◇閑話:ハロウィン小話◇アスタフェル視点
ハロウィン小話です。
時系列は16話〜17話の間、内容でいうと二人が再会してから図書館に行くまでの間となります。
本編の内容と少し齟齬する部分があるかと思いますが、サイドストーリーということでご容赦ください。
また、この世界では初夏にハロウィンがある、ということでお願いします……。
「トリックオアトリート」
ジャンザがそう言って手を差し出してきたのは、俺が諸用で魔界に帰って逗留し、久し振りに帰ってきたときのことだった。
三日ぶりに会えると楽しみにしていたのに。ジャンザは相変わらずムスッとした顔でそんなことをいう。
「何言ってるんだ? 久し振りの邂逅だというのに嬉しくないのか?」
「三日会わなかっただけなのにその表現は大したもんだ」
ジャンザはにこりともせず、相変わらずあまり抑揚のない声でぼそぼそっと喋る。
そんなところに、アレを思い出して心臓が一度ドキリとする。
この前の、いきなりの所有者宣言――。特になんの感情も込めず、ぼそぼそっと、それでも事実だけを告げるきっぱりとした口調で眉一つ動かさず言い切った魔女。
思い出すだけで心臓が高鳴り、そわそわしてしまう。俺は変なのか?
「とにかく、お菓子をくれ」
「おお。俺がいない間に甘いものに餓えたか。待ってろ、菓子ならこの前焼いたクッキーがあるはずだ」
「……オマエ、ハロウィン知らないのか?」
怪訝な顔で、半分閉じたような目で小首を傾げるジャンザ。
図体のでかいもさっとした魔女のくせにこういう仕草は可愛い。
「なんだそれ。なにかの風習か?」
「知らないのか」
ジャンザの目がきらりと光る。自分の知識を披露するとき、こいつはすごく嬉しそうにする。そんなジャンザを見ていると俺まで嬉しくなるから不思議なものだ。
で、ジャンザが語ったところによれば。
この季節になると、魔物たちがジャンザたちの世界にやってくる、と考えられているという。しかし悪さをするようなものではなく、騒ぐだけ騒いで魔界に帰ってしまうらしい。
「しかし俺たちはジャンザの世界においそれとは来れないはずだが……」
ジャンザに真の名を知られている俺が特別なだけだ。特別な絆で結ばれた、といったらちょっといい感じに聞こえるな。代償はかなり恥ずかしいものだが……。
「人は安全が保証されていると確信するとかえって魔物を求めることがある。悪いことしたら魔物に食べられちゃうぞ! と子供を脅す母親などいくらでもいる。聖なる神々でもそういう人の性まではかえることはできないのさ。皮肉なものだ」
正直なにいってるか半分くらいしか分からないが、ジャンザが一人で納得しているのはなんだか格好良くて好きだ。
「で、ハロウィンになると、子供たちが魔物に扮して各家を回ってお菓子を貰うんだ。そうして満足させればよし、さもなくばイタズラするぞ、とな」
「なんだか楽しそうな行事だな。でもお前、もう子供って歳ではあるまい。今年でいくつになる」
「十七だ」
なるほど十七歳な! 覚えておこうぞ。
「そういやオマエはいくつになる?」
その質問をしたとき、ジャンザの瞳の奥に知性の光が宿った。なにか考えてるようだ。
そういえば俺って何歳だっけ? ずっと生きてるから数えるの面倒になって数えてないんだよな。
「知らん。生きすぎてて忘れた」
ジャンザの瞳の光が鈍く光る。
「――人間ごときに神性の秘密は明かせない、ということか」
「え? 別に。ただ数えるのが面倒なだけだが」
するとジャンザから鈍い刃物のような雰囲気が消えた。
「……すまん。ワタシが愚かだった」
「気にするな、分かればいい」
ジャンザもよくわからないことを知りたがるものだ。魔王の歳なんて知ってどうするんだろう、俺なんか気にかけてもいないのに。不思議な奴よ。
「ただこれだけは知りたい。オマエは最初からその姿だったのか?」
「ああ……」
思い出そうとする。遙かなる昔、母により作られたとき。どんなだったっけ。
「そうだな。確かこのままだったはずだ」
「子供時代はないのか」
「なかったな。最初からこうだ。母が俺をこうあれと望んだから」
「母……」
ジャンザは目をつむり、情報を咀嚼しようとしている。そして目を開けた。
「元神族であるオマエにとっての母とは、創世神のことか……」
「正直、男か女か分からないけどな。見たことないし、そもそも姿なんかなかったから。でも俺を生み出したということは母だろ」
「まあ、確かに。オマエは意外と真を突く」
「風の魔王だからな」
それに、勘は鋭いんだ。この勘には今までに何度も助けられている。
「ワタシが歳をとってもオマエはその姿のまま、ということか」
「そうだ」
「ワタシが死んだり、老いたしても、オマエはその姿のまま変わらず生き続けるんだな。永遠に……」
「あまり深く考えるな。俺は人間とは違う」
「……寂しくはないのか、アスタフェル」
「うん? そうだな。周りのやつら……ああ、俺の部下とかな。あいつらも人間よりは寿命長いが歳とって死ぬから、それは寂しいな。けど何度も何度もそういうの繰り返すと、いい加減慣れてくるから」
「そうじゃなくて」
ジャンザは自分の胸に手を置き、探るように俺を見つめた。
「ワタシが死ぬのを、寂しいとは思わないのか?」
「さっ……」
つい反射的に口に出る。胸の心臓がどきりと脈打ったからだ。
こいつはこういうこと平気で言うから困る。ジャンザがいなくなるなんて、そんなの。寂しいに決まってる。
「寂しくないわけ無いだろ。でも仕方ないじゃないか。俺は人間とは違う。好き嫌いに関わらずずっと生き続けなくちゃならないんだ」
「そうか、すまん」
素直に謝った。それから、少し微笑む。
「オマエに看取られることが決定しているのは心強くもあるんだ、許してくれ」
「そうそう、そういう風に考えるべきだ」
ジャンザが、死ぬ。その時俺は、どんな気持ちになるのだろう。
……というか。え?
