43話 王子様との面会
★ 王子様との面会
さて、その日になった。
ワタシたちは揃って王城に行く。すると、いつもとは違い談話室に通された。
中央にどかっと大きいハープが据え置かれていて、それを中心として椅子とテーブルが何セットか設えられている部屋だ。
楽器が中心に置いてあるということは、ここは談話室というよりはハープ専用の練習場とか、発表室とか、そういうものなのかもしれない。
部屋の大きさは、この城の他の部屋と比べると、幾分かこじんまりとしている。もちろん内装は豪華なものだった。
「え、そんな噂を耳にされてたんですか……」
格別に座り心地がいいふかふかしたソファーに腰掛けた王子が、銀色の瞳を恥ずかしげに伏せた。
『アーク王子、ジャンザに生尻を見せてやってはくれまいか』
なに言ってんだこいつー!?
とワタシが焦ったアスタフェルの発言から始まった一連の会話の末、王子は何故ワタシが彼のお尻に興味を盛ったのかを正確に理解してくれた。
そのことにはほっとしたものの、やはり気になるのはアスタフェルの喋り方である。こいつは一国の王子と話すということを理解できていない。
たとえ奴が魔界に所領を持ち悠久を生きる元神族の魔王であったとしても……王子様に敬意払ったっていいだろうに。
この世界の王は他国の王子にちゃんと敬意くらい払うぞ。
だがアーク王子は特に気にせずアスタの喋り方を受け入れてくれた。器大きいんだよな、王子様。
王子は紅茶を口に含み、少し間を取ってから話を続ける。
「あの……、そんなに大したものではないんです。ただちょっと、お恥ずかしいのですが……、大きなニキビができてしまいまして……」
「尻にか」
王子はアスタフェルの無礼な物言いについては特に何も言わず、紅茶カップをローテーブルに戻しつつ頷いた。
「はい。精をつけようと肉を中心に食べていたのですが、どうも脂っこいものが体に合っていなかったようで……。ですが、今はもう潰れてしまってありませんよ」
なるほど、それで尻に血がついていた、との噂があったのか。ニキビが潰れたときの血だったのだ。
ということは、ワタシが彼のためにマッサージ法を探したり、アスタフェルが足裏マッサージで喚き散らしたりしたのは無駄だったということか……。
今回の登城は無駄足に終わったらしい。
――と、いうわけでもなかったりする。
実はある物を作ってきたのだ。
手持ちのものだけで作った……そして、今作れるなかで最強の威力の……王子に飲ます惚れ薬を。
「そうだったのですか。やはり噂で判断するのは危険ですね。この目でしっかりと診ないといけない」
「そんなにご覧になりたいのでしたら、ご希望にお応えしますね」
とベルトに手をかけて立ち上がるアーク王子を、ワタシは座っていたソファーから腰を上げつつ慌てて制した。
「お座りください王子様! いいんです、今は見なくていいです。なにもないって分かりましたから」
「だがジャンザよ、症状が出てから観察しては遅い場合もあるのだろう? 本人がこういってくれているのだから遠慮なく見るがよいぞ」
ワタシの隣に座るアスタフェルが腕組みをしたままいう。
今日の彼は町人風古着である。ワタシはいつもの黒いローブ、王子は黒地に銀刺繍が施された質も品も良い詰め襟の服を着ていた。
このなかでは二十歳の王子が一番の年かさに見えた。もっともアスタフェルの年齢は外見通りとはいかないのだが。
アスタフェルがいま言ったの、ワタシが以前ポロッと言った言葉だったな。
「いやほんとにいいんだ、またの機会にとっておくよ。ところでオマエ、ワタシが言ったことよく覚えてるな」
「お前の言った言葉は逐一覚えているぞ。そしてこれからも、未来永劫、幾星霜を経てもなお、ずっとずっとお前の声と言葉そして匂いは決して忘れない。それを今ここに誓おう」
「そんなもん誓われても困る……覚えとくもの増えてるし……」
「仲がおよろしいのですね」
服を直しつつ王子が座り直した。
「そう見られがちであるという自覚はあります。しかし見えていることだけが真実ではないということを、王子様にも知っていただきたいとワタシは思います」
「ジャンザさん? 男女の仲がいいのはとてもいいことだと思いますよ? 僕はそういうの大好きです」
銀色の瞳は優しげに細められている。
……?
その微笑みの奥に、なにか――引っかかるものが見えた気がした。妙な、ねっとりと絡みつくような視線というか……。