69話 ユスティアの想い
「――なんの話か分からんな!」
年かさらしきリーダー格の男はうつむいたまま、痛そうに喋った。
「具体的に言おうか。あなたたちが何故嘘を吹き込んでまでユスティアにエンリオを殺させようとしたか、だよ」
「……本当のことを言えば、失明しなくてすむんですか?」
別の男が顔を上げる。目は真っ赤、滂沱の涙で頬が濡れに濡れている。失明する可能性が低いとはいえ、毒は毒だ。早いところなんとかしたほうがいいのは事実。
「ワタシは人を癒す魔女だ。本当なら人を傷つけるのは商売に入っていないのさ。だから治すとなれば全力で治すよ」
「分かりました、話します」
「やめろ、おい!」
「嫌だ、俺は失明なんかしたくない!」
男が首を振りながら悲鳴を上げると、ユスティアは何故かものすごく感情の抜けた、平坦な、それでもぎょっとするほどよく通る硬質な声を出した。
「失明は怖くないですが。その話、私も聞きたいです」
位置的に表情までは見えないが……。もしかしたら、騙されたことへの感情が制御できていないのかもしれない。
で、男が話したことによると。
男たちは、このリザ宮にいる貴族の一派なんだそうだ。
この宮殿に出入りしている庶民たちから管理費を頂いて、宮殿にいる間の便宜を図るという――まあ、やっていることは所場代をせしめる地廻り(ならず者集団)と同じ。貴族が聞いて呆れる。
「なるほどね。つまり所場代を払わないからエンリオを殺そうとしたってわけか。見せしめかしらんが、極端なことだ」
「シフォルゼノ教団は我々のお得意様だったんです。それが、エンリオが来てからこっち、管理費を納めなくなってしまい……。エンリオが止めていることはすぐに分かりました。しかも他の出入りたちにまで手を回して、管理費の納金をやめさせてしまって……」
「それは、本当ですか?」
ユスティアが妙に甲高く耳に触る棒読みで聞くと、男はこくりと大きく頷いた。
「本当だ……」
「エンリオ様が、アーク殿下に取り入ってこの国を乗っ取ろうとしているっていうのは」
「ううんううううううぃうううん」
「そんなものに興味はない、ですか。すみません、エンリオ様。今あなたの意見は聞いてないです」
「うううううううううんうううっううん」
「……あの、ジャンザ様。エンリオ様が、それはいいから早くこれとってくれ、と言っているんですが。私はやっぱりその気になれなくて。でも、私ジャンザ様がとっていいと仰るのなら取ります」
「あぁ?」
ベッドの上で身をよじるエンリオを見つめる。
金髪の美形男のご尊顔は目隠しと猿ぐつわによって隠され、白い騎士服をまとった鍛えられたしなやかな長身は、手は後ろ手に縛られ、足はきっちり揃えてロープで封じられている。
こいつにはさんざん嫌な思いをさせられてきたし、別にこいつがどうなろうと知ったこっちゃない。まあ助けてやることは助けるが、そんな簡単に助けるのは勿体ない。少しいたぶろう。
「いい格好じゃないか、エンリオ。踏みつけたくなるよ。さぞかしいい踏み心地なんだろうな。だからアンタはそのままの格好で、まだまだワタシの目を楽しませてくれよ。と伝えて、ユスティア」
「うううううううううううう」
「君の声は聞こえてるよ、とのことです」
「じゃあ黙れ」
「ジャンザ、俺をロープで拘束しろ。お前が踏んでいいのは俺だけだ!」
「変な張り合いしないでくれるか?」
振り返ったと思ったらアホなことを真顔で言い出したアスタに、ワタシは感情を込めずに返した。
それから若干引き気味な空気を醸し出し始めた男たちに話を振る。
「しかし、そんな話は聞いたことがなかったよ。ワタシだってリザ宮に出入りしているのに。ワタシに管理費を求めなかった理由は?」
「あ……あの、魔女さん。本当に治してくれるんですよね?」
「もちろんだ。なにか問題でも?」
「あ、いえ。なっなにも……」
「じゃあ質問に答えて」
「は、はい。あの、あなたはアーク様直属のお客様ですので、こちらとしても手が出せなかったというか。もしアーク様の耳に入れば、我々がこの宮殿にいられなくなりますから……」
