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54話 Sっ気魔女

 物音にワタシは振り向いた。

 ころころとジャガイモが転がってくるその先で、紺色の騎士服を着た彼女は縮こまっていた。

 先ほどの音はジャガイモの入った籠が転がった音だったらしい。


「ごっ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。お二人が仲良くされているのを邪魔するつもりはなかったんです!」


 足元に籠を転がした姿のまま、深く澄んだ青の瞳が怯えている。剣を()いているのにばっちりと引けているその腰を見れば、彼女が荒事を苦手としていることが手に取るように分かる。

 見られた。アスタフェルとキスしそうになっていたところを……!

 いやまずは落ち着けと自分に言い聞かせながら、ワタシは早鐘を打つ心臓を意志の力で制御しようと努めた。


「邪魔なんかじゃないさ」


 できるだけ威圧を含まないよう気をつけながら、縮こまる彼女に柔和な微笑みを向ける。


「いらっしゃい、ユスティア。うちに来るなんて珍しいね。何か用かな? ところでいつから見ていた?」


 リザ宮の王族図書館司書騎士団所属の女騎士ユスティアは、こちらの配慮を知ってか知らずか、ワタシの視線の先で肩をびくっと跳ねさせた。


「あの……」

「いつから見ていた?」

「すっ、すみませんっ、付き人さんがジャンザ様にキスしそうになった時からですっ。だから殺さないで……!」


 やはり見られている。

 ユスティアはふるふると首を軽く振り続けているものだから、肩にふわりと乗った琥珀色の髪が彼女の頬にひっついてしまい、より悲壮感を煽っていた。

 ところでなんでユスティアがこんなに怖がっているのか。

 この状況、怖がるのはワタシのほうが適任だろうが。


「……意味が分からないよ、ユスティア。そんなに怯えて。いつの間に殺す殺さないなんて話になったの?」


 とりあえず、アスタがワタシにキスを……と彼女がいっているということは、王子から告白されたことは知られていないということだ。もっとも彼女が嘘をついている可能性もある。が、だとしてもこれ以上の詮索はしないほうがいい。もし本当にそれより前を見ていないのだとしたら詳しく聞きただすことで墓穴を掘ることになってしまうし、キスしそうになった以前は見ていないと言っているということは、それが彼女の意志なのだから。


「ジャンザ」


 肩を持たれて振り返させられると、アスタフェルがワタシの顔を覗き込んできた。


「……うん、毒薬盛りそうな顔をしている」

「すべてを赦す慈愛に満ちた聖妃のような柔らかい微笑み、だ」

「お前よくもそんな字句がペラペラと出てくるものだな。ほんと感心するわ」

「ところで位置的にいってオマエはユスティアに気づいていたんだよな?」

「お前に夢中でそんな余裕なかった」

「……付き人失格だな」


 とはいえワタシも人のことは言えないが。お互い、相手のこととなると集中しすぎてしまう悪癖があるようだ。


「……さて、ユスティア」


 私は凄みを効かせるためにことさら重々しく彼女を振り向いた。

 ユスティアは無言で小さい肩をびくっと跳ねさせる。


「見たんだね、ワタシたちの……」


 うーん、これはなんというのだろう。


「……醜態を」

「いやせめて睦言を交わすとか、そういう言葉を選べよ」

「す、すみません……」


 可哀想なことに、ユスティアの声はかぼそくて掠れていた。なんだか楽しくなってきたワタシはもう少し脅してみることにした。ごくプライベートなことを覗き見されたんだし、ちょっとくらいいいよな。


「魔女と付き人の秘密を知る人間はどうなるか……知らないわけではあるまい」

「あの、どうなると……?」

「そうだな」


 ワタシはアスタフェルに目を向ける。

 ふりふりのエプロンドレス、それにフリルを立てた控えめなフリルカチューシャ。白銀の髪はお団子にまとめられている。

 アスタフェルの艶姿を、ワタシのエプロンドレス姿を。キスしそうになったのに加え、これも見られているとなれば……。


 やっぱり盛るかな。毒薬。


 アスタフェルは静かにかぶりを振った。


「ジャンザ、無益な殺人はやめろ」

「よく考えてること分かったな」

「ひっ、すみませんすみません! わざとじゃないんです! ほんとです!」

「あはは。ごめん、冗談だよ冗談」


 我ながらこらえ性がないとは思うが、ワタシは思わず吹き出してユスティアに笑いかけた。

 ユスティアはワタシよりほんの少しだが年下だし、とても真面目な子だ。いくら人の秘密をのぞき見したとはいえそんな子をからかうのはやっぱりよくなかった。反応が面白かったけど。


「ほ、本当に?」

「これくらいで殺すわけないでしょ。常識で考えてよ」


 ユスティアはほうっと息を吐いた。青い目が涙ぐんでいる。


「びっくりしました。ジャンザ様の冗談って分かりづらくて……」


 アスタフェルにも先程そんなことを言われたし、この短時間に二度も同じようなことを言われてしまうとは。ワタシの冗談はよほど分かりづらいらしい。


「ま、このことは他言無用に願うよ。ワタシにも――魔女にもいろいろ個人の事情ってのがあるんでね」

「は、はい」


 微笑もうとしているのだろうが、顔がこわばって変な表情になりながらも彼女はうなずいた。


「それにしても、あなたからここに来るなんて珍しいじゃない。なにか用かな。ああ――王子の予定はもういらないよ。そういう状況じゃなくなったんだ」

「あっ、あの、あの、私……」


 ワタシの後ろから、アスタフェルがさっと動いた。

 素早くユスティアのそばに行き、軽く背をさすりながら優しげな微笑みを向ける。


「ほら、あちらに行くぞ。お茶を淹れてやろう。少し落ち着くといい」

「あ、あああああの……」


 かえって表情――どころか全身を硬直させる彼女。ワタシはアスタフェルの反対側から彼女の背に手を回した。


「アス……アフェル。あとはワタシがやる」

「ん? ……ああ、そうか」


 アスタフェルも思い出したらしくさっと手を退けた。ユスティアが男性を苦手としているということを。


「あっ、あのっ、すみません……アフェルさん。私……」

「いや、いい。俺はお茶を用意するからあっちでくつろいでいてくれ」

「駄目なんですっ、これじゃ駄目なんです。あのっ、お願いがあります。お代はいくらでもお支払いします。だから……」


 彼女はアスタフェルではなく――このワタシを見て、言った。


「ジャンザ様、私に惚れ薬を作ってください!」



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