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87話 魔女の命も危機的状況

 目の前には、異国風の黒い衣を血で染め華奢な剣を杖代わりにして膝をついた、ひねくれた角と純白の四枚翼の風の魔王アスタフェルがいる。


 アスタフェルはワタシの肩の向こうを空色の瞳で睨み付けながら、血に濡れた口で悔しそうに呟いた。


「あ、あのケチめ……!!!!」


 なんで……。


 以前受けたアスタフェルの自己申告によれば、傷や病気は魔王の魔法で完璧に治せるはず。

 なのに、なんで、今、それが一番必要な時に、それができないというんだ……。


 ところでケチってなんだ?


 あまりのことに言葉が出ないワタシに向かって、魔王は美しい顔で真剣に、苦しげに呟いた。


「あ……、でも……ジャンザが、ジャンザが一緒に……帰ってくれたら治るかも……魔界に……」

「ワタシがどう関係するというんだ?」


 それくらいで治るというのならいくらでも着いていくつもりで、ワタシは聞いてみる。

 が、アスタフェルは気まずそうに視線を逸らせた。


「あ、あの……なんか、風の幻素がなくて……。ケチが俺の周りから取っ払ったみたいで……」

「ケチって?」

「ケチ神シフォル……」

「シフォルゼノ?」


 先ほど戦っていたシフォルゼノの聖騎士か? あの派手な魔方陣は、アスタフェルの周りから風の幻素を取り去る秘術だったのだろうか。

 でもそれの何がケチなんだろう。……は、まあいい、置いておこう。


「俺、風の幻素でできてるから……。周りから補給できないと、傷が治らない……うっ」


 三度目にして慣れたのか、ワタシの顔や服にかからないよう斜め後ろぎみに顔を背ける。

 彼が咳き込むと、今度は血の飛沫が地に広がった。

 とにかく急ぐ必要がある。


 補給を絶たれたのだ。

 莫大な魔力を持つ強力な風の魔王への攻撃としては、最上級に効果的な策といえよう。

 アスタフェルがシフォルゼノをケチ呼ばわりしたのもなんとなく飲み込めた。

 この世界のものなら無意識に享受する風の幻素を、アスタフェルたった一人にだけ与えないのだ。大したケチである。


 魔界なら……彼の所領なら、アスタフェルはその権能において、風の幻素を自由にできるのだろう。だからそこに戻れば彼の傷はそれで補修できる。

 それは理に叶ったことだった。


 ……ワタシがいてなんになるのかは、よく分からないが。

 何か魔王しか知らない深遠なる理由があるのだろう、きっと。ここは彼を信じるしかない。


「分かった。一緒に行こう、魔界へ……オマエの所領へ」

「ほ、本当か?」

「オマエが助かるのなら、この際なんでもいい」

「おぉ……ジャンザ、あ、ありがとう。愛してる……」

「戯れ言はいいから。緊急事態だ、早くしろ!」

「……戯れ言……。違うからな、本気で……」

「いいから早く!」

「わ、分かった。…………………………?」


 アスタフェルから言外の疑問の空気があったのと同時に。


「それは(あた)わず」


 堅い声とともに、冷やっと、ワタシの首筋に嫌な冷気が漂った。

 背後から伸びてきた白刃が、首筋にあてられていた……。


「エン……リオ、何を……」


 アスタフェルが震える声でワタシの背後を見上げれば、これまた冷徹な声がワタシの頭の上から降ってくる。


「アフェル……なるほどな。魔王アスタフェルからとっていたのか。よくも私を謀ったな……」


 静かに怒りを滾らせたエンリオが、ワタシの後ろにいた。


 ワタシは内心ドキドキしながら、それでも態度だけは堂々と、エンリオに言い返す。


「おい、ワタシの首を刎ねるつもりか? 相手が違うぞ。ワタシは人間だ、あんたが魔王から守るべき存在だよ」

「魔女よ……。なにが婚約者だ、なにが愛だ。お前が魔王を召喚したのだな。その罪は重いぞ、(ただ)れた穢らわしい魔女め!」

「……ふん。今更そんなこと言われてもね。アンタの目が曇ってるのが悪いのさ」


 アスタ、早く。

 ワタシがエンリオの気を引いているうちに、早いところ魔界に連れて行ってくれ。

 ワタシの首、あんまり長くもちそうにないぞ!




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