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58話 ジャンザ、初ドレス

 大広間へ足を踏み入れると、ワタシの耳に繊細で軽やかなハープの音色が聞こえてきた。ソロバイオリンが追いかけるように同じ旋律を奏でる。


 なんとなくアスタフェルを思い浮かべながら聞いていると、曲は歌うような弦楽器団と弾む打楽器をむかえ、楽しげな円舞曲(ワルツ)となって流れ始めた。


 楽団が会場の片隅で演奏をしていた。

 それでも人々は自分たちのおしゃべりに夢中になっている。

 おしゃべりに夢中になっているのはエベリン夫人も同じだ。


 夫人と一緒に会場に入ったもののすぐに夫人は取り巻きに囲まれてしまい、ワタシもしばらくはそれに付き合っていた。

 皇太后様の取り巻きは、だいたい同じ世代の老人だった。


「そちらのお美しいお嬢さんはどなたですかな?」

「こちらはジャンザさんといって、魔女さんですわ」

「ほう、魔女。こういってはなんですが、魔女にしておくのは惜しいくらいの、輝くような美しさですな」

「でしょう? 私も嬉しくて。もとから可愛らしい方だと思っていたのですけど、少しのドレスアップでこんなにも美しくなるなんて。聖なる妃たちにも並び称されてしかるべき出来栄えですわ!」


 夫人が大仰に頷いて見せた。

 少しのドレスアップね。なんとも控えめな表現だ。


 丁寧に何枚もの薄絹を重ねて、金糸銀糸の繊細かつ華やかな刺繍と柔らかで上品なフリルで飾り立てた翡翠色のドレス。大きく開いた胸元には庶民では見ることも叶わぬ光り輝くダイヤモンドとエメラルドのネックレスをつけ、髪の毛だってうまい人にうまいこと結い上げてもらって、化粧だって専門の人がきっちりやれば、誰だって美しくもなるだろう。


 それでも、まあこれだけ褒めてもらえれば、ワタシとしても嬉しい……かな。

 頭の中に白銀の髪の魔王の顔がちらつくけれど。早く会って笑い飛ばされたいのかもしれない。ドレスがここまで絶望的に似合わないのも珍しいな! とかね。そうやって、浮ついた気持ちを静めたいのかもしれない……。


 ちなみに十七年生きてきたなかで初めてのこういう格好をした。

 正直ドレスのことは全くわからなかったので、全てエベリン夫人に見立ててもらった。だから彼女が我が事のように誇るのは別にいいと思う。彼女からすればワタシは自分が手をかけた作品だから。


「いや結構結構、この舞踏会で一番の華といえましょう。ジャンザさん、歳はおいくつで?」

「ええと、ワタシは」

「まあイグレス、淑女に歳など聞くべきではありませんよ。ジャンザさんも答えなくていいですからね」

「ははは、これは失礼いたしました。ですが魔女をこうして舞踏会に招き接待するというのは、盲点でしたがなかなかよい案です。いえ、つい最近うちの領地にも魔女がやってきましてな。定住してもらおうと館を用意したのですが――」


 などと最初のうちはワタシへのおべんちゃらもあるのだが、すぐに話は飛ぶ。自分の話になったり、老人同士の昔話だったり。

 待っても待っても話は終わらないし、次から次へと話の輪が広がっていく。

 しまいには給仕が持ってきた透明な発泡酒をみんなで傾ける始末。


「こちらをどうぞ、美しい魔女さん。今宵の善き出会いに皆で乾杯いたしましょうぞ」


 と老侯爵に透明な発泡酒を勧められるが、私は断った。


「いつ何があるか分かりませんので、お酒は飲まないことにしています」

「おお、なんと真面目な方だ。すぐに別の飲み物を用意させるとして、今はあなたの真面目さに乾杯してもよろしいですかな」

「……どうぞ」

「では、魔女さんの真面目さと、それから美しさに。乾杯!」


 老侯爵の音頭にあわせ、輪に加わった老人たち(エベリン夫人も含む)が一斉にグラスをひょいと持ち上げて礼をし、口を付ける。

 呑めればなんでもいいんだろうに……。


「そろそろ失礼いたします、夫人。捜さないといけない人がいるんです」


 飲んでいる間は無口になる。その静寂を狙ってそういうと、老侯爵がすかさず話を盛り上げようとする。


「お連れがいらっしゃるので?」

「もちろんよ、ジャンザさんはとっても素敵な紳士と婚約なさっているの。ねえ、ジャンザさん」

「おお、こんなにもお美しい方を伴侶にもつ幸運に恵まれるとは、なんと羨ましい。お会いするのが楽しみですな――」


「連れはいますが、そうではなくて。司書騎士のユスティアを知っていますか? 彼女を探しているんです」


 実は先程から会場内のドレスを着た女性たちに目を配っているのだが、規模が大きくてなかなか見つからないのだ。早く見つけないと手遅れになるかもしれないというのに。


 赤いドレスを着た老婦人が首をかしげた。


「ユスティアといいますと、あのメリーデンの……?」

「そうです。どこで見かけたのですか?」

「あ、いえ。名前を知っているくらいで、ここではお見かけしていませんよ。この宮殿にいらっしゃるのですか?」

「はい。来ていると――そのはずです」

「司書騎士さんでしたら、舞踏会に出席はしていませんよ。図書館で仕事をしているはずですから」


 エベリン夫人の何でもないような軽い言葉に、ワタシの背筋に素早くゾクッと得体のしれない悪寒が走った。


「……仕事? 舞踏会場(ここ)には来ていないのですか?」

「この城の図書館付きの司書騎士であるのならばね。舞踏会中に図書館に行かれる本好きな方もいらっしゃいますので、そちらの接待や警備をお願いしていますわ」


 どういうことだ?


「でも、司書騎士たち全員が舞踏会中図書館に詰めているわけではありませんよね? 特にユスティアは名家出身のご令嬢ですし、舞踏会には出ているのでは……」


「騎士なのですよね? この城の主であるアークと騎士として契約しているのですから、この城の人間としてお客様をもてなす側ですよ。どんな家の出であろうと今この城に勤めるという契約をしているのでしたら例外はありません。裏方として支えることはあってもね」


 え、ちょっと。


 ユスティアは、舞踏会に婚約者が来るから、ついでに王子への挨拶もかねて舞踏会に出るってはっきり言ってたけど……。

 いかにも、舞踏会に綺麗なドレスを着て出るって感じで。


 ユスティア……。そこから嘘をついていたっていうのか?


 確かにユスティアはここで働いているんだ。それが舞踏会にお客のように出席するのは、おかしい……。





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