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64話 求婚の返事は

「聖妃……様?」


 赤い格好の男が首をかしげてそう呟くのと、ワタシの背後から叫び声と共に足音が聞こえてきたのはほぼ同時だった。


「ジャンザあああ!」


 聞き間違えるはずがない。アスタフェルの声だ。


「あああああああああっ!」


 叫びながら魔王はまさに疾風となりワタシの横を通り過ぎ、そのままの勢いで赤い男を殴りつけた。

 男はどうと床に倒れる。


「貴様ら! 俺の妻に手を出してみろ、命がないもの思え!!!」


 ワタシと男たちの間に立ちはだかり、アスタフェルは大声で怒鳴った。


 守ってもらっておいてなんだが、派手なことをするものだ……。あとワタシはアスタフェルの妻ではない。

 が、今はそれを訂正する流れではない。それくらいの空気は読める。


 なんて頭の片隅で思いながら目の前に立つアスタフェルをひょいと避け、伸びた男のそばに片膝をついた。

 目の前に倒れた人があれば何はともあれ容態を見るのが魔女の習い性だ。

 しかしこの翡翠色のドレス、スカートがふんわりとしているからこういう体勢はしにくいし、患者とどうしても距離ができてしまう。やはりワタシには合わないな、こういう服は。


 仰向けになったままの男と目が合う。

 とりあえず、声をかける。


「大丈夫ですか?」

「あ、はい」


 馬鹿みたいにテンションが普通だった。

 殴られた直後とも思えない。

 いやむしろ殴られた衝撃で精神に影響が出たか?


「診察しましょうか?」

「大丈夫です」


 半身を起こした男は、殴られたところを手で撫でた。

 見た感じ歯が折れているなどもなさそうだ。あの勢いで殴り飛ばされたのにこれで済んでいるとは、なかなかの悪運持ちである。


「あとで症状が出てくることもあり得ます。無理をせず、とりあえず静かな場所で安静にした方がいいですよ。それこそ控え室とか。こういうことには慣れていますし、控え室に同行してちゃんとした手当てをしましょうか?」

「いや、いいです」


 ワタシの言動が貴族令嬢にしては随分とおかしいことにやっと納得がいったか、それともアスタフェルの恫喝がきいたか。

 男はしおらしく頭を下げた。


「ご迷惑をおかけしました、魔女さん。どうか、このことは内密にお願いしたいのですが……」

「構いませんよ、それで」

「ありがとうございます」

「殴られた箇所は冷やしてくださいね。くれぐれも安静に」

「はい」


 なんて話してる間に、残り二人が赤いのに肩を貸して立ち上がらせる。

 男たちは目礼し、その場を立ち去った。


 ワタシは立ち上がると、ふう、と息をついた。


「いつもの黒ローブの有り難みが分かったよ。あれはとても動きやすい。社会的な立ち位置としてもね」


 それから振り返って、彼を見る。


 どこかの軍の制服みたいな、飾り気のない黒い立襟姿だった。ワタシが貸してもらったドレスに比べてやけに質素な作りの男性用の礼服だ。それでもその質素さが、背が高くもともとが華やかなアスタフェルにはよく似合っていた。白銀の髪は高く一つに結われ、背中に流されている。


 その目や表情を確認する前に――。

 ワタシは二の腕を引かれ、彼の胸に引き寄せられていた。


「アス――」

「心配した……」


 ぎゅうっと抱きしめられ、胸が苦しくなる。

 彼の体温が暖かくワタシを包み込んでいた。……魔王の体温に安心する女なんて、なかなかいないんじゃないかな。


 ワタシは目をつむり、ちょうど目の前にあった彼の肩に、上を向くような感じにして顎を乗せた。ハイヒールを履いているからいつもよりアスタフェルの顔が近い。


「ありがとう。オマエのおかげで助かったよ」

「怪我は? なにかされてないか? 大丈夫?」


 彼の身体は、小刻みに震えていた。


「大丈夫だよ」

「よかった……。俺……間に合わなかったらどうしようかと……」



 声まで震えている。すん、と鼻をすする音がした。


 泣いてる……?


「アスタ――」

「ジャンザ……。ごめんな、俺……お前に怖い思いさせて……」

「……大丈夫だよ。オマエのお陰で助かったよ」


 そっと、片手に握りしめていた()()()をスカートの隠し(ポケット)に戻すと、抱きしめられた格好のままアスタフェルの背の後ろに手を回し、彼の背後で、パンパン、と手をたたいて静かに灰状の()()を払い落とす。


 涙ぐむアスタフェルにつられて、ワタシまで胸がいっぱいになっていた。


 アスタフェルの体温で、ワタシ自身気付けていなかった緊張が溶けていくのを感じる。


 チンピラたちへの対処にばかり気が回っていていたけど。

 腕力ではかなわない、しかも多勢に無勢の男四人を敵にし、アスタの力は使わないと意地を張って、()()()があったとはいえよくあそこまで立ち回ったものだ。

 改めて思い出してみると、自分の大胆さに拍手したくなる。


 一歩間違えば、最悪なことになっていた……。


 今更怖さが混み上がってきて、ワタシの身体まで小刻みに震えてきていた。

 誤魔化すために、ぎゅっと彼の背にしがみつく。


 もう大丈夫だ。

 ワタシを守ってくれる人が、ここにいる。


 ぎゅうっと、アスタフェルからの縛めが強くなった。


「……もう、お前を離さない」

「ああ、大丈夫だよ、ワタシは……大丈夫……」

「いいぞ。承諾した。俺、お前と結婚する」

「うん、大……は?」

「この前の、求婚の返事。まだしてなかっただろ」


 彼は顔を離すと、ワタシの目をのぞき込んできた。

 その顔を見て、ワタシはありえないくらい心臓がドキッとしてしまった。


 真っ赤な顔に、涙に揺れる澄んだ空色の瞳がとても色っぽかったから。しかも微かに微笑んだその表情が、とてつもなく格好良かったから。


「お前の夫になる。よろしく、ジャンザ」

「あ、うん……え。いや……」



 ワタシとしては珍しく言いよどんでいた。


 アスタと結婚……。それは、王子様との愛人契約を意味する。否、それしかないと思っていたけど。

 そういえばワタシ、こいつのことが好きで、それで悩んでもよかったんだなあ。なんて、急にしっくりきてしまったから。


 彼の麗しい顔を見ているのが急に恥ずかしくなって、ワタシは彼の肩に視線を落とした。黒い立て襟服には、房飾りもなにもない。

 その黒一色を見つめる。


 なんだ、これ。

 顔が、熱い。ドキドキして、まともにアスタフェルの顔が見れない……。



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