67話 現場
アスタフェルに抱えられ、ふわりとバルコニーに降り立つ。
砕けたガラスが月夜にキラキラとするそこを乗り越え、重い朱色のカーテンをバサリと開けた。
そこには――。
「ちっ、仲間を呼んだのか!」
「誰だ貴様は!」
「うううううううん?」
「ジャンザ様……?」
薄暗い豪華な部屋の中目立つのは、広いベットの上に寝転がされたエンリオの胸にある、淡い緑の光を放つアミュレットだった。
そんな神秘的な光に浮かび上がるエンリオは、猿ぐつわと目隠しをされ後ろ手をロープでくくられ足もぐるぐる巻きにされベッドに転がされるという、かなりの窮地な姿である。
そのそばで呆然と立ち尽くすユスティア、そして身なりのいい男が二人。すべての人物がそれぞれに剣を佩いていた。
てか何やってんだエンリオ……。味方潜ませてないのかよ……。
で。
「さすがはシフォルゼノの聖騎士よ。魔女でもないのに不思議な力を使うものだ……!」
「ううーうんううんううううん。ううううううんううううううううんうう」
男がうなれば、猿ぐつわを咬まされてうまく喋れない癖にエンリオが律儀に何か返している。
その一方、ユスティアは別の男と話していた。
「ジャンザ? ではこいつがあの薬を作った魔女か。ユスティア、魔女にこの件を喋ったのか?」
「ちっ、ちっ、違います! 喋ってません!」
「しかし……」
それからユスティアと話していた男がワタシに顔を向ける。
「先ほどのエンリオの魔法は助けの合図だろう、それでこうしてこいつが来たということは……この魔女は我々の敵だ!」
「違います! ジャンザ様は関係ありません!」
「その通り。ワタシは別にそいつの仲間ではありませんよ」
「うううううううんうう、ううううん。うううううぃううううう、ううううん。うううぃううーうんううう」
「なっ……なに言ってるんですかエンリオ様! ジャンザ様は関係ないでしょう!?」
「ユスティア、分かるのか。こいつはなんと言ったのだ?」
「はっ、はい。えっと。――恥ずかしがることはない、我が友よ。手はず通りの助太刀に感謝する、君に聖妃の加護を。って言いました!」
ベッドの上に転がったままこくこくと頷くエンリオ。
言ってること分かるんだ、ユスティア……。すごいな。
なんて関心している場合じゃない。
エンリオはワタシを無理矢理仲間に引き入れようとしていやがる。
「なっ……ジャンザ、本当か!?」
「オマエは黙ってろ」
「わ、分かっている。冗談だ冗談。ちょっとびっくりしただけだ」
と硬い笑顔で取り繕う隣のアスタフェルは、すでに白翼を納めてただの下級士官みたいな出で立ちに戻っている。
ワタシは男たちに注意した。
「いっときますけど、そいつはワタシにとっても敵ですから」
「うううっううんうう、ううううう。うううううううぃううううううううううううぇ」
「なんと?」
「なにいってるんだい我が友よ。さあ早くこいつらを退治してくれたまえ、って――」
「やはりな!」
「違います! ジャンザ様はそんな方じゃありません! エンリオ様と違ってお金に執着なんかしないし!」
「ううううっう、ううんううううううううう」
「あなたの言葉は信じません!」
「なんと?」
「自分も金に執着はしない、と……」
「そうだユスティア、そいつは金に執着する汚い奴だ。我らが王子を誑かし、その勢力を宮廷に広げんとする下郎! 生かしておけば何れ無窮なる災禍でこの国を飲み込むであろう大奸賊ぞ。王族を守るが我らの役目、神のご加護は我ら王党派にあり!」
あーこれやばいな。ユスティア、こいつらに騙されてエンリオ暗殺の片棒担がされてるっぽい。
「なあ、ジャンザ」
隣りに突っ立っているアスタフェルがそっと耳打ちしてくる。
「俺も自信あるからな」
「なんの話だ?」
「もしお前が猿ぐつわされてうううんーしか言えなくても、俺も絶対意味分かる自信あるから。あ、想像したら刺激が強い。猿ぐつわを咬まされたジャンザ――、いい、いいぞジャンザ、オマエ黙ってろ殺すぞ! ってその目。その目で睨まれるとやはりゾクッとくる……」
もうこいつは無視だ。
ワタシは男たちに向かって言った。
「すみません、一言いいですか。エンリオはワタシの敵ではありますが、そこまでの奸物というわけではないと――」
「魔女は我らが引き受ける! 早くそいつを殺せ!」
「やめてください! ジャンザ様は関係ない――」
「何を言うユスティア! 今更怖じ気づいたか!」
「違います、あのっ、だからジャンザ様は本当に関係ないって……」
「うう、うううううううんううううううう」
泣きそうなユスティアに、おそらくワタシを仲間だというような煽った台詞を吐いているであろうベッドに転がってるエンリオ。
ったく、どいつもこいつも……!
