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7話 野望は最後の最後まで

★7 野望は最後の最後まで


 時間が来てしまったようだ。


 ワタシは膝からくずおれた。そんなワタシをなにかが抱きとめる。それはもちろん、風の魔王だった。

 こいつの胸は硬いけど、なんだかちょうどいい広さと弾力ですごく心地がいい。

 それに心臓の音がする。魔王でも心臓が動いているというのは発見だった。


「おお、やはりお前もそのつもりで」


 ワタシを胸に抱き、生唾を飲み込む魔王。


「そんなわけないだろ……」


 全身にのしかかる脱力感で、指さえ動かせない。魔力もないし気力もないし。

 もう……これで、ワタシも終わるのか。


「ワタシは……ワタシは死ぬんだ。魔力の使い過ぎで……」


 師匠や、他の魔女たちと同じように。

 自分はある意味特別だと思っていた。魔女たちを救う魔女なんだと、だからワタシはこんなに魔力が低いのだと――その魔力の低さを活かすからこそ、生ける魔女を救えるのだと。


 結局そんなのは思い上がりで。ワタシでは、彼女たちを助けられなかった……。

 胸が詰まってきて、涙が出そうになった。


 魔女であるワタシが、アホの魔王に負けたのだ。いや、なんだかんだと勝つからこそ、こいつはきっと永劫の時を生きる魔王なのだ。真の意味でワタシなど足元にも及ばない高次の存在……。


「確かにお前、魔力がすっからかんだな」


 魔王の手が力の抜けたワタシの背を降りていき、腰のあたりをゆっくりと擦りはじめていた。


「俺の魔力で魔力を補填しろ。お前は俺の魔力と繋がっているからこの程度なら一秒もあれば満たされる」


 魔王の声が、優しい。

 しかしワタシの魔力の総量は一秒扱いか。まあいいけどさ。


「今更そんなことを、よくも……!」


 力を振り絞り、奴の顔を睨むため顔を上げた。


「オマエが、オマエがワタシの前に現れなければ……!」

「……泣いてるのか?」


 言われて気づいたが、ワタシは泣いていた。涙は止まらず頬が濡れているし鼻水も出ているが、腕が動かず拭くことすらできない。

 歯を食いしばった口の中で、もごもごと拒絶した。


「オマエには関係ない」


 そういえば、身体は動かないのに口を動かすことへの疲労感はない。……気が張っている、ということだろうか。


「なあ、助けてやろうか」


 意外なことに、魔王はワタシの顔をその白く長い指拭きながらそんなことを言ってきた。


「オマエの魔力を得ても無意味だぞ、ワタシの魔力が回復しなければ……ワタシは死ぬ」


 真の名を知り相手の魔力を自由に取り出せるようになっても、それは自分の魔力ではない。今使っているのは自分の魔力なのだから……。

 ……しかし、なにか妙な違和感がある。これは……?


「そうではない。お前を魔界に連れて帰る。そうすればお前は俺を維持し続ける必要はない。お前の魔力の消費もなくなる」


 魔王がそんなことを言ってくるだなんて。ワタシを殺そうとしてきている相手だぞ。

 聞きながらそんなことを思っていると、やはりアスタフェルは条件を出してきた。


「ただし、続きをしてもらいたい」

「続き?」

「さっきの続きだ」


 突然、彼は息を呑んだ。


「壁ドンのほうがよかったか?」

「は?」


 少し迷って、彼は言い直した。


「片腕で壁に押し付けたほうがよかったか?」

「いや壁ドンが何かは知ってるし、オマエの説明だとちょっと違うことも分かる。ワタシ知識はあるほうだから」

「雰囲気作りができていなかったと反省したのだが」

「ここまできて雰囲気作りも何もないだろうに……」

「いきなり襲えと! 積極的な奴め」


 そっと、しなやかな長い指がワタシの顎をとらえた。


「だがやはりこう……顎をクイッとしたほうがよいよな?」


 そろそろ全てが面倒くさくなってきて、頭を振って奴の指を振りほどいた。

 これだから、ワタシはこいつに負けたのだろう。

 結局、魔女とはいえ常識に囚われたワタシでは、(ことわり)の外にいる風の魔王に敵わないのだ……。


「せっかくの申し出だけど、お断りする。……ワタシはこの世界でやりたいことがあったんだ」


 魔界に逃げたところで、この世界でのワタシの命運は尽きた。なのにのうのうと……すべてを放り出して、奴の情婦になって魔界で生き延びても仕方がない。

 この魔王にそこまで付き合うつもりもない。

 この世界で、王子様と結婚し、権力を持つ。それがワタシの野望だった。……だがそれは、手段にすぎなかったはずだ。


 そうだ、ワタシは、やり遂げなければならないんだ。若くして亡くなった師匠のためにも。この世界に存在するすべての魔女のためにも。


 ……というか、おかしい。

 これだけの高位の魔物を維持しているのに、ワタシはまだ死んでいない。全身が重いのに、それ以上の披露が襲ってこない。

 これはいったい、なんだ?


 いや、分析する時間なんかない。

 命が尽きるまでものの数秒かと思っていたが、この調子だと数分、数十分、数時間……。もしかしたらもっと長く生きられるかもしれない。


 やれるだけ、やろう。


 だが終わりが明確に見える今、今までと同じようなやり方では悠長すぎる。残り時間が短いのなら短いなりのやり方というものがある。

 とりあえず、ワタシの知っていることを残すために……そして王族専用図書館で得た知識をまとめるために。編纂(へんさん)を急がないと。


 少しでも、少しだけでも、種を蒔くんだ。

 そのためにも、与えられたこの状況を最大限に利用しないと……。


「アスタフェル。とりあえず、ワタシを連れて上にあがってくれ。出たらすぐ右の扉が寝室だ。そこに机がある。ワタシをそこに座らせてくれ」


 現在、彼はワタシの使い魔だ。魔力を消費して存在させてやっているのだから、相手が風の魔王であっても使わせてもらう。


「そうか。まずはしとねの準備をしなければならなかったのか」


 話通じてない……。さすがに大丈夫かこいつ。



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