8話 ワタシ、何か言ったか?
★8 ワタシ、何か言ったか?
「ワタシはオマエの主人なんだぞ。それに、ワタシはお前の弱点も握っているんだ。それを忘れるな」
性感帯とは。とてもデリケートなものであり。
適度な刺激は快感となるが、強すぎる刺激は致命傷となり……。
というか握ったって表現なんか嫌だな。
「うむ、今度は直に頼むぞ……」
期待したように目を輝かす魔王。
ダメだ。こいつなんか思いっきり勘違いしてる。いや、これがこいつの強さの源なのか?
それでも使役のため、訂正させてもらう。
「あのな。ワタシはお前の陰茎を握っているようなものなんだ。一蹴りすればどうなるかはさっき経験しただろ? 取り出したお前の魔力に細工をすれば、すり潰す自信がワタシにはある」
「分かった右だな」
風の魔王は聞き分けよく頷くと、ひょいとワタシを横抱きにして歩き出した。
少し落ち着いてくると、こいつの美しさには見惚れるものがあることに気づく。肌はあくまでも白く、空色の瞳は切れ長。白銀の髪はあくまでもさらさらと流れるようで……。
人間ではないし、この美しさなのは仕方がないのかもしれない。
しかしこんな奴にこんな密着した抱きかかえられ方されるのはさすがに恥ずかしい。
そしてこんなにも綺麗な顔を、さきほどは輝かせ、ワタシが話している間は青くなり、今は彫像みたいに澄ませている。
状況が状況ということもあるのだろうが、出会ってほんの少ししか経っていないというのに随分いろんな表情のアスタフェルを見た気がする。
「オマエ、表情ころころ変わるんだな」
思わず素朴な感想が口をついて出る。
規則的な一歩、一歩の振動が、不思議な安心感を与えてきていた。なんか、眠くなってくる。寝てはいけないのに。
寝たら――きっと死ぬ。これは魔王の罠なのか?
「そ、そんなことはないぞ。いつも超然としているとよく言われる」
「嘘をつけ。いや、責めてるわけじゃないよ。ワタシは好きだ」
「う……ん?」
「こんなこと考えちゃいけない、こう考えるべきだ……なんて感情を胸にしまいこんでアタマで考える癖がある身からすると、正直羨ましいよ」
「俺は風属性だからな!」
今度はムスッと前方を睨みつけた。明るい色の瞳はあくまでも涼し気なのに、頬がほんのり紅いのが面白い。
照れてるなあ。
眠い頭でそんなことを考えていた。
こういうことで褒められたことないんだろうな。魔王だし誰かに褒められるなんてことそうそうないか。まあ、褒められて嫌な人間はいないし……魔王だけど。
こんなふうな出会いでなければ、もう少し……ゆっくりと付き合いたい相手だったのかもしれない。
ところで風属性ところころ表情変わるのとどう関係あるんだろ……。
「それから。大丈夫か? もし痛むならすぐに診ないと」
「なんの話だ?」
「睾丸」
「ぶっは」
アスタフェルは息を吹き出した。その拍子にワタシを取り落としそうになり、慌てて抱き直す。その刺激で、ワタシの意識は少しだけ浮上した。
「み、みるって」
「言ったとおりだ。さっき思いっきり蹴ったやつ」
奴の身体を傷つけたのを謝るつもりはない。命が危険に晒されれば自分で自分の身は守る。それが魔女のならいだ。
「こうやってワタシを抱いて歩けるということは、後遺症はなさそうだが……。機能的に心配があるなら……遠慮するな。ワタシは魔女だ」
勃起障害、射精障害……いや、この場合は外傷か。人間の男のものは診ることはあるけど、魔王のは初めてだ。人間の身体を診る要領でいけるかな……。
冷やしたほうがいい気がするが、温めたほうがいいかもしれない。アスタフェルに患部の感覚を訊いて、実際にワタシが見て判断を下すしかない。それで薬草を調合して湿布をあてよう。
治すとなれば真剣にやってやるさ。
つらつら考えていたら、また溶けそうな眠気に引き込まれてきた。
「いや、大丈夫、大丈夫だ」
「なんだよ、さっきはワタシのこと性的に襲おうとしてたくせに。今更恥ずかしがってるのか? 意味がわからない。もしかして治療行為は恥ずかしいのか? 変わった性癖だな」
言いながらも半分は自分が何を口走ったのか覚えていない。とにかく疲れて、眠くて……。
「お前が変なこと言うからだろ」
「ワタシ、何か言ったか?」
「……ああ、もういい。しばらくは俺もおとなしくしとくから、お前は寝とけ」
「そんなことは……」
「いいから。本当に、俺は大丈夫だ」
「それは……それなら……」
結局、本人が大丈夫と言い張ったら、ワタシができることなんてないんだ。
亡くなった師匠もそうだった。みるみる痩せていって……なのに、大丈夫、大丈夫って。ワタシは何もできなかった。
「師匠……」
「うん?」
「ワタシは……無力だ……」
「そうか?」
「だから、広めるから……」
「………………」
「王子様と結婚して……」
「今なんて言った?」
そして、ワタシの意識は途切れた。
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