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63話 魔王は魔女にベタ甘い:アスタフェル視点三人称3/3

アスタフェル視点三人称になります


 人気のない薄暗い廊下を神と魔王が連れ立って歩く。


 自分たちの周囲に人払いの魔法の気配があるのにアスタフェルは気付いていた。シフォルゼノが使っているのだ。

 神としての話を人に聞かれたくはないようだ。


 もっとも誰かに聞かれたところで、とんだ与太話をしている若者たちがいる、と失笑されるだけだろうが。


 そんなお手製の静寂のなか、世間話でもするように、シフォルゼノは軽く話を振ってきた。


「君は本当に彼女のことが好きなんだね。図書館で会ったときはまだそうでもなさそうだったのに」


 ジャンザの危機で頭がいっぱいのアスタフェルは、心ここにあらずで答える。


「いろいろあったのだ。要所要所で口説かれたりやたらと堂々としてて格好良かったり突然の告白をされたり景色のいい所で求婚されたりキスされそうになって寸止めされたり腰を捕まれたり尻の形がいいと褒められたり敏感なところに何度も突きをくらったりっ」

「それ全部君がされたんだよね? 彼女のほうから?」

「そうだ羨ましいだろ嫉妬しろ」

「いやべつに」

「まだなのか? 早く行け! ()く! 助けさせたいのならば! お前は死ね!」

「違う願望混じってない?」


 別に、最初からこうではなかった。


 最初は風の聖妃(スフェーネ)であるジャンザを殺そうとした。

 だがジャンザを易々とは殺せないと分かったとき、彼女を得ようとした。シフォルゼノより先にジャンザを襲い、強引に寝取るのだ。


 しかしなんだかんだと反撃に遭い、力尽くで得ることは難しいと知った。


 その過程で知ったのだが、彼女は自分が風の聖妃(スフェーネ)だとは知らないようだった。それどころかシフォルゼノの信徒を敵視していた。

 が、だからといって決して魔王の思い通りになるような女ではなかった。


 だったら風の聖妃(スフェーネ)として覚醒させなければよいのだと開き直って、できるだけシフォルゼノから遠ざけた。

 あちらから結婚してくださいと言わせればいいのだと気づき、惚れさせようと努めてみたりもした。


 ジャンザが王子と結婚したい理由を聞き、それならばと許したのは、王子と結婚すればシフォルゼノと聖婚することもないと踏んだからだ。

 自分と結婚することはないにしても、それなら魔王の野望は叶う。

 シフォルゼノに渡さないという、その一点だけは。


 その一点だけ。たったそれだけが、風の魔王アスタフェルの野望だったはずだ。

 それだけの……。


 なのにいつの間にか、アスタフェルは本気で好きになっていた。


 甘い言葉をさらっと言ってのけるのも好きだし、芯が通っていて優しくて頼りになって気が強いところも好きだし、基本的にかなりどっしりとしてはいるが時折大慌てになってあたふたしたりするのも可愛くて好きだった。


 アスタフェルは初めて、創世よりこの瞬間まで存在し続けたことへの確固たる答えを得た。ジャンザに会うためだ。

 ジャンザあああああああ! 好きだああああああああ! と思わず叫びたくなるが言えなくて誰もいないところで小さく囁いてみたりするほど、心が弾んだ。


 そんな大好きなジャンザの願いを叶えるため、アスタフェルは自分の気持ちを封じようとした。

 そしてジャンザはついに王子から告白されたという。そのわりには、なんだかよく分からないが悩んでいる。


 しかし告白付きの求婚をされた。

 最近、なんだか接触が激しくなってきた。

 オマエを利用するから逃げろ、とかも言われた。


 正直、何がどうなっているのかよくわからない。もしかしたら身体目当てなのかもしれない、と不安になったりもした。

 アークと結婚する前に、アスタフェルとの思い出を作っておきたい、とか。そういうことなのではないか。利用って、そういうこと……?


