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45話 攻められる魔女

★ 攻められる魔女



「アフェルさんが僕に用事……ですか?」


 アーク王子が優雅に小首をかしげてアスタフェルを見やった。


「そうです」


 ワタシはアスタフェルから向き直り、王子に力強く頷く。


「どうしても、直接、何が何でも二人っきりで話し合わねばならないと。王子様に呼ばれたこの機を逃してなるものか、男同士の熱い用事だから女は不要とまで。だからワタシはここにいますね」

「ジャンザお前……!」


 アスタフェルは腰を浮かし、ワタシを制しよう肩に手をかけてきた。頬は少し紅潮し、眉根は嫌な感じに寄せられている。

 こういうふうにすぐ顔色が変わるのは見ていて飽きない。やっぱりこういうところはかわい――まあいいや。


「さあ、お膳立てはしてやったぞ。思う存分王子様と語らってこいよ」

「この……!」


 明るい空色の瞳が焦りからか潤んでいた。本当に、羨ましいくらい感情を顔に出す奴だ。

 もっとも、こいつの顔色を変えて楽しむのはワタシなんだが。

 無表情を装うのも限界に近くて思わず口元がニヤけてしまう。


「やめ、違うからなアークよ。べつに俺お前にそんな重大な発表とかないからな、期待するなよ!」

「あなた方の仲がいいのはもう十分理解しました。ですが、二人っきりになりたいのは僕の方ですので……」

「お前が俺に用があるのか?」

「いえ、アフェルさんではなく……」


 アスタフェルではないのなら。

 答えをもとめ、男二人がワタシを振り向いた。

 その視線を受け、ワタシは王子に問う。

 

「……どういうことですか、王子様」

「お忘れですか? この席は僕がジャンザさんに会いたくて設けたものです。ですから僕のほうが二人っきりになる優先権はあるってことです。ジャンザさん、あなたと」



  * * *



 王子の真っ直ぐな背を見つめて歩きながら、ワタシが考えるのはアスタフェルのことだった。

 この会合に来る前のことだ。


『これがいくら強力でも、ただアレが大きくなるだけでは惚れ薬とは言わんだろう。媚薬ですらない。これはただの勃起薬ではないか』


 というのがワタシが作った惚れ薬への、魔王の感想だった。もっともな意見である。


『男の場合はこれでいいのさ。女を前にして陰茎が大きくなるということは、その女はアリと判断したってことだ。アリってことは、大なり小なり好きってことさ。これはそういう錯覚を起こさせる薬だ。といってもワタシには該当する器官がないから本当にそう錯覚するかは分からない。そこはオマエのほうが詳しいだろ、男なんだから』


『否定はしない。否定はしないが、別に大きくなっただけで好きになるわけではないし……心というのはもっとこう、割り切れないもので……』


『覚えておけ、アスタフェル。この世界には人の心を操る魔法なんてない。薬草にしてもそうだ、特定の感情を植え付ける効果がある薬草なんてない。しかし肉体的な反応を起こし、好きだからこうなったのだと錯覚させることならできる。本来ならもっといろいろな効果を付けて王子の錯覚を確かなものにしたかったけど、そうもいってられないからな。陰茎を大きくするだけだってかなりの効果は見込める』


 そんなふうに、彼に説明した。


 薬は小瓶に入れて、袖の中に隠して持ってきていて――談話室(サロン)を出てくるときそっとアスタフェルに託した。

 王子の手前言葉をかわすことはできなかったが、察してくれるだろう。オマエがこれを王子のカップに入れろ、というワタシの指示を。


 ……察してるよな? 今ごろちゃんと王子の紅茶に入れているのかな、アスタフェル。

 もしかしてワタシの紅茶に入れてたりして。ワタシがあいつに惚れるように……と。


 でもワタシには大きくなる部位はないから無意味だ。せいぜい脈が早くなるくらいで。

 あれはあくまでも男用の惚れ薬で、女には女用の惚れ薬がある。

 たとえば、ワタシがアスタフェルを好きだと錯覚するような身体反応を起こさせる薬。


 ドキドキと心臓が早くなって、体温が上昇し、瞳が潤んで。ただ歩いてるだけなのに、アスタフェルが今何をしているのか気になって……。

 頭はきっと、こんな反応をするのはアスタフェルのことが好きだからだと勘違いする。

  

 ところでアスタ。オマエ、ちゃんと王子のカップに薬を入れてるか?

 なんか心配だ。思わぬことをしやがるからな、オマエは。アスタ……。


「ですよね? ジャンザさん」

「えっ?」


 王子の声に反応したワタシは、息と一緒にアスタフェルが少し漏れてしまったような錯覚を覚えた。それくらい、あいつのことばかり考えていた。


「……もう。僕の話、聞いてなかったでしょ」

「そっ、そんなことないですよ。ええっと……」


 慌てて王子が何を喋っていたか思い出そうとするが、まったくの空白だった。

 アーク王子は爽やかに口元から白い歯を覗かせる。


「アフェルさんのことで頭がいっぱいだった。そうでしょ?」

「そん――!?」


 そんなことはない、と言おうとしたワタシの顔のすぐ横に、王子は手をついた。ご丁寧なことに両方の手を使いワタシを閉じ込めている。


 ワタシはいつの間にか壁を背にしていた。

 さらにいえば、ワタシたちがいるのはカーテンが締め切られた薄暗い一室だった。

 当然、ここにいるのはワタシと王子の二人だけ。


「ジャンザさん」


 薄暗さのなか、アーク王子の細められた銀色の瞳だけが妖しく光る。

 ワタシに顔を近づけるため背をかがませると、王子の漆黒の髪がさらりと揺れた。


「ご結婚、おめでとうございます」


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