62話 風の花嫁:アスタフェル視点三人称2/3
アスタフェル視点三人称になります
「ここで戦うというのなら受けて立とうぞ。今度は逃げるなよ」
「やめようよそういうの。何かにつけて戦う戦うっていうけどさ、意味ないってそれ」
「臆病風にさらされたか。風の神が聞いて呆れる!」
「私にそういう挑発は効かないよ。君もいい加減学習しなさい。戦って決める勝ち負けに意味はない」
「負けるのが怖いか。自分の弱さを認めるのは辛いよな、シフォル?」
シフォルゼノは静かに首を振った。
「勝敗は決しない。今、君と戦うつもりはないんだ。それだけ」
「ジャンザを取り返しにきたのではないのか?」
「彼女は関係ないよ。図書館の時のはただの警告。君ら魔王が魔王の力を保ったままこの世界に来るって、この世界の秩序を護るものとしては凄まじい脅威なんだよね。君はあんまりそのへん考えてないけどさ。まったくもう、私たちが苦労して作った世界の理をこんないい加減な扱い方してさ……」
一応、アスタフェルもその警告は受け取っていた。だからこそ無闇と魔力を使わなくなったし、ジャンザが魔王の魔力でエンリオを殺そうとしているのを止めた。でないと、いくら風の聖妃ジャンザといえども、シフォルゼノにどんな罰を与えられるか分かったものではない。
聖なる神々が平定し護るこの世界の秩序を根底から覆すのは、それだけ罪が重いのだ。
しかし魔王はしらばっくれた。
「そんなの全て聖属性の都合だ、魔王たる俺は俺で勝手にやらせてもらう。だいたいな、お前が何を画策しているかはしらんが、ジャンザはもはや俺に惚れているからな。首ったけと言っていい……」
アスタフェルは言葉を区切り、息を吸った。顔が火の付いたように熱くなる。恥ずかしいから一気にまくしたてることにした。
「お前の出る幕はすでに無し! ジャンザは俺のこと、かっ可愛いって口説くんだ、ほぼ毎日! 求婚だってされたんだぞ!」
「君たちなにやってんの?」
若干引いた感じのシフォルゼノに、アスタフェルは胸を張って答えた。
「イチャイチャだ。毎日イチイチャでベタベタしているぞ! 嫉妬しろ! シフォルゼノ!」
「うるさいな。そんな大声出さなくても聞こえてるって。あとキーロンだって言っただろ」
露骨に顔をしかめ、シフォルゼノは軽くため息をつく。
「彼女が君を選んだというのなら私はそれでいいよ。お幸せに」
「なっ……! 俺とジャンザの結婚を認めてくれるというのか!?」
「べつに私の承認は必要ないと思うけど……」
「しかし、ジャンザはお前の妃として生まれてきたのだぞ!」
「そういう運命があるってだけだろ。彼女には自分で決める自由がある。だからこそ彼女の意志は尊い。そして、それが私たち風の神族にはたまらない魅力となる」
「うむ。その通り。まあ、なんだ」
単純な風の魔王は結婚を認めてもらってじんわり嬉しくなってしまう。シフォルゼノから視線を外し、ニヤけた口元でもごもご呟いた。
「俺とジャンザの仲を認めてくれるとは、お前もなかなか見所がある奴よの。さすが俺と同じ風の幻素から成り立つもの。褒めてつかわす」
「君に褒められても嬉かないね。ま、いいや」
くるりと背を向け、白き聖なる神は歩き出した。
「ついてきて。彼女の所に案内してあげるよ。それを言いに来たんだ。彼女なら自分でなんとかするだろうけど、君もいいとこ見せたいだろ?」
シフォルゼノの言い方に引っかかりを覚え、一瞬考えて――アスタフェルははっと息を呑んで慌てて白い騎士服の背を追う。
「待てシフォル! ジャンザになにかあったのか?」
もしかして、だからあんな辛そうな顔をしていたのだろうか。
「だからキーロンだってば。ちょっとした性悪に絡まれてるだけだよ」
「性悪って……」
「女好きのボンボン数人。強姦しようとしてる」
「そん――お前何そんな呑気に! それは本当なのか!?」
「残念ながらね。君の影響が薄れたから久しぶりによく見えるよ」
「なんですぐ助けてやらないんだ! ジャンザに何かあったらお前を殺してやる!」
駆けだして追い抜き、はたと止まる。自分は迷っていた身だ。ジャンザがいる場所など分かるはずがないどころか舞踏会会場にすら戻れない。
「……撤回だ。殺さないから、ジャンザがいる場所を教えてくれ。知ってるならな」
譲歩した。
シフォルゼノはくすっと爽やかな笑いを漏らす。
「ややこしい所にいるから近くまで案内するよ」
「頼む。急いでくれ! 言っとくがこれはお前がさっさと助けとくべき案件だからな! わざわざ俺に教えるまでもないだろうが!」
「私はこの世界の秩序を護るものだからね。個人には肩入れできないのさ。それが例え可愛い花嫁候補であったとしてもだ」
「何を言ってるんだ。これは肩入れしないと駄目なやつだろうが! 何の罪もないいたいけな少女が性悪男にどうかされるのを放っておいていいなんて、この世界の正義はどうなっている!!」
可愛い可愛いジャンザが誰かの歯牙にかかるなど……考えたくもない。それをなぜシフォルゼノは平気な顔をしていられるのだ。
「それだよ。君なら必ず助けるだろ? 君に教えるのはそういうことだ。とはいえ何度でも言うが、彼女なら自分でなんとかするだろうけどね」
「そんなだから妃を俺にとられるんだお前は」
「だからさ、私の妃になるかどうかを決めるのは彼女自身だと言ってるだろうが。君たちはもう婚約してるんだろ? それならそれでいい。彼女が君をとるのならそれでいいんだよ。彼女が決めたことなんだから」
超然としすぎているシフォルゼノに、アスタフェルは殴りかかりたくなる。
自分の妃として生まれた女にここまで執着心がなくていいのか?
この世界の秩序とかなんとか、そんなものどうでもいいだろうに。そんなものかなぐり捨てて、ジャンザを助けろ!
だが殴ったら案内してもらえなくなりそうだから、我慢する。
どうか、ジャンザ、無事でいてくれ。
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