「いいから静まれ!!!!」
さすがにいらついて一喝すると、彼らは水を打ったように静かになってワタシを注視した。
その静寂の中、ワタシははっきりとした声で喋る。
「人を暗殺しようと策を巡らせるのならば、いついかなる時でも人の話に耳を傾ける余裕を持て。ワタシの話を聞け! それからエンリオ、聖騎士なら聖騎士らしく死んでも堂々としてろ! ワタシを巻き込むんじゃない!!」
「んうううううぃうううう、んううううううんううううう」
「分からない。黙ってろ!」
「酷いことをいうものだ、私と君の仲じゃないか。って」
「ありがとうユスティア、でも通訳しなくていい」
まあ、エンリオの策も理解はできる。絶体絶命だからなにをしてでも助かりたいのだ。
「別にエンリオなんかどうでもいいけど、少し気になることはある。それに答えてもらいたいんだけど、いいかな」
「は、はい」
「ユスティア、そいつはこの邪教の輩の仲間だ、聞く耳を持つな!」
男は腰につるした剣をすらりと抜くと、ワタシに向かって構えた。
「魔女は我らが食い止める。お前はエンリオを殺せ!」
「……っ、はい!」
結局こうなるのか。
エンリオなんかどうでもいいのは事実だけど。だからといって、ユスティアに殺させるわけにはいかない。
彼女が信じていることと、男たちの思惑は同じなのか。それを確かめる前にエンリオが死ぬのはよくない。取り返しがつかなくなる。
男とユスティアたちの立ち位置は――奥のベッドの上にエンリオが寝転がされ、そのベッドの脇にユスティアが立っている。彼女とワタシの間には二人の男がいて、男たちは何れも剣を持ち、ワタシに狙いを定めている。
範囲が広いから少し大がかりなことをしないといけないが、まあ室内だしなんとかなる――かな。
ワタシは『灰』を握りしめた拳を前に突き出した。……手汗で湿って使い物にならない、なんてことになりませんように。
「ワタシが魔女と知りつつも白刃を向けた、その度胸は褒めてやろう。だが愚かだ。あなた方はその慢心によって、今から身を滅ぼす!」
「なに……!」
「魔女を見くびった罪は重い。我が断罪を受け入れる高潔さを持つと自認するならば、しかと眼を見開いて、この魔女ジャンザが一挙手一投足、余すことなくすべて魂に焼き付けよ! アフェル、ワタシの後ろに下がれ」
「しかし!」
「いいから」
「くっ、行くぞ!」
さすがに注意を引きすぎたかな。男たちが、ワタシが何かする前に切りつけようと、動く。
だけどね。
気づかなかったのかな。
そうするように仕向けられたのを……。
こっちに向かって目を見開いて襲いかかってくるなんて、思うつぼだよ。
お読みいただきありがとうございます。
面白かったら、ブックマークや感想、評価、レビューをいただけますと物凄く励みになります。
是非お願いします。