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57話 いざ舞踏会、の前に

 一週間後、惚れ薬を採りに来たユスティアに、使い方や細かい注意点などを伝えた。

 それからまた一週間が経ち――。


 いつの間にか、夏も終わりを迎えようとしている頃。

 ワタシとアスタフェルは、その舞踏会に赴いた。


 宵の口のリザ宮には、着飾った人々が溢れていた。

 夫人からの招待状を衛兵に見せると、すみやかに王族のプライベートエリアへと通された。

 そこで、エベリン夫人に久しぶりに会った。


「ジャンザさん、よく来てくれました」


 しっとりとして落ち着いてはいるが上品なドレスを着た夫人が、談話室(サロン)のソファから立ち上がって接待してくれる。談話室といっても、いつぞやの王子のハープ練習室ではなく別の部屋だ。


「……ご招待ありがとうございます、皇太后様」


 ワタシは慎重に、言葉を選びつつ礼を口にする。

 この舞踏会への参加はあくまでもユスティアを見張るためだ。夫人からの心象はいいにこしたことはない。

 だから、夫人の正体を知らなかったこととか、いきなり招待を受けて困惑したこととか、ワタシとアスタフェルは別に婚約などしてはいないこととか、お孫さんである王子の性癖のことだとかは言わないことにした。


「ようこそ、私の舞踏会へ。その節はありがとうございました、ジャンザさん。急ですけど、私もそろそろ領地に戻ろうかと思ってね。それでぜひあなたにお別れの挨拶をしたくて、招待させていただきました。ご迷惑じゃなかったかしら」

「迷惑もなにも、こいつ最初は――」


 余計なことを言おうとする魔王の脇腹に、指先を突き入れた。


「ふぉっ!?」

「こういう華やかな宴は経験がなく、ワタシのようなものが出てもいいのかという戸惑いもありましたが、皇太后様の主催ならばとても素晴らしいものになると思い、喜んで参加を決意いたしました」

「目が死んでるぞお前」


 アスタフェルが脇腹を擦りながらぼそっと呟く。


 彼との関係は、一時棚上げという感じだった。ユスティアの問題に逃げているという自覚はある。こんなの、後回しにして得なことなど一つもないのに。

 アスタフェルにしても、ワタシに迫ってくるようなことはなかった。あくまでも、彼はワタシの出方を待ってくれている。


 ……それも考えてみれば不思議なことだった。魔王ならばワタシを掻っ攫うくらいできるのに。ワタシが彼の真の名を知り、その行動を制御できるという現実があったとしてもだ。なにか手はあるはずなのに、それを考えている素振りもない。


 やはり、魔王にもなにか事情があるのだろう。


 この舞踏会が終わったら――明日になったら。さすがに、いろいろと変えていかなくてはならない。現実に、向き合わないといけない。

 夫人にとってこの舞踏会はリザ宮への別れの式典だが、ワタシにとっても区切りとなる儀式だった。


 夫人は微笑むと、話を続けた。


「ジャンザさんに治していただいたピューラはとても元気よ。ここに連れてきて挨拶させたかったんだけど、ここには犬が苦手な方もいらっしゃることになっているの……。今は厩舎で馬と一緒に待機してもらっているわ」

「犬には詳しくないが、犬は馬を襲ったりはしないのか?」


 と、これは一緒に来ているアスタフェルの問いだった。


「犬種によるし、犬の性格にもよるわね。馬を襲うよう訓練された犬ならためらうことなく馬を襲うわよ。見世物として牛を襲うよう訓練される闘牛犬種もいるくらいですしね。でもピューラの犬種は馬車の伴走犬として作出(さくしゅつ)された犬種ですし、ピューラ自身も馬と仲良くするよう躾けられているのよ。それにピューラはとっても優しい子だから」


 まあ、優しくなければ子供を助けに自ら犠牲になるようなことはしないよな……。


「特に仲のいい栗毛の馬がいてね……。ピューラは感覚も鋭いし、ほんの少しの物音も聞き逃さずに、馬たちを守ってくれていることでしょう」


 ふふふ、と嬉しそうに微笑む夫人。本当に犬が好きなんだな。


「さっ、挨拶はこれくらいにしましょう。あなたたちはこれから準備が忙しいのよ!」


 なんか気合い入ってるな、夫人……。


「アフェルさん、ジャンザさんをお預かりしますよ。楽しみに待っていてくださいな。素材はこんなにもいいんですもの。素晴らしく可愛くなるわよ。腕がなるわ!」


「あの、皇太后様……?」


 そんなことはいいから、ユスティアがどこにいるか知りませんかね。そう問おうとしたワタシの背を押して、夫人は部屋を出て行こうとする。


「仕度室に行くわよ、ジャンザさん。綺麗なドレスをたくさん用意してあるの。そのなかから一番似合うのを選びましょう。髪の毛も結い上げて、綺麗な飾りを付けましょう。指輪もペンダントもお貸ししますから、気に入ったものを付けてね。遠慮なんかなさらないで。私、かわいいお嬢さんを綺麗に変身させるのが大好きなの」


 うーん。まあ、この舞踏会にて風景に溶け込み目立たないようようにするには、夫人の力を借りて、今宵ここにいるたくさんの淑女たちのように着飾るに越したことはないか。いつもの黒ローブではかえって目立つのは分かりきっているし。

 すべてはユスティアを見張るためだ。


「アフェルさん、あなたには付き人を付かせますから、あなたもちゃんとドレスアップしてもらうのよ。すてきなお姫様にはすてきな王子様が必要ですからね。あなたは背丈も高いしお顔もすごくすてきですから、さぞかし立派な王子様になることでしょう」

「見た目だけですけどね」

「なにか言ったかジャンザ」

「高貴な格好はオマエにはよく似合うだろうな、と言ったんだ」

「嘘をつけ」


 白銀の魔王の苦笑いに、夫人は軽やかな笑顔で頷いてみせる。


「お互い楽しみですわね、アフェルさん。年若いお二人ですもの。花のように瑞々しいその若さを、今宵存分に楽しむべきですわ。では、会場でね。お楽しみに。魔法使いのおばあさんが可愛い娘さんをすてきなお姫様に変身させてきますからね」


 誰が魔法使いだって? 夫人が? ワタシじゃくて? ……少しはしゃぎすぎじゃないか、エベリン夫人。

 それにアスタフェルが年若いって。こいつ創世神話から生きてる魔王だぞ……。


 そんなふうに思いながらも、ワタシはアスタフェルと別れたのだった。





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