 ということは、やっぱり俺のこと好きなのかも。つまりいつもの甘い言葉は本気で……。と気づいてドキッとしたりもした。

 幸せが爆発する反面、切なくて仕方がなくなる。

 王子と結婚するために、俺はジャンザの思い出になるのか、と。


 だが、求婚してくれたのは事実だ。

 野望のためにアーク王子と結婚したいはずのジャンザが、自分に求婚してくれた。

 真意は分からないが、ジャンザは本気だった。でないとあとであんなふうに迫ってきたりしないだろう。


 何がなんだか分からない。

 女心が難しすぎて、頭がこんがらがってくる。


 もう、ジャンザをかっさらって魔界に帰ってしまいたい。それで一緒に暮らしたい。


 王子なんて諦めたよ! 気付いたんだ、ワタシはアスタフェルとの愛に生きるよ! 試しにこれ着てみたんだけどどうかな……似合う? うん、メイドさんのエプロン。ふわふわのホイップクリームみたいでしょ。アスタのお口に合うかな……? とか毎日恥じらって上目遣いで言ってもらいたい。駄目だ妄想だけでよだれが出る。


 ジャンザが自分のエプロンドレス姿に熱い視線を送ってきているに、アスタフェルは早々に気付いていた。

 最初はジャンザの望みどおりには着ないようにして希少性を持たせ、何らかの交渉材料にしようかと思っていたのだが、それも今ではアスタフェルの方から破りつつあった。


 エプロンドレスを着れば着るだけジャンザの熱い視線がまとわりついてくるのだから当然だ。

 そもそもアスタフェルは人を楽しませるのが好きな性分である。しかも好きな人にそんな目で見られたらもうアスタフェル自身たまらない。


 そうだ、思い切ってエプロンドレスをもう一着買うのもいいな。ジャンザと二人で、一緒にエプロンドレスを着て、それで……。

 考えただけで胸が高鳴る。


 そうなればキスも解禁だ。

 鋭いジャンザのことだ、おそらくキスだけでいろいろなことを察してしまうだろうと通常ではしないでおいているのだが……。それもそろそろ理性の限界に来ている。

 身も心も捧げ合うようになれば、もうあんなこと秘密にしなくてもいい。


 問題はエプロンドレスを買う金だ。この前はジャンザが買ってきたからなんとかなったが……。今度はやはり自分の城から備品をくすねてきて売っぱらってしまおうか。でも見つかったら宰相に風の魔王としての自覚がどうとかこうとかでこっぴどく叱責されのは目に見えている。しかもそれは反論の余地なき大正論。

 ああでもエプロンドレスもう一着ほしい! どうしよう!


 そんなことに悩んでいたのに、いきなりのこれだ。

 本当に、聖属性はろくなことをしない。


「そうだ、いいこと考えたぞ。魔法でこの城吹っ飛ばそう! 中にいる人間どもも道連れにしてやる。間違えて国が吹っ飛ぼうが構わん、我が妻に手を出そうとしたのだから人間どもには連帯責任をとってもらおう」

「さっき私がいったこと覚えてるかい? 私は君を監視してるんだよ。させるかいなそんなこと」

「あっ、そんなことをしたらジャンザもただではすまないか」

「私の話聞いてる?」

「うるさいふっ飛ばされるのが嫌なら走れ! 急げ! なに呑気に歩いておるのだ!」

「君も少しは彼女を信じたらどうだい? 彼女は風の聖妃の運命のもとに生まれた――自ら自由に吹く風なんだよ。……っと」


 シフォルゼノが立ち止まる。


「さて、お待ちどう。あれをくぐって右ね」


 薄暗い、細い廊下だった。前には緞帳のような分厚い幕がはってあり、その先に廊下があるようだ。


「礼は言わん。お前はさっさと去れ」

「待て、アスタ」


 すぐに駆け出そうとするアスタフェルを、シフォルゼノは止める。


「いいかい、魔王としての力は絶対に使うんじゃないぞ。君の力は世界の秩序を崩す。使えば、私は君を許さない。例えどんな理由があったとしてもだ。それから」


 ふうっ、と聖なる神の息がこぼれた。


「……彼女のこと頼んだ」

「言われるまでもないわ、愚か者め!」


 言い捨て、魔王は幕から飛び出した。




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