82話 完全武装の聖騎士
「失礼するよ」
そこには……王子ではなく聖騎士エンリオがいて、彼のその姿を見た瞬間、ワタシは思わず息をのんだ。
「間に合ったようだね。風の聖妃の導きにより君を助けに来たよ。……おや、泣いているのかい?」
エンリオはいつもの白い騎士服ではなく、豪華な白い全身鎧に身を包んでいた。それどころか形のいい頭にはフルフェイスヘルメットをかぶり、翡翠色の見事な房飾りが背にたれている。陣羽織もマントも房飾りと同色の翡翠色。そこに記された紋章は、千の翼を模した細かく豪華なシフォルゼノの意匠。
当然腰には立派な剣を|佩《は
》き、胸にはエンリオの宝石『風の聖妃の涙』が淡く翡翠色に輝いている。
上げた面頬の奥の瞳の鮮やかな緑青色は、あくまでも優しく。
「君のような浮気性の魔女でも女性である限りは笑顔が似合うし、女性の笑顔を守るというのが私の風の聖妃への誓願だ。すぐに君を邪悪な道から救ってあげよう」
「アンタ……なんで……。その格好は……」
泣いていたことも忘れて掠れた声で聞けば、エンリオはワタシを安心させるためかことさらにっこりと笑顔を作った。
「急遽勲章をいただくことになり、その叙勲式に出席しなくてはならなくなってね」
「叙勲……だと?」
「きのうの王党派討伐の関係さ。世俗の名誉など興味ないが、王子様の感謝の気持ちとして受け取ることにしたのさ」
「昨日の今日……いや昨晩の今日だぞ。いくらなんでも早すぎないか?」
「そうは思うが、王子様たっての願いとあっては断れまい」
「じゃあ、その格好は……」
「シフォルゼノの正式な軍装で式に臨めとのアーク王子の仰せだ」
パタパタパタ、と、頭の中でドミノが倒れていく感覚があった。
何故、王子が騎士に手紙を託し、ワタシを迎えに来たのか。
何も言わずにワタシを招くこともできたはずだ。
ワタシはずっと、アスタフェルの正体を隠していたのだ。
魔王とバレたとワタシが知ったことで、ワタシがなにか対策を講じる可能性だってあったのに。
対策は……王子もしていた、ということだ。
エンリオの様子だと、王子からアスタフェルの正体は知らされていないようだが……。
それでも風の魔王アスタフェルには風の聖神シフォルゼノの軍勢をぶつけるのが人の世のセオリーだし、完全武装したエンリオならその役にうってつけというわけだ。
「……ふん。クズにしておくには惜しいな、王子」
だが、さすがにワタシの行動までは読めなかったようだ。
まさかワタシが独占欲からアスタフェルを魔界に帰してしまうとは思うまい。
だからこそ、シフォルゼノによる対魔王用の戦力を用意したのだ。
王子の想像を越えることができたのだから、この勝負、ワタシに利がある!
いや待て。
アスタを帰したことは、ワタシを迎えに来た騎士たちも見ている。
だから王子にも情報が行っているだろう。
そこをなんとかうまく言い繕って、王子を丸め込めないだろうか。
なにか妙案はないか……? 何にせよ、王子はアスタが魔界に帰ったことまでは知らないのだから。それをうまいこと使って……。
「突然なんだい?」
「いや、こっちの話だ。ご退去願おう、聖騎士エンリオ。ワタシは王子様に用があるんだ」
「君を助けに来たと言ったろう? 君は間違った道を歩もうとしている。君を愛してくれるアフェル君だけを見ていなさい、王子の甘言に騙されてはいけないよ」
「有り難い助言だが、もうそういうことでもないのさ。この香りがなんだか分からないのか?」
「香り?」
エンリオは鼻をひくつかせ、それから部屋を見回した。
「ああ、これは……懐かしいな。オリゲナ・メジョイラか。従聖騎士の宿舎によく生えていたよ。こんなに沢山どうしたんだ?」
「知は力なり。ここから王子のメッセージを読み取れないあなたは王子よりも下だ」
「世俗のことは何でもいいさ。私には聖妃様がいるから」
……話にならないな。
「とにかくワタシはアスタ……アフェルのためにも、王子様に――」
ワタシはその言葉を最後まで言うことができなかった。
轟音に遮られたのだ。
怒号も聞こえ、さらに――。
「聖騎士様!」
部屋に飛び込んできた侍女が蒼い顔で叫び……。
「魔王が――魔王が!」
「どうした?」
「お助けください! 風の魔王が襲ってきました!」
魔王の襲来を、告げた。