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68話 奥の手

 剣を振り上げて向かってくる男たち。


 自分で挑発しておいてなんだけど、怖い。


 ワタシは鼓動を落ち着けるため少し息を吐くと、しっかりと目をつむった。


 そして、即座に風の魔王アスタフェルから魔力を取りだす。

 目をつむっていても分かる。ワタシから、アスタフェルの銀色の魔力光が溢れていく。


「ぁ、はっ……」


 背後から、アスタフェルが色っぽい吐息を漏らすのが小さく聞こえた。ワタシが彼から真の名をもって魔力を取り出すとき、何故か彼は快感を得るのだ。


 すぐに終わらせるからな、アスタ……。


 男たちの荒い足音が迫るのを聞きながら、足下から風の渦を吹き上げた。同時に拳を開く。


 『奥の手』が風に乗り、部屋中に舞っていく。


「なっ、こっ――ぎゃあああああああああああ!!!!!」

「く、ぐああああっ!!!!」

「え、どうしたんですか――え、なに!? きゃあっ、痛っ、痛い!!」


 灰が怖くてまだ目を開けないワタシの耳に、男たちとユスティアの悲鳴が飛び込んできた。


 もう突撃どころの騒ぎではない。


 そりゃそうさ。ユスティアはまだいい、位置的に遠いし、エンリオを見ていてワタシからは顔を背けていたから。

 だが男たちは違う。ワタシの口車にのせられて、まんまと真正面から目を見開いて襲いかかってきたのだ。


 そんなの、どうぞ毒灰を入れてください、と己の目を差し出してきているようなものだ。


「きさっ、貴様、何を!?」

「痛いだろ。猛毒だぞ、目潰しの灰だ」


 凄みを持たせるため、ワタシは喉の奥で笑いながらいった。


「この毒は失明をもたらす。だが――」

「魔女め!!!」


 一つだけ助かる方法があって――と続けようとしたワタシの言葉を遮り、男が踏み込んでくる気配があった。


 慌てて開けた目に飛び込んできたのは、男が剣をめちゃくちゃに振り回してワタシに突進してくる姿だった!


 そんな。まだ話は終わってない! 助かる方法があると知らせて意識をそちらに向けさせるつもりだったのに。


 自分に腕力がないのは分かっている。男を止める術がない。

 端的にいって、ヤバい!


 が――。


 ワタシの背後から、一陣の風が流れた。


「ジャンザは俺の妻だ。誰にも手出しはさせん……!!」


 一瞬のことで、視覚が追いつかなかった。

 認識できるのは目の前の結果だけ。


 下士官風の黒い礼服を着たアスタフェルが、男の腕をねじり上げているのだ。


 何をどうしたら、剣を滅茶苦茶に振り回す男を一瞬でこんなふうに取り押さえられるんだ?


 強い。やっぱりこいつ強いんだ。さすが魔王。毒灰の影響も受けてなさそうだし。


 それに、妻、か。

 なんかこう、ドキっとしてしまう。アスタフェルは本気でワタシのこと大事に思っていて、守ってくれるんだ。


 でも……。

 ワタシは、こんなアスタフェルを騙そうとしている。

 浮気前提の結婚に、彼を引きずり込もうとしている。


 本当に、これでよかったのか……?


 一人悩むワタシの前で、取り上げた剣を、アスタフェルはなんの躊躇いもなく男の首筋に当てた。


「死ね」

「待て待て待て待て。勝手に殺すな、気持ちはありがたいけど生殺(せいさつ)与奪(よだつ)はワタシに任せろ」


 いかん。今はこっちに集中しないと、アスタフェルが暴走してしまう。


 ワタシは咳払いして仕切り直すことにした。


「……ごほん。ええとだな、失明するのはするんだが、助かる方法が一つだけある、と言いたかったんだ。怒りにまかせてワタシを殺せば、その方法は永遠に分からなくなるぞ」

「ぐっ……そ、それは、なん――なんでしょうか?」


 アスタフェルが押さえた男とは別の男が顔を覆ったまま聞いてくる。相当痛そうだ。


 うん、これでいい。

 こういうふうに話を続けたかったんだ。


「教えるには条件がある。まさかタダで助かるなんては思ってないよな?」

「魔女め……」

「まずは武器を捨てろ。アス、アフェル、武器を取り上げて」


 実のところ、この毒灰はそれなりの量が目に入らなければ失明なんかしない。魔力による毒性の強化はしていないから。


 でないと危なくて素手で扱うことなんてできないしね。


 とにかく眼に入ればとんでもない激痛で眼がしばらく機能しなくなる、というのが主な効果である。

 人間というのは目が痛いとそちらに気を取られて何もできなくなるものなので、この灰は相手を無力化することを目的とした奥の手ということだ。


 だが、男たちの不安は煽れるだけ煽っておく。

 これくらいのはったりが今は必要だ。


「魔女め、ね」


 アスタフェルが男から剣を取り上げ床に座らせるのを見ながら、ワタシはぼやいた。


「聖妃にたとえられるよりはマシだな」

「うおっと」


 カン、と剣がカーペットを敷いた床に落ちる音がした。

 二振りの剣を片方の手で持っていたアスタフェルが一振り落としたのだ。


「あ、すまん。なんか急に握力が」

「危ないな。横着しないで片方ずつ持てよ」

「そうする」


 彼が剣を拾うのを確認してから、ワタシは男たちに語りかけた。


「さて。では聞こうか……。何故ユスティアを騙した」


 はっ、と息をのむ声が聞こえた。


「なっ、それはどういうことですか、ジャンザ様!?」


 ベッドの近くで目を押さえていたユスティアが声をあげた。

 彼女はそこまで痛そうにはしていない。ユスティアのところまでは灰はそんなに行っていないようだ。


「ユスティア、あなたはそこの白い芋虫が金に汚いとか言っていたが、その芋虫は金に興味ないよ」


 とベッドに転がる白い芋虫こと、目隠し猿ぐつわロープで顔と手足を拘束された拘束のエンリオを一瞥する。


「そいつ、シフォルゼノと風の聖妃(スフェーネ)のことしか考えてないよ。自由になる金があったら全部教団に寄付すると思う。手っ取り早くいうと、そういう種類の狂人さ」

「うううぃううううううううん」

「あっ、あの、お褒めいただき感謝するって」

「ふん、余裕じゃないか。だが黙ってろエンリオ」

「うう……」

「でも何故そんな、エンリオ様の個人的なことをジャンザ様が知っているのですか?」

「そいつが邪魔で、蹴落とそうと思って探ったことがあるから」

「そ、そうですか……」


 あれ、ちょっと引かれた。まあいいや、話を進めよう。


「だから分かる。そいつは金には興味ないよ。なのにあなたは金に汚いなんて言っていた。あなたの認識と事実が違うのは、こいつらに騙されたからだ」


 と、改めて男二人に目をやる。

 男たちは私の前で、膝を抱えて座らされていた。アスタフェルは二振りの剣を二刀流よろしく両手にぶら下げて彼らとワタシの間に立っている。


「さあ、教えてもらおうか。ユスティアを騙して仲間に引き入れた理由を」




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