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59話 嫉妬と理性と

「司書騎士は図書館にいるんですね。ありがとうございます、皇太后様」


 ワタシは礼をいい、エベリン皇太后を取り巻く輪から離れようとした。

 嫌な予感がする。早くアスタフェルと合流してユスティアを見つけないと。

 とりあえず向かう場所は図書館だ。

 ユスティアの同僚の図書騎士がいるだろうし、話を聞けるだろう。


「ジャンザさん」


 そんなワタシにエベリン夫人の声がかかる。

 振り向くと、彼女はにっこりと微笑んでいた。


「私にできることはありますかしら。私はこの舞踏会の主催者ですから、できることは多いですよ」


 少しだけ、ワタシの頬にも笑みが浮かんだ。


「ワタシの力ではどうしようもなくなったら頼らせてもらいます。ですが今はワタシがやります。これはワタシの仕事ですから」

「そうですか。なにかあったら遠慮なく言ってくださいね。あなたに聖妃様の祝福がありますように、魔女さん」


 夫人は手に持っていたシャンパングラスを少し上げて、そうワタシに挨拶してくれた。



  * * * *



 さて……。

 ユスティアが気になるが、まずはアスタフェルを探すか。

 彼の力が必要になるかもしれないし、あいつもワタシのこと探してるだろうし。


 アスタフェルはワタシとは別れて、別々に舞踏会に出る服に着替えていた。

 ワタシがこうして会場に来ているということは、あいつももう着替えは終えて来ているはずなのだ。こういうのは女性のほうが時間がかかるというのが世の常というもの……。


 人混みにきょろきょろと探りの視線を送っていると、ワタシの前を十代とおぼしき淑女たちが通り過ぎていった。

 いずれも美しく着飾り、速い足取りだ。

 その彼女たちのはしゃいだ声がワタシの耳に届く。


「その殿方、誰も見たことがないほど美しいんですって! 背がすらっと高くて物腰も洗練されていて、人のものとも思われぬような美しい白く輝く銀髪に、青い瞳はまるで空のように澄みわたり……」

「それは見とかないとね! あと一年は話のネタに困らなくなるわ」

「アーク殿下への挨拶の列はまだぜんぜん捌けてないしね。暇つぶしによさそう」

「もしかしたら見初めれちゃうかも?」

「あるかもー!」


 きゃっきゃきゃっきゃと歩いて行く一団。


 ……彼女たちが話題にしてるのって、どう考えてもアスタフェルだよな。

 あいつの美しさはほとんど異常なくらいだし。元神族である風の魔王なのだから当然なのだが。

 それを知らない目敏い淑女たちが、普通の人間だと思って一目見ようと群がるというのは十分に考えられることだ。


 彼女たちについていけばアスタフェルに会える、か。探す手間が省けて楽ではある……。



 * * * *



 確かにアスタフェルはいた。

 美しいドレス姿の淑女たちに囲まれていてほとんど見えないが……。

 

 ワタシは背が高いほうなので、遠目に、淑女たちの頭の上に見え隠れする彼の顔が見えた。


 とたん、ワタシの胸の奥にイラッとするものがこみ上げた。


 なにをあんなにニコニコしているんだ。可愛いお嬢さん方に囲まれるのがそんなに楽しいか?

 今はそれどころではないというのに。


 ここには楽しみに来たのではない、ユスティアを見張りに来たんだ。それを忘れているのか。第一、あいつのパートナーはワタシだろうが。

 それにあいつは一応ワタシと結婚したいのだろう? なのに他の女性たちにデレついて……ずいぶんと余裕じゃないか。


 あいつ、いろいろと危機感が足りない!


