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70話 饒舌聖騎士

 やっぱりエンリオの奴、何か企んで拘束された振りしてただけか。

 ほんと食えない奴。とはいえ今はそれもありがたい。

 あんな奴に感謝する日がくるとはな……。


「なん……で……?」


 猿ぐつわをされた白い騎士服の美形男に腕を押さえられたユスティアは、目を見開いて驚いていた。

 そりゃそうだ、拘束したものとばかり思っているのに動くわ自死を止められるわ。思いもよらないことだろう。


 エンリオは両手を使い、ユスティアの手から剣をもぎ取った。その剣を後ろに放り投げ、荒っぽく猿ぐつわを首に下げる。


「……ふぅ。ようやくまともに喋れる」


 と一息ついてから、ユスティアに微笑みかけた。

 それからベッドの上に膝立ちになり、エンリオはユスティアの顎を摘まみ上げる。


「君の死は、贖罪にならないよ。そうだろう? 我が愛しのユスティア」


 なんてウインクまでかます。

 ……あぁ? 何言ってんだこいつ?


「エンリオ様……」

「恋の魔法はまだ効いているようだ。私にいけない薬を飲ませた罪は重いぞ。そんな女の子をみすみす自殺させるわけにはいかないだろう」


 ユスティアの表情が物凄い引きつった。


「……すみません……こんなときに申し訳ないのですが……。エンリオ様、ちょっと、あの、き、気持ち悪いのでこれはやめていただけないかと……」

「ああ、そう? こういうのは嫌いかい」

「す、すみません」

「仕方ないな」


 ユスティアに懇願されてあっさり手を引くあたり、やっぱり媚薬は効いてない。ワタシが作った媚薬が効けば、あんなものでは済まないからな。

 口説き文句のようなのは、媚薬が効いているふりか? しかし何故そんな真似をするんだ。


「でもどうして。確かに縛ったのに……」

「私が聖騎士団の幹部に抜擢された理由を、君は調べているものばかり思っていたが……」


 彼は胸にぶら下がっているアミュレットをつまんで持ち上げた。薄緑の淡い光が、彼の動きに応じて小さく揺れる。


 反応したのはアスタフェルだ。


「気になってはいたが、それただの護符ではないよな。シフォルゼノの聖遺物を使っているにしては発せられる魔力から人間ぽい匂いがするし、なんなんだ?」


「ほう、分かるのか。ご推察の通り、これの核となっているのはある一人の人間の女性が遺したものだ。ただし、聖なる神々が統御せしめる悠久たる歴史において、人類史上最もシフォルゼノ神に近く、また真に(ちか)しき神聖なお方。(かしこ)くも人の姿としてご顕在あそばした、女性としての聖妃様……。核となるのはその聖なる女性の輝く瞳より流れ出た美しき涙、(いやしく)もこの世界にたった一つだけ現在する得がたき麗宝。そう、これこそが人類の至宝、『風の聖妃(スフェーネ)の涙』だ」


