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56話 司書騎士の隠し事

「ジャンザ様、お願いします。どうか、どうか……私に惚れ薬を作ってください」

「ジャンザ」


 と、隣で紅茶を飲んでいた麗しき魔王に袖を引かれた。


「あからさまに怪しい。断ったほうが……」


 こそこそっと小さな声で耳打ちしてくる。

 ところでアスタフェルはまだエプロンドレス姿という夢のようなスタイルだ。


「分かってる」


 ワタシは答えながらも彼に見入ってしまう。本当によく似合うなあ……。髪をお団子にひとつにしてるのも動きやすそうだし、うなじがよく見えるし……。


 それからユスティアに向き直り、はっきり言った。


「ユスティア、あなたにはあなたの考えがあるんだと思う。それを話してくれないかな。ワタシなら客観的にあなたを見ることができる。あなたが今考えている――巻き込まれていることの外にいるからね」

「ジャンザ様は、私が嘘をついていると……?」

「さあね。あなたの事情なんてワタシが知るよしがない。あなたの婚約者が遠い国の見知らぬ貴族なのか、それともあの聖騎士エンリオなのかなんてね。惚れ薬を本当に必要としているのかどうなのかも、正直まったく分からない」


 ワタシの言葉に、ユスティアはまだ顔を強張らせている。


「でもね。こんな魔女にも分かることはあるのさ。ワタシなら、あなたを助けることができるよ」

「ジャンザ様……。私……」


 ユスティアは視線を、少しの間テーブルの上に落として逡巡していた。だが顔を上げたとき、彼女の柔和な青い瞳には決意が宿っていた。


「……すみません。でも私、あの、決意、したんです」

「そうか」


 本人がそういうのなら仕方がない。

 ふっと息を吐いて憤りを飲み込んだが、となりの麗しき魔王はそうはいかないようだった。


「ユスティア、それでいいのか? 何だかよく分からんが……」

「いいんです、アフェルさん」


 にっこりと、彼女は笑顔でアスタフェルに返した。顔のこわばりもない優しい笑顔だった。


「私は貴族の娘です。それに……もうすぐ子爵位を授かります。……少しは名門の人間らしくしないと」


 彼女の決意は変わらない。……なら、ワタシがすることは、一つだ。


「分かった。依頼を受けよう」

「あっ、ありがとうございます、ジャンザ様」

「アフェルもそれでいいな?」

「……お前がそういうのなら。どうせこれはお前の仕事だしな」


 不承不承、という感じで頷くアスタ。

 ま、アスタフェルにはあとでワタシの考えを話すとして……。いまはユスティアだ。


「よし。じゃあ実務の話をしよう。薬を渡す期限はある? いつ故郷に帰るの?」

「あの……。今度お城で舞踏会があるのですが……。知っていらっしゃいますか?」

「舞踏会って――」


 ワタシの言葉にアスタフェルがかぶせて言う。


「エベリン夫人主催の、あれのことか?」

「はい、それです。ちょうど婚約者がこちらに諸用で来られるそうで、せっかくだからお会いしてみてはどうか、と、父が。それで急遽、私のパートナーとして共に出席することになりました。初顔合わせになりますが、そこで薬を使おうと思っています」

「婚約者との初顔合わせに他人主催の舞踏会なんか使うの? あなたほどの家格の人が?」


 思わず疑問が口に出る。

 先ほどユスティアが漏らしたように、彼女は大貴族の娘だ。ならばその結婚相手との初顔合わせなんて大事な場面に、他人主催の舞踏会なんか使うのはユスティア本人だけではなく結婚相手にとっても屈辱ではないのか?


「アーク殿下にも紹介しておきたいんです。それならこの舞踏会を利用しない手はないですから」

「王子様にね……」


 それならまあ、話としてはおかしくはない……か?