「アーク殿下を欺いていたというんですか。王党派は陰日向となり王家を守る、と聞いていたのに。え、待って。ということは、お父様は……」
棒読み演技みたいな妙な声の彼女は、その声のまま何かに気づいたようだ。
「父は、あなたたちの正体を知っている、ということですか」
「知るも何も、ディケオス様は俺たちの後ろ盾だ。といっても金は受け取ろうとしなかった。ただ、俺たちが得た情報を欲しがっていただけだ」
「我々は確かに屑だが、お前の父上は素晴らしい人物だよ。それは間違いない、父上を誇っていい。この作戦を考えてくださったのもディケオス様だ」
年かさの男の方が苦しそうに言う。
それでもユスティアは無表情で、よく通る声で返した。
「エンリオ様を私に襲いかからせて、それを成敗する、という体で殺すという計画……。授けたのは父でしたか。本当に素晴らしい人間なら、実の娘をそんな危ない目になんか合わせませんよ」
「確かにそうかもしれない。だが、それもディケオス様になにかお考えがあってのことなのだろう。我々があの方の考えを理解しようなどととは、それそもそもが不遜よ」
「ジャンザ……?」
アスタフェルが振り返り、ワタシにもの問いたげな視線をくれる。
こんなときに何だが、振り返りざまのそれは妙な流し目になっていて、吸い込まれそうな色気があった。
本当に、美しい魔王だ。中身がアレじゃなければ……。
「……ああ」
ワタシは内心のドキドキを表に出さないよう気をつけながら、軽く頷いた。
彼もユスティアの言葉の違和感に気づいたのだ。
私に襲いかからせて、ということは、それはエンリオがユスティアを襲うということ。つまりはエンリオに媚薬を飲ませたということ。
あの媚薬は女性用だから、男性であるエンリオが飲んでも効果はほとんどないんだけど。
エンリオ……もしかして薬が効いた振りしてる? やっぱり何か考えてるのか?
「アーク殿下は私の幼なじみです。そんな彼がエンリオ様に困っているからといわれたから、この身をかけてお救い申し上げようとしたのに。父は……私のことなんか、駒としか思っていない……」
ユスティアは灰の毒で真っ赤な目をつぶり、ため息をついた。
「ジャンザ様……。巻き込んでしまって申し訳ありません。ですが、あなたのお力添えがなければ、私は真相に気づくこともできず、父に利用されたままでした。あくどい方向とはいえ少なくとも傑物である父の血を引いているというのに、情けないことです」
「ワタシのことは別にいい。媚薬を作った者として真相を知りたかっただけだよ」
突然、ユスティアはベッドの上に寝転んだエンリオの顔に手をかけた。
そしてずるりと目隠しを首まで下げる。彼の長いまつげが何度か瞬きされ、そして真っ直ぐにユスティアを見上げた。
ユスティアはにこりともせず、無表情のまま彼に告げる。
「エンリオ様。大変ご迷惑をおかけいたしました。私がしでかしたことをお詫びいたします。父についても、王党派の皆さんのしたことについても。私が止めなければならなかったのに……すみませんでした。その目でしかとお見届けください。私の……お詫びを!」
「ユス――!?」
突然のことにワタシは息を飲み込む。
ユスティアが自分の腰の剣を抜いたのだ。彼女だって騎士身分なのだから王城内での帯剣は許されている。だからユスティアから剣を取り上げていなかったのはワタシのミスだ。
彼女は躊躇いのない素早い動作で、剣を自分の喉に沿わせる。
自死して責任をとるっていうのか!? なんか様子がおかしかったし、やっぱり精神的にかなり参ってたんだ。
駄目だ、彼女がいるところまでは距離がある。ワタシでは止められない!
アスタ! と助けを求めようと口を開いたワタシの前で、ユスティアは――。
が。
「うううううぃ」
白い芋虫男ことエンリオが、素早く起き上がってユスティアの腕を取ったのだ。……拘束されているはずなのに。
ユスティアの手首をむんずと掴んだエンリオの腕から、ぱらりとロープの切れ端が落ちた。足のロープも外れている。
ユスティアの剣で切ったとも思えない。両方とも最初から切れていたようだ。