 ペラペラペラペラ、熱に浮かされたように饒舌に語り立てるエンリオ。

 うわあ。なんか……むず痒い。なんだろうこれ。それになんか本能的なシャットアウトも感じる。


「私はこの至宝の力を引き出すことが抜群に上手いんだ。それは聖妃様のご加護がこの身にあるということ。常人にはない聖妃様との特別な絆を感じるたび、私は――」


 彼はそこで口をつぐんだ。

 少し気まずそうにコホンと咳払いする。


「……まあ、私の話なんてどうでもいいさ。要はいつでも魔法で縄抜けくらいできるということだ」


 少しは恥ずかしさってものを感じる能力があるらしい。そっちのほうが驚きだよ。


「それより彼らの処遇だ。おい、もう入ってきていいぞ!」


 エンリオがドアの外に声を掛けると――。


 ドアが開き、ドタドタと白い騎士服の聖騎士たちが入ってきた。


 ああ、そういうこと。

 まあ確かに、翠の光を放つわ窓ガラスを粉々に割るわの派手な魔法を使ったのに、ワタシたちの他には誰も様子を確かめに来なかったし。


 エンリオが……聖騎士団が、止めてたのか。


 敵の仕掛けた罠と分かっているのに、何の対策もなく飛び込むわけないとは思ってたけど……。


「おっとキーロン、淑女に手荒な扱いは厳禁だぞ」


 ユスティアに縄をうとうとした聖騎士に、エンリオはそう注意した。


「女性はみな聖妃様に通ずると思い、大切にしろ。そんな無粋なものを掛けるものではないよ」


 下っ端聖騎士は縄を引っ込めると、にっこり笑って淑女をエスコートする手つきでユスティアを移動させた。

 それでも彼女は立ち止まって、ワタシに頭を下げる。


「ジャンザ様……すみませんでした……」

「ユスティア……。ワタシこそごめん。結果的にあたなを捕らえることになってしまった……」

「いいんです、私がしでかしたことは、それだけのことなんです。私、奸計で人を……聖職者でもあるエンリオ様を殺そうとしたんですよ」

「……何故あなたは、自分が飲むための媚薬なんて注文の仕方をしたの? 素直に、相手に飲ませるための媚薬を作って欲しい、といえばよかったのに」


 そうすれば確かにエンリオは発情して、あなたに襲いかかっていただろうに……。


「策に従ったんです。その策も、父の考えたことだったのですが……。だから私にも、どうして自分が飲むための媚薬と嘘の注文をしたのか、分からないんです」

「そうか。……もしかしたら、媚薬を使ったことが広まるのを防ぎたかったのかもね」

「それは……?」

「計画どおりにエンリオを暗殺できいたら、策ではどうなっていた? 媚薬を使ったことも一緒に発表することになっていたの?」

「いえ、まさか。媚薬を使ったことは秘密です。でなければ、暴走したエンリオ様に反撃しただけの正当防衛、という世間が納得する正当性は得られません」


「それでも媚薬を使ったという噂は立つだろうね。人の世なんて大抵そんな噂で持ちきりなものさ。ワタシも首を捻るだろう。ユスティア用の媚薬のはずなのに、なんでエンリオがユスティアを襲ったんだ? ってさ。だが魔女は依頼人の秘密を守るものだ。口外はしない。口外はしないが……もしかしたら、ぽろっと言ってしまうことがあるかもしれない。昔、ある貴族のお嬢様に頼まれて、お嬢様が飲むための媚薬を作ったことがある、くらいには」

「あ……」

「うん、そこからエンリオ暗殺事件につなげることは難しい。被害者はあくまでもあなたなんだから」

「行きましょう、ユスティアさん」


 キーロン……と呼ばれていた下っ端聖騎士がユスティアを促した。


「……はい。では、ジャンザ様……ご機嫌よう……」

「ユスティア……。待って、キーロンさん」


 ユスティアを連れて行こうとするキーロンに、ワタシは声をかけた。


「ユスティアのこと、よろしくお願いします」

「もちろんですよ」


「ジャンザジャンザジャンザジャンザ!!!」


 突然、アスタフェルがワタシの手をとって騒ぎ立てた。


「すごいなお前! 頭いいな! さすがは俺の嫁だな!!! ()()()()好きなだけのことはあるよな!!!」

「うるさいな。どうしたんだよいきなり」

「感動! したから! それだけだ!」

「そういやオマエ、剣は?」


 アスタフェルは両手でワタシの両手をブンブン振り回している。両手に持っていたはずの剣はない。


「ああ、そこら辺にいた聖騎士が欲しいというからくれてやった」

「……証拠品として押収したのかな」


「待ってくれ、頼む! 魔女様の治療を受けさせてくれ!」


 引っ立てられた若い男が叫び声をあげている。


「失明したくないんだ! 頼む!!!」

「目を洗え! 清潔な水で、できたら一度煮沸し冷ました水で、隅々まで、綺麗に!」


 若い男に叫び返したが、彼は部屋から連れ出されたところだった。すでに年かさの方の男はいない。

 ワタシは、ようやくベッドから降りてきたエンリオに進言した。


「エンリオ、あの人たちがすぐに目を洗えるように取りはからってあげて欲しい。ユスティアについてもだ。アンタの命を狙った賊だから憎いだろうが、そこは上に立つものとしてこらえて……、アンタは聖職者でもあるんだし。そういう寛大さを、治療者として期待する」

「水で洗うだけでいいのかい? 君の口ぶりだと、何か特別な毒消し薬でもあるのかと思ったが」

「……まあ、ほら。大抵の毒は水で綺麗に洗浄すれば無効化するから」


 少しばかり大袈裟に脅しはしたが、あれは本当は失明をもたらす猛毒なんかではなく、水で洗えば治る程度のものである。

 なんて、情報の全てをわざわざ開示するつもりはない。一応、これは今以(いまもっ)てワタシの奥の手なのだから。


 だがエンリオにもワタシのいわんとするところは伝わったらしい。彼は軽く息をついた。


「私も人のことをいえるほど嘘偽りのない生き方をしてきたわけではないが、君よりは誠実だな」




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