84話 文句を言いに城を襲撃:アスタフェル視点2
城の上空に着くと、アスタフェルは四枚の白翼をすぼめて城壁の内側、建物と建物の中間地点に降り立った。
天空からだと建物の中までは見えない。
やはりジャンザを探すには地上からのほうがいいと思ったのだ。
そこにいた人々は、突然空から舞い降りた人間ではないものに身を固めた。
アスタフェルはその人間たちを見回し、そこに見知った顔や――ジャンザがいないことを確認した。
アスタフェルはもう、自分が魔王であることを隠そうとはしなかった。
というか、そこまで冷静ではなかった。
とにかくジャンザに文句を言う。それだけしか頭にない。
我を取り戻した兵士でないものたちはすぐにそこから逃げ去り、兵たちは遠巻きにアスタフェルト取り囲んだ。
そのなかを、アスタフェルは悠然と前にある建物目指して歩いて行く。
シュン、と空気が掠れたような音が、背中の方からいくつもした。
背後のどこからか放たれた矢が、アスタフェルが無意識のうちに周囲に展開している魔力防御障壁に当たって風へと分解されて消えた音だ。
魔王は振り返りもせず歩いて行く。
ただひとえに、ジャンザに文句を言うためだけに。
……とはいえ、やみくもにジャンザを探すのは効率が悪い。
この城――リザ宮は敷地面積が広く、とにかくたくさんの建物があるし、一つ一つの建物は大きく部屋数も無数、しかもそこにはたくさんの人が働いている。
ジャンザを見かけなかったか、訪ねて歩くのがセオリーだが……。
シュン、と前方に飛んできた数本の矢が魔法障壁に当たってかすかな音と出して空気へと崩壊する。
アスタフェルは思わずため息を漏らした。
行方を聞く聞かない以前の問題な気がした。
少し派手に登場しすぎた。
と、目の前に誰かが虚空から降り立った。
「忠告したよね」
金髪の青年が、空色の目をすがめてアスタフェルを見つめる。
彼はシフォルゼノ教団の白い騎士服のうえに白いマントを羽織っていて、そのマントが彼自身から沸き上がる風に緩くはためいていた。
「魔王の力を使うなって。どんな理由があったとしても。使ったら最後、私は君を許さない、と」
「どけ。今、お前に用はない。それに俺魔王としての力は使ってないぞ」
「まあ確かにそうなんだけどさ」
にこりともせず、キーロン=シフォルゼノは腕を真横に上げた。
指の先に薄い水色の光が結集し、はじけ、シフォルゼノを包みこむ魔方陣が現れる。
魔方陣には数千の翼が刻まれていた。そして次々に翼が魔方陣から生え続けている。
その姿はまるで、子供が描いた太陽が地にあるかのようだった。
「……やっぱり君、存在がもう魔王なんだよね。大人しくしてくれてる内はよかったんだけど……。力を使わなくても、こうやって魔王として行動されるのは困るんだよ」
「うるさい。今ここでは誰とも戦う気はない。そうだ、お前ジャンザを見かけなかったかいッてっ」
シフォルゼノから答えとばかりに飛んできたのは鋭い羽の一枚で、それがアスタフェルの頬をかすめたのだ。
予想していなかった痛みに声をあげはしたが、アスタフェルはすぐに、息をするついでに取り込んだ風の幻素で傷を補修した。
そんなアスタフェルにシフォルゼノは眉一つ動かさず、告げる。
「警告だ、魔王アスタフェル。すぐにここを去れ」
「去るにしても――」
そっちがその気なら。こっちだって、その気になってやる。
アスタフェルも手を前に突き出した。
風をまとわりつかせ風の幻素を濃厚にすると、そこから剣を取り出す。
遙かなる昔――戦に負けてこの世界から魔界へと去るときに、この世界の風に溶かして置いてきた愛用の剣だ。
ぶんと剣を振って、感触を確かめる。
風の神族と同じく風の幻想から成り立つその剣は軽く、まるで空気を掴んでいるかのようだった。
ずいぶん久しぶりだが、身体はこの魔剣の感覚をしっかりと覚えている。
剣の切っ先を、アスタフェルはシフォルゼノに向けた。
「ジャンザに会ってからだ!」
「人間のことは人間に任せろ、アスタ。君が手を出すべきじゃない」
「人間は俺のことを利用しようとしたんだぞ。それでジャンザが気を回して俺を守りやがった。そんな奴のこと――そんな奴のこと、ほっとけるかよ!」
「それなら君は彼女を最後まで信用するんだ。彼女なら必ず自分でなんとかするから」
「信用しているからこそ! 言わなくてはならないこともある!」
心ない言葉を言われて傷ついたということ。なのにアスタはまだジャンザのことが物凄く好きだということ。
だからもっとアスタフェルを大切にしてほしいということ。別れなら別れるで、もう少しまともな言葉がほしいこと。
ジャンザの行動から、彼女がアスタフェルを好いてくれていることは分かるのだが。
ジャンザの悪癖だ。
すべて理論尽くし。感情は後回し。相手の感情も、自分の感情も……。
好きな人を大切にするということは、そういうことじゃないんだ! と。
だから、アスタフェルは吠えた。
「好きっていうのはな、アタマで考えただけの綺麗事じゃ収まらないんだよ! それを直接あいつに言う! 言わねばならん!!! 俺たちの未来のために!!!」
「私は君を止めるよ。それが私の、風の聖神としての義務だから。……君たちに何があったのかは知らないけどね」
魔法陣に包まれたシフォルゼノから、はぁ、というため息が聞こえた。