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80話 魔女は魔王に婚約破棄を言い渡す

「凄いな。完全武装の騎馬隊じゃないか」


 土埃を見やりながら呟くアスタフェルに、ワタシは驚く。


「見えるのか?」

「風の魔王だからな。余裕だ」


 目がいいんだなあ。でもそれ風の魔王なのと関係あるのか……?

 まあ、ワタシは目がそんなによくないからアスタフェルの目がいいのはありがたい。


「どんな感じだ?」

「完全武装の騎士が十騎ってとこだな。みんな馬に乗ってる。戦争でもしにいくのかもな」

「今は取り立ててどこかと戦争しているとは聞かないが……。まあ争いなんていつ起こってもおかしくないのが世の常ではあるが」


 やがて複数の蹄の音が地鳴りのように聞こえてきた。


「……え、こっちに向かってきてる?」


 驚くワタシに、アスタフェルは手をひさし代わりにして目をすがめ、真っ直ぐ前方を見やる。


「そのようだな。畑も何もあったもんじゃなくこっちに向かって一直線だ。麦の刈り入れ終わっててよかったな」

「土が馬で踏みしめられたらおこすの大変だけどな……。ちょっと待て、あれワタシたちを目指してきてないか」

「王家の騎士に完全武装で捕まえに来られるような心当たり、あるのか?」

「……正直、どれだか分からないくらいある」


 とかいってる間にも、ワタシにも視認できるくらいに土埃は近づいてきていた。


 それは、アスタのいうとおり馬に乗った騎士の一団だった。

 十騎ほどいるだろうか。

 全員が着ているフルプレートアーマー――全身を隙無く覆う金属製の鎧が、鈍く太陽光を照り返していた。騎士のお約束である紋章入りの陣羽織(サーコート)が遠目にもカラフルだ。兜も頭の全てが隠れるフルフェイスだった。頭のてっぺんにある豪華な房飾りの色が違うのは、あれで個別認識でもしているのだろうか。

 全員が帯剣し、鞍の横には大きな盾が見える。

 アスタフェルは戦争に行こうとしているのかもといっていたが、これではもはや今まさに戦場を駆けている騎馬だ。


 騎士が持っている青い旗がひらめき、そこにはアーク王子の紋章が見えた。アスタのいうとおり、王家の、それも王子の命令で動いているのだ。


「景気がよくて何より! 我が妻はそうでなくてはならん。だが安心せよジャンザ、お前のことは何があろうと俺が守ってやろう」

「心意気はありがたいけど、オマエの罪をかぶってワタシが捕まることになるかもしれないんだけど」


 アスタフェルは王子様を後ろから殴ったのだ。王子は倒れ、もしかしたらあのまま目覚めてなかったりするのかもしれない。

 そこまででなくとも後遺症は考えられる。王子はあの時かなり酒を飲んでいたし……。


「その時はきっちり国を潰してやるから大丈夫だ」

「話が噛み合ってないな」

「牢獄を潰してお前を取り戻すついでに城を潰してついでに国潰しちゃうって意味だ」

「やっぱり噛み合ってない」


 こっちはオマエに謝って欲しいんだよ! 原因が原因だから強く出られないけどさ……。

 あと国を潰すな……。


 まあいいや。王子の様態も気になるし、もし本当にワタシを捕まえに来たんだとしたらあの人たちを上手いこと丸め込んで王子の様態診させてもらおう。


 とかなんとかやっているうちに騎士の一団は蹄の音も高らかに駆けてきて、本当に私たちの目の前で止まった。


 馬たちが全力疾走の熱を冷まそうと集団で息を荒く息を吐いているなか、先頭の騎士が面頬(バイザー)を上げ、私たちを見下ろした。


「馬上から失礼いたします! 魔女ジャンザ様と、その付き人アフェル様でいらっしゃいますか!?」


 意外にも礼儀正しい振る舞いである。


「そうですが」

「我が妻になにか用か?」


 答えるワタシと騎士の間に、アスタフェルが忠犬がするように音もなくすっと割り入った。


「いえ、用があるのはお二方です。ジャンザ様とアフェル様、お二人をお連れするようにとアーク殿下から仰せつかっております。ご同行をお願いいたします」


 ワタシとアスタフェルは目を合わせた。

 ……やはり。ワタシを捕まえに来たんだ。しかしそれにしては妙に丁寧というか。


「再度問う。用向きはなんだ?」

「我々はただあなた方をお連れしろとの命を受けているだけでして。それについてはこちらをお改めください」


 声を固くするアスタフェルに答え、騎士は後ろを向いて部下の騎士を促した。一人の騎士が馬を下り、身体にくくりつけた鞄から一通の封筒を取り出し、ワタシに差し出してくる。


