5話 魔王の策略……?
★5 魔王の策略……?
急に暗くなる室内。魔法陣を描いていた光が消えたのだ。
蝋燭の火もないから何も見えない。一面が闇に満たされている。
ワタシはふうっと、肺にたまった空気を吐き出した。
なんだったんだ、あれは。
まあいいや。次だ、次。次の召喚に備えて魔力を回復させなくっちゃ。
ワタシにはまだやることがある。
王子と結婚して権力をもって、本当はそこからが本番なんだから。
ワタシの野望を実現させる近道は、権力を持つこと。
だから、絶対に、王子様と結婚するんだ。
そのために手伝いをさせる使い魔は……やっぱり風の小妖精がいいなあ。
銀の薄衣をまとった小さな女の子のカタチの小妖精。女の子同士でお喋りするのさ。王子様との結婚なんて、年頃の娘にしてみたらキャーキャーいうような話題じゃないか?
そうだろう、まだ見ぬ風の小妖精よ。
「間に合ったか。まったく、冷や冷やさせおって」
そうさ。確かに一瞬、全ては闇に包まれた。奴は確かに魔界に強制送還されたのだ。
だから淡く光る白銀の髪なんて目の前に現れてはいない。真っ白い四枚の翼なんかない。捻れた角なんて見えない。
辺りはまだ真っ暗闇のままなんだ。
嬉しそうに空色の目を細めてワタシを見下ろしてくる、麗しい風の魔王なんていないんだ。
「どうだ魔女よ。魔王の機転、恐れ入ったか。これで俺はお前からは逃れられんぞ!」
その通りだった。
真の名を知るということは、相手を存在ごと取り込める、ということだ。
逆にいうと、その存在自体を、分かちがたく真の名を知るものに委ねるということになる。
具体的にいうと……。召喚陣の法則など無視して奴はワタシのそばにいることができる。
さらに――。
「オマエ、やりやがったな!」
ワタシは杖を握りしめたままの拳を奴の胸板に押し付けた。硬いものだ、男の胸ってのは。
思いもよらぬとんでもないことしてきた。さすが風の魔王なだけはある。
ワタシの頭に雷撃のように複数のイメージが浮かぶ。奴のしでかしたことの分析である。
思い浮かぶまま、ワタシは早口に、まくし立てるように呟いた。
「真の名を知ったワタシはオマエがこの世界にいる間オマエを魔力的には自分自身として扱うことになる。オマエがこの世界に居続けるというのならワタシは自分の半身であるオマエを守るためオマエを本能的に維持してしまう。オマエを維持し続けるためにはこの世界に生まれたものの魔力で覆い隠す必要がある。だがワタシの魔力では魔王のオマエを維持し続けられない、ゆえにワタシはすぐ衰弱して死ぬ。ワタシが死ねばオマエは魔界に無事帰還。それを狙ったな、アスタフェル!」
「え?」
きょとんとした表情だった。
「……あ、うむ、そうだ。恐れ入ったか?」
反応が遅い! しかもなんでワタシの顔色伺うみたいになってるんだ。
ワタシは杖を握りしめたまま奴の空色の瞳を睨みつけた。
「オマエまさか、ただの勢いで真の名を明かしたんじゃないだろうな?」
「そんな訳ないだろう。俺は風の魔王だぞ」
「絶対に潰す!」
もうこうなったら奴の真意などどうでもいい、結果は同じだ。早く奴を潰さないと、ワタシは死ぬ。
風の魔王を潰す方法! 来い、魔王の風の力!
ワタシの導きに応じ、杖から銀の光が溢れ出す。
これは奴の力。真の名を知った私は、奴の力を自由に取り出せるようになったのだ。
しかし、これは……!
非常事態にも関わらず、あまりの高揚感に我を忘れそうになる。
初めての快感だった。無尽蔵の魔力と限界のない高まり。自分の中にこれほどの力があって、これがあればなんでもできるという全能感。
魔女ではあるが魔力がほとんどないワタシには生涯知り得ることなどなかった感覚だ。
これなら確かに、この力を自由自在に使いたくなる。自分のためにも、他人のためにも。たとえ命が短くなったとしても。
だがそんなこと言っていられない。ワタシにはしたいことがあるんだ。まだ死ぬわけにはいかない。
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