。

 それなら、ワタシの答えは決まっている。








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