 手紙にはアーク・レヴ・スティクス=エリウスの署名。そして封蝋には騎士たちが持つ旗と同じ、アーク王子の紋章。


 これは、なんか。犯人を捕まえに来た感じではない。


 今すぐ内容を把握した方がよさそうな流れだったので、ワタシはその手触りのいい上質な封筒を開封した。

 中には一通の手紙が入っていた。


 それにさっと目を通し、あまりの突拍子もない内容に信じられなくなってもう一度ざっと目を通し、混乱した頭でもう一度最初から単語の一つ一つを心の中で読み上げていく。

 しかし、何度読んでもそのとんでもない内容が常識的なものに変わるはずもなく。

 もう一度、手紙の署名と封筒の署名を確認する。封筒の宛先と、それから手紙の中に記された名も。


 間違いなく、アーク王子からワタシに宛てた手紙だ。


 そりゃあこんな内容の手紙を持ってくるには完全武装の騎士一個団がいるだろう。

 この武力は大げさでも何でもない。むしろこれでも足りないくらいだ。


「アスタ……」


 ワタシはともすれば落としそうになる手紙を必死に掴みつつ、かすれる声でアスタに命じた。


「逃げ……いや、実家に帰れ。今すぐ……」

「は? なにいってんだジャンザ」

「……アフェル。オマエは今、あまり体調がよろしくないんだったな?」

「まあな。だが外の風に吹かれてかなり回復したが」

「万全を期すことは悪いことではないだろ。いいから帰れ」

「なんだ? 何が書いてあったんだ?」


 とアスタが身を乗り出して手紙を覗き込んでくる。


 それを読んだアスタの顔色も変わった。


「え。なんだこれ……」


 顔を蒼くするアスタを横目に、ワタシは騎士たちに向き直った。


「アスタ、いやアフェルはこう見えて虚弱で、今も体調が悪く、近々暇を出すつもりでいました。王子のもとにはワタシだけを連れていってください」

「ジャンザ!」

「それはなりません。我々はお二人をそろって連れてくるようにとの厳命を受けております」


 だろうな。王子の狙いはワタシではなくアスタフェルなのだから。それ故に、ワタシがアスタを守らなくてはならない。


「それには断固反対します。魔女のワタシがこう言っているんです。あなたがたは王子の大事な客人であるアフェルが死んでもいいというのですか?」

「え? 俺……死!?」

「しかし、命令が……」

「命令などワタシが覆させて見せます。こと人の様態に関しては、王子の言葉よりワタシの判断の方が重い!」


 騎士の目を見つめ言い切ると、頑固だった騎士も押し黙ってしまった。

 後ろの九人の騎士たちはそれぞれ顔を見合わせ戸惑っている。


 よし、いける。

 押してこう!


「さあ、行きましょうか。王子様が待ってますよ」

「王子……って、おいジャンザ! なに一人で背負い込もうとしてるんだよ!」

「アスタ」


 ワタシは彼を振り返り、少しだけ逡巡した。

 が、言わなければ。


「今までありがとう。オマエを解雇する。婚約も破棄だ。今この瞬間からオマエはワタシの付き人ではないし婚約者でもない。一刻も早く実家に帰るんだ。いいな」

「なに言って……」

「いいから実家に帰れ。ここから去るんだ。()()()()()消えろ。いいな? これがワタシからの最後の命令だ」


 一瞬で泣き出しそうに顔をゆがませた彼に背を向け、ワタシは騎士たちに向けて歩き出す。


「ジャンザ……!」


 背中にアスタの視線が突き刺さる。


 すまん、アスタ。

 なんとか察してくれ……。

 とにかくアスタフェルがここにいるのはまずいんだ。ここ、というか、この世界に。

 今ならまだ大丈夫。このことを知っている人は少ない。まだ内々で済ますことができる。


 しかし、『実家に帰れ』で、魔界に避難しろという意味だと伝わっただろうか。

『跡形もなく』のところ、ちゃんと意味ありげに言えたかな……。

 こんなことはっきり言わずに伝えようとするワタシのほうが愚かなんだ。それは分かってる……。


 迂闊だった。

 見られたんだ。昨夜、王子の部屋で。アスタフェルの翼を。

 それだけじゃない。手紙にあったのだが、ワタシは過去に一度だけ王子の前でアスタフェルをそのままの名で呼んだことがあるらしい。だから王子はアフェルの正体に気づいた。

 ワタシが迂闊だったんだ。

 だから王子は……こんなことをワタシに提案してきやがったんだ。


 ワタシは騎士たちに向けて歩きながら手紙を握りつぶした。


 この領を……それでも足りないのならもう一つ二つ、領の所有権を魔女ジャンザに移譲する。その代わり風の魔王アスタフェルをエリウス王国に渡せ、という王子からの手紙を。






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