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61話 迷った魔王:アスタフェル視点三人称1/3

アスタフェル視点三人称になります

 時間は、少しだけ遡る。




(迷った……だと……)


 アスタフェルは入り組んだ廊下を当てもなく歩きながら途方に暮れていた。

 どこかの下士官かと思われるような黒い立襟の質素な服を着ているが、これは小間使いの少女たちと擦った揉んだの末に着たものである。


 せっかくの舞踏会だ。本当はもっと派手で洒落た服を着たかったのに、用意されていたのはこの飾り気のない軍服風の服だけだったのだ。


 もっといい服はないのかと問うたのに、他のお客様とのことがありますので、と小間使いの少女たちは頑としてこの服を譲らなかった。

 仕方なくこれを着ると、今度は長い白銀の髪を丁寧にブラッシングされぎりぎりとポニーテールに結われた。


 出来上がりを鏡に映してみれば、そこには世にも美しい魔王がいた。


 黒一辺倒の地味な下士官風の服なのだが、高く結われた輝く銀の髪、澄んだ空色の瞳、人の目を引きつけて放さない整った顔立ち、そしてすらりと長い手足。すべてが高貴さと傲慢さを兼ね備えた人の上に立つ者の風格を漂わせているのだ。

 少女たちは礼装させた男が魔王だとも知らず、自分たちの手腕に満足した様子だった。


 早々に準備が終わったアスタフェルは、舞踏会会場の大広間に放り出された。


 そして待っていたのはジャンザではなく、お年頃の淑女たちの大群であった。

 目を輝かせた淑女たちがアスタフェルに突進してきて取り囲み、矢継ぎ早に質問をぶつけてくる。名前やら家族やら、決まった人はいるのかやら。


 名はアフェル、家族はいない、決まった人はいる。

 そんなふうに答えながら、それでもアスタフェルは楽しかった。


 根っからのお祭り好きで楽しいことが好きな明るい性分である。魔界にいたころは、よく舞踏会を開いて遊んでいた。それを思い出したのだ。やはり、こんなふうに沢山の人と話すのは楽しい。

 最近ずっとジャンザと二人っきりだったから。それはそれで幸せなのだが、やはり大勢の人と楽しく話すのも好きなのだ。


 取り囲んでいる女性たちもアスタフェルが有力貴族の血筋ではないと知ると、ただ話を楽しむだけになっていった。


 そんなふうにお喋りを楽しんでいると、視線を感じた。

 ジャンザが人混みの遠くから、自分を見ていた。


 アスタフェルは驚いた。

 それほどまでに、彼女は美しかった。


 翡翠色のドレスは、胸のあたりはきゅっとしていて、スカートはふわふわしていた。なのに全体的な感じではすっきりしたデザインで、それが背が高いジャンザによく似合っていた。

 華麗だった。あくまでも品良く、ジャンザの持つ、輝くような生命力を際立たせている。それに隠れた品の良さや儚さをもうまく引き出していた。


 まあジャンザは何を着ても可愛いのだが。


 思わず名を呟くが、ぱっと、ジャンザは顔を俯かせて背を向けてしまった。そのまま走り去る。


 えっ、と思った。ジャンザの顔が、まるで泣き出す寸前だったから。


 ジャンザを追って女性たちの輪を突っ切って舞踏会会場の大広間を出たまではよかった。

 しかし、今では完全にジャンザを見失ってしまった。


 なんでいきなり逃げ出したのか?


 彼女の顔を思い出すと、胸がきゅっと締め付けられる。

 顔を悔しそうに歪めて、あと少しで涙をこぼしそうな顔をしていた。あんな顔、ずっと一緒に生活していたのに初めて見た。


 なんだかよく分からないが嫌われたのかもしれない。

 だから早く追いついて、理由を聞いて、言い訳して、あの柔らかな薄緑のドレスごと抱きしめて、安心したかった。


 なのに。

 まさか見失い、しかも迷うとは。

 いつの間にか人気すらなくなっている。完全に迷い込んでしまった。


 せめて会場に戻ることができれば……。


「お客人、どうされました」


 柔らく爽やかな男性の声がアスタフェルを呼び止める。


「おお、いいところに。ちょっと迷ってな。舞踏会の会場ま……で……」


 案内してくれないか、と。

 言いながら振り向いたアスタフェルは、しかしその男の姿を認めて最後まで言葉を紡ぐことができなかった。

 ある意味今最も会いたくない相手だった。


 うめくような声で、魔王は旧知のその名を呼んだ。


「シフォル……!」

「おっと。ここではキーロンだよ」


 シフォルゼノ教聖騎士団の白い騎士服を着た背の高い金髪の男は、唇の前に一本指を立て空色の瞳でにこりと微笑む。

 風の神シフォルゼノ。風の魔王アスタフェルの対となる存在、その本人。それが彼だった。


「なんの用だ。ジャンザは渡さんからな!」

「ご挨拶だね、図書館では見逃してやったのに」

「あんなもので恩を売ったつもりか。えらくシンプルな姿になりおって、今のお前など強そうでもなんでもないわ!」


 この城の図書館で司書騎士の少女と密会しようとしたときのことだ。

 聖騎士エンリオが邪魔して、そこに使いのものとしてエンリオの部下が来たのだが――それがなぜか、シフォルゼノ自身だった。シフォルゼノの信徒も、司書騎士も、ジャンザも――誰も気づかなかった。が、姿形が変わっても、アスタフェルにはバレバレだった。


 何より驚いたのは、その姿だった。

 この前の戦争(天地開闢(てんちかいびゃく)したとき)で見たシフォルゼノは、羽が何千枚と生えた羽根車の上に頭がポンと乗っているというような、よく訳の分からない姿だったのに。

 それが目の前に現れたのは、歳の頃はアスタフェルの外見より少し年上の二十歳そこそこの青年だったのである。


 あのとき、アスタフェルは慌ててジャンザを遠ざけた。

 風の聖妃(スフェーネ)として生まれたジャンザだ。本物のシフォルゼノをその目で見てしまったら、風の聖妃としての運命が覚醒してしまうかもしれないから。


「強そうとか関係ないんじゃない? 中身同じだし。君はそんなに変わってないね」

「変える必要性を感じないからな」


 アスタフェルは生まれてからずっと人間に近い容姿に角と四枚の翼という出で立ちであった。角と翼を隠してしまえば人間と同じであり、今もってそこ以外いじっていない。――元神族としての美しさが良くも悪くも目立ちすぎることに、アスタフェル自身は気付いてすらいないのだが。







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