「俺、お前の最後を看取るって決定してるのか?」
「そうだ。オマエはワタシのものだって言っただろ。自ら真の名を教えておいてワタシから逃げられるとでも思っているのか」
「ああ、うん。そうだな……」
おかしいな。なんでこんな台詞にドキドキしているんだろう。自分がジャンザのものだと言われるのが、嬉しい……なんて。
「そっ、それまではせいぜいよろしく頼むぞ! けど死んでからも一緒だからそこは覚悟しておけよ」
「人は死後天の園の花に還るというが……。オマエは魂を縛ることができるのか?」
「え……」
そんな深い意味で言ったんじゃないが……。
「そうだな。今までそこまでして一緒にいたい奴なんかいなかったからやったことないが、多分できるんじゃないか。俺風の魔王だし」
「そうだな……。元神族なら、あるいは……?」
ジャンザのやつ、また難しく考えている。本当に難儀なやつだ。
死んでも一緒にいたいって思ったのはお前が始めてなんだから。風の魔王の俺が本気を出せば、できるさ。きっと方法なんかいくらでもある。もしその方法が一つしかなかったとしても、それを探す時間も俺には有り余っているんだ。
お前が死ぬまで俺を離さないのなら、俺は死んでもお前を離さないよ。だから安心して、老い、そして死んでいいぞ。ジャンザ……。
「ま、そんな先のことを考えても仕方ないか。とにかく――どこまで話したっけ」
「ジャンザが十七歳というところまで」
「……。うん。そうだった。ええと、それで、子供は魔物だけではなく魔女の扮装をすることもあるんだ。ワタシは魔女だ。だからお菓子をくれなきゃ毒薬を盛ってやるからから早くお菓子をくれ」
具体的で怖いぞジャンザ。
「性急な奴よ。ちょっと待ってろ」
と、キッチンに入り、戸棚にしまってあったクッキーを持ってきてジャンザに籠ごと渡す。
「ほら、思う存分食え。くるみ入りでうまいぞ。というか減ってないな、これ。戸棚に入れてたんだが気づかなかったか?」
「……甘いのはあんまり好きじゃなくてな。隣りにあった干し肉は齧った」
「そうか」
ということは、普段の食事もあまり甘い味付けはしないほうがいいな。
俺からクッキーの籠を受け取ったジャンザは、なんだかつまらそうな顔で籠から一つクッキーをつまみ取る。
「……うん、美味しい」
「だろ? うまくできたんだ、それ」
「しかし、イタズラしそこねた」
「毒薬盛られたくないし」
「言葉のアヤだ。ワタシがなにもないのに毒など盛るか」
「分かってるって」
笑いながら応えたが、つまりは何かあったら毒薬は盛るってことだよな。ジャンザにはどこかそんな雰囲気あるし。怖い奴。
「面白いイタズラをしようと思っていたのに。残念だ」
「へー、どんな?」
ジャンザは俺の目を見つめ……珍しいことに、頬を染めた。
え。これは。
ジャンザはぷいと視線をそらす。
「どんなでもいいだろ。披露する機会を永遠に逸したイタズラになど価値はない」
「ある! あるから! いや、ない……ないぞ、なかったぞ」
「何を言ってるんだオマエは」
「お菓子! なかったから!」
俺はジャンザの手からクッキーの籠を奪い取り、背後に隠した。
「ほらっ、クッキーなんてないだろ? だから俺にイタズラしてくれ」
「……付き合ってられん」
ジャンザは背を向け俺から離れていく。
「これから街に行って往診する。準備するから手伝って」
「ちょっと待て! ジャンザ! お菓子をあげないから俺にイタズラしてくれ!」
背後に籠を隠しつつ、俺はジャンザの背を追って走り出した。
おわり
お読みいただきありがとうございました。
他者視点からジャンザを見るのは新鮮でした。
面白いと思っていただけたら嬉しいです。
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