「でもよく相手の顔とか知ってたね。それに、性格も。初顔合わせって、本当に?」

「肖像画で見ました。人となりは父からの手紙に書いてありました」


 用意してあった答えを言うかのように、滑らかに彼女は答える。


 しかし、いくらなんでも……。


「それにしても気が早いな、初顔合わせで薬を使うとは。少し相手のことを観察する時間をとってみてはどうだ? もしかしたら薬などなくとも愛せるかもしれないぞ」


 アスタフェルもワタシと同意見だったようだ。


「一刻も早く父に孫の顔を見せてあげたくて。寝込んでからというもの、父はすっかり気弱になってしまいました。娘としてできることをしたいんです」


 これもやっぱり答えを用意してあったかのように滑らかに答える。しかも苦手である男性相手に。……いやこれ、答え用意してあったってバレバレだよユスティア……。


 まあ、様態が悪いというお父さんを持ち出されたら、こちらとしては何も言えない。


「なるほどね。じゃあ、舞踏会までに薬を作ってあなたに渡せばいいってこと?」

「はい、よろしくお願いします。お代は……」

「代金はいいよ。いらない」

「えっ、でも」

「今までずいぶん王子様の予定教えてもらったしね。そのお礼としてタダで作ってあげるよ」

「でも、情報の報酬はそのときそのときに貰っています。薬のお代は払います」


 彼女はとたんに焦ったようになった。慌てた様子でベルトから革袋を外すと、それをワタシの前に置く。置くときに、ぎっしり詰まった硬貨がこすれる音がした。


「どうぞ、これをお納めください」


 商売として請け負ってくれ、ということか。


 革袋のなかを確認してみると……。やっぱり。みんな金貨だ。


「ユスティア、これユスティアのお金じゃないでしょ。いくらなんでもあなたがこんなに持ってるとは思えないよ」

「貯めたんです」


 瞳がごり押しする気満々だ。


 ワタシは息をついた。


「……これ全部くれるの? 物がモノとはいえずいぶんな大盤振る舞いだね」

「はい。ですが、その代わり、このことは内密に……」

「分かった」


 彼女はやっぱり何かに巻き込まれている。しかも資金潤沢なものに。大商人、貴族、あるいは聖職者――。

 世話になった者として、友達として、やはり気になる。

 なら、ワタシはワタシにできることをしよう。


「一週間後、取りに来て。楽しみにしててよ。どんな女もイチコロっていうような惚れ薬作ってあげるから。もう凄いことになるやつをね」


 ニヤリと笑ってみせると、彼女は明らかにうろたえた。


「え、えっと」

「効果は先ほどいったとおりだ。飲んですぐ効果は出る。期間はだいたい一日。解毒剤もつけておくから、危険を感じたら飲んで。これもすぐに効くから」

「は、はい。ありがとうございます……」



 * * * *



 熱湯にくぐらせた小さな壺に、アスタフェルが作ったマヨネーズを分けて、ユスティアにお土産として持たせた。

 すぐに消費し切るように言って、ユスティアを見送って、ワタシたちは改めてテーブルについて、なんとなくだらけている。


「いいのか? ジャンザ。あれ絶対裏があるぞ」

「分かってるよ」


 ワタシはすっかり冷めた紅茶をあおり、飲み干した。冷めてはいるがやはり紅茶の香りは華やかで、入れた蜂蜜もまろやかに甘く、気持ちが安らぐ。


「……はぁ。アスタ、舞踏会出るぞ」

「そう来なくてはな」


 アスタフェルが口の片端をあげる。顔が綺麗なだけに、彼はこういう表情もやはり様になる。格好はまだエプロンドレスでフリルカチューシャでお団子だが……。それがまたいいというか。


「お前を動かすのだから大した女だ、ユスティアは」

「恩があるんだ。友達だしね。何かに巻き込まれてるのは確実だし、それがなんなのかくらいは見極めたい。なんなら助ける」


 王子様に会いたくないから舞踏会なんか行かない――なんて子供っぽいことを考えていたのだが、そうもいっていられなくなった。


「舞踏会の間見張っておくのか?」

「そのつもりだ。舞踏会で何かをするつもりみたいだからな。……彼女に資金を出した奴は。ワタシが彼女のそばについていれば、それだけで抑制にはなるだろう。エンリオ似の婚約者さんとやらも拝んでみたいしね」

「そうか。ジャンザのドレス姿、楽しみだ」

「さて、と」


 彼の言葉を受け流し、椅子から立ち上がって軽く伸びをする。


「……女性向けの惚れ薬の材料、採りに行くか」

「べつに本物を作らなくてもいいだろう。いや、彼女を守るのなら偽薬を掴ませるほうがいいのでは?」

「そう思わんでもないが、お金もらっちゃったからな」


 と、テーブルの上に置きっ放しの金貨の詰まった革袋に目をやる。だから貰いたくなかったんだよなあ……。まあ、仕方がない。


「あの分はきっちり働くさ」

「……俺も頑張る」


 少し頬を赤らめて彼は言った。

 ユスティアに宣言したようなよく効く薬を作るということは、つまりは魔王の魔力を使う、ということで。それは彼の魔力を取り出すということ……つまりは性的な刺激を魔王に与える、ということに他ならない。


 この前男性用の惚れ薬を作ったときは、アスタフェルに別室にいてもらったが……。


「今度は一緒の部屋にいていいか? なんかそんな雰囲気だしな……」

「じゃあ縄で縛っとくか」

「そういうのがお望みなら気が済むまでいくらでもこの身を(いまし)めるがよい!」

「望むか馬鹿」


 なに考えてんだか……。


「それに女用惚れ薬だろ? ちょっとちょろまかしてお前に飲ませれば、お前は俺にメロメロになる……」

「そんな薬、ワタシにはもう必要ないよ」

「……え?」

「とにかく邪魔はするなよ? 金を貰ったからには、これは商売なんだからな」

「あ、ああ……」


 とはいえ商品をちょろまかされてはたまらない。やっぱり別室か、縄で縛っとくかだな。


 さて。

 考えなければならないことが、また増えた。


 王子様からの愛人の提案をどうするか、そのためにアスタフェルと結婚するかどうか。


 それに……。ワタシはアスタフェルをちらりと見た。


 彼は明るい空色の目を何故か丸くして顔を赤くしてきょとんとしているが、それでもやっぱり白銀の髪は美しいしフリルカチューシャは似合っている。

 こいつへの気持ちの持って行きどころをどうするべきなのか。アスタはワタシのことを、本心ではどう思っているのか。……という自分の事情に加えて、ユスティアのことまで気になるなんて。


 我ながら気苦労が多いことだとは思うが、気になるんだから仕方がない。


 とはいえ、王子関連で舞踏会での厄介事は少なくなったとは思う。

 いくら王子様でも、ワタシがユスティアと常に一緒にいればそう迂闊に手をだしてくることもないだろうから。


 ユスティア。何をしたいのか、何に巻き込まれているのか。ちょっと、確認させてもらうよ。







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