 そのとき――アスタフェルと目が合う。奴はその美麗な顔を一瞬で驚きに変えた。口元が、ワタシの名を呟くのが聞こえたような気がした。

 ワタシはなんだかそれ以上見ているのが辛くなって、踵を返した。


 あんなの足手まといにいなるだけだ。置いていこう。


 ワタシの決断は早かった。

 そして、とっとと舞踏会会場である大広間を後にした。



 * * * *



 大広間から図書館への行き方なら知っている。

 王族のプライベートエリアはいざ知らず、公に開かれたこちら側は一時期通い詰めていたのだからだいたいの場所は頭に入っているのだ。


 なのにどうも調子がおかしいのは、着慣れぬ格好をしているせいだろうか……。


 早足で足を踏み出したとたん、ぐきっ、と横に足首が倒れる。

 同時に鈍い痛みがくるぶしあたりに生じた。


 くそっ、バランスが悪い。ハイヒールなんて履くものじゃないな。

 ドレスなんだからこれを履かなきゃ! とかで履かせられたが、いつもの平べったい靴の方が断然歩きやすい。それでもハイヒールは初めてだといったら初心者用にと低めのハイヒールをあてがってくれたが……。

 ワタシは通常状態でも背が高いのだから、こんなもので底上げなんかしなくたっていいのに。


 ワタシはため息をつくと、壁にもたれかかった。


 具合を確認するため、ひねった足首を回してみる。

 ……大丈夫、捻挫にはなっていない。ただ、少し痛い。試しに足を踏み出してみたが、じんわりとした痛みがある。


 この程度なら歩いているうちに引いてきそうだが、ちょっとだけ、休もう。なんだか自分は焦りすぎている。

 これでは成功するものも成功しない。少しだけ落ち着こう。少しだけ。


 危機感が足りないのはワタシだ。

 こんなことで心を取り乱している暇はないのに。


 アスタフェルが女性に囲まれていて嬉しそうで、ワタシのこと見て驚いたからって、なんだっていうんだ。

 そんなのこの状況には関係ないじゃないか。

 女性たちの輪を突っ切って、奴の手を引っ張って連れてきたらよかったんだ。

 なのになんでワタシは逃げるような真似を――。


「どうされましたか、お嬢さん?」


 そんな男性の声が、ワタシにかけられた。


 ……一瞬、アスタフェルが追ってきてくれたのかと思ってしまったが、違った。


 目立つ赤い燕尾服を着た青年がワタシに覆い被さるような距離で話しかけてきていた。首元の真っ青なボウタイが廊下の燭台の光に照らされて揺らめいていて、色の温度差に目がチカチカした。

 舞踏会に出席している貴族のお坊ちゃんだろう。


「なんでもありません、すみません」


 それでも周囲を見渡し確認してしまう。

 アスタフェルはいない。ほんのちょっとだけ、追いかけきてくれているのではないか、と期待していたが。しかし、やはり囲いの女性たちのほうをとりやがった。

 まあ、ワタシなんかその程度なのだろう。


 軽く会釈してその場を去ろうとしたワタシの腕を、男は掴んだ。


「おっと。怪我をしているようですし、静かな場所で休みましょう。僕が案内しますよ」


 と、彼は廊下の向こうにちらりと視線をやる。


 ワタシもそちらを見て……思わずうめき声が出そうになり、こらえる。


 気がつけば、ここは大広間からさほど離れていない廊下だった。

 男の視線の先――廊下の先には、密やかといっていいほど飾り気のない扉が夜気に開け放たれていた。その扉までは深紅の絨毯やらタペストリーやらで飾り立てられているので、質素な戸口はいっそ奇妙なほどである。しかしその扉の向こうには豪華な渡り回廊が続いている。


 図書館への最短ルートを通ってきたつもりだったが、あまりにも施設の内容を考えなさすぎたようだ。


 ここは控え室のある別棟への廊下だった。

 控え室というのは、舞踏会で意気投合した男女が朝まで誰にも邪魔されず静かに語り合うための場所である。

 なんの装飾的言語もなく簡潔に使用目的を説明すると、性交をするために用意された部屋だ。


 この派手な男は、ワタシをそこに連れて行こうというのだ。




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