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42話 オマエはどこにも行かせない

★ オマエはどこにも行かせない



 倉庫に静寂が戻る。


「大丈夫か、ジャンザ!?」


 アスタフェルの声にいつの間にか瞑っていた目を開けると、美しい空色の瞳が、すぐ目の前で心配そうにワタシを覗き込んでいた。

 ワタシとアスタフェルは抱き合ったまま床に倒れていた。ちなみにワタシが下でアスタフェルが完全に上だ。

 男の全体重を受けたこの身が悲鳴をあげている。

 風の魔王は見た目の軽やかさとは違い、筋肉質の体躯を感じさせる重さをしていた。


 なんだかこれに覚えがあると思ったら、彼を呼び出した時のことだった。あの時はこいつに殺されかけたんだけど、でも魔王の眼がとても綺麗だったのは覚えている。


「生きてるけど、重い……ぐぅ……ほんとに重い……」

 

 ワタシはうめき声をあげた。

 成人体型の男というのはかくも重いものなのか。


「す、すまん」


 アスタフェルは慌てて半身を起こした。

 ワタシに跨ったまま助け起こしてくれる。ワタシの頭を守っていたのは、彼の大きな手だった。

 彼はワタシの腰に乗ったまま優しく微笑む。


「またお前に助けられたな」

「……ふぅ。ワタシこそオマエに助けられたよ」


 全身への成人男性の体重から開放された楽さから息をつき、ワタシは後頭部を触った。


「ありがとう、アスタフェル。オマエは怪我はない? 大丈夫?」

「俺は大丈夫。こんなときまで俺の心配してくれるなんて、やはりお前は優しいな」

「これは優しさじゃなくて職業病だ」


 応えて足を動かそうとしたが、できなかった。腰の上に形のいい尻を置かれているせいだ。それがワタシの太腿(ふととも)まで押さえているのである。

 人体というのはこうして腰を押さえられると身動きがとれなくなるものなのだ。


 というか何故ワタシから降りない。

 腰を跨いだ長い足の膝を床についているから体重の大部分はそちらに行っていて重くないとはいえ……なんでこんな密着させてるんだよ。


「ジャンザ、ところで王子と結婚したいのって、王子が好きだからじゃないのか?」

「え? なんの話――」

「さっき言っただろう、薬草魔女として広めたいものがある、そのために王子と結婚するんだ、と」

「ああ」


 そういえばそんなことを口走ったような。


「オマエもしかして、ワタシが王子様のことが好きで、だから結婚したいんだと思ってたのか?」

「そうとしか思えないだろうが。ちゃんと説明もされなかったし……」


 若干ムスッとした顔でアスタフェルは答えた。恥ずかしいのか頬が赤くなっている。


「へー、なるほど……」


 ワタシはなんだか楽しくなってきて、ニヤニヤしながら彼の顔を見上げた。


「ワタシが王子様を好き、ねえ……」

「だってお前、いつだったか王子のこと褒めてただろうが。素直に助言を聞くとか、人の上に立つ人物だとか」

「実際その通りだからな。しかし、褒めたくらいでワタシが王子様を好きと思い込むのはオマエの早計だよ」


「仕方ないだろ。普通結婚というのは好きな人とするものだからな!」

「オマエって純粋なんだな。可愛いよ」

「うっく。……だいたい好きでもない男との結婚を望むお前が悪いんだ。そんなにしてまでお前が広めたいものとはいったいなんなんだ?」

「それも言ってなかったか」


 アスタフェルには大体のことを話した気でいたけど、なにも話してなかったんだな……。


「魔力の入っていない薬草だけの薬を広めたいんだ。効果は魔力入りに比べれば穏やかなものだが、そのかわり誰でも作れるし、ちゃんと効く。それで人々が魔女に頼るのをやめさせたい」

「それと王子と結婚することのどこに関係があるんだ?」


 言いながら、彼はワタシの肩に腕を回した。だからワタシは自分の姿勢を支えるために後ろについていた両手で、アスタフェルの腰をがっしりと掴んだ。

 そろそろアスタフェルに降りてもらいたいから。さすがにこの密着は恥ずかしい。

 てかこいつ、思いのほか腰細いな。


「王子というか、王族の権力が欲しいんだ。国の方針として薬を作る施設を作ったり、材料となる薬草の流通を整備して、人々が薬を作る土台を作りたい。でないときっと薬は定着しない。国として薬草薬を作ってそれを売って広めるのもいい。だからワタシは王子様と結婚するんだ」


「そうしたら、お前は早死にしなくてすむのか?」


 その言葉に、ワタシは師匠のことを思い出す。

 魔力を使いすぎて若くして死んだ師匠。使い魔フィナが遺体を魔界へ持っていってしまったから、この世界に師匠のあとは遺っていない。

 あるのは――想い出だけ。


 別にそのことについては怨みなどない。それが契約だったし、フィナが本心から師匠を慕っているのはワタシもよく知っている。

 今頃、本当に風鴉(ふうあ)フィナは魔界で師匠の墓守をしていることだろう。遺体を奪いにきた不逞の輩を風の刃で斬殺しながら……。


「そうだ。ワタシは早死になんかしない。だからアスタ―――」


 彼の腰を掴んだ両手にぎゅっと力を入れた。彼の目を見つめる。

 躊躇はある。だが、恥ずかしがっていたらきっとどこかに行ってしまう。師匠たちのように、ワタシの手の届かないところへ……。そんなのはもう嫌だ。


 だから、ちゃんと言うよ。


「オマエは、ずっと、ワタシのそばにいろ」


 アスタフェルにとってのフィナはワタシだ。いや、アスタがフィナでワタシが師匠? まあどっちでもいいや。

 とにかく、フィナが未だ師匠の近くにいるように。ワタシもアスタフェルと一緒にいる。

 ずっと。死んでも、永遠に。師匠たちがそうであるように。

 だから、どこにも行かせない。


 ワタシの肩に回されたアスタフェルの手がびくっと動いた。

 整った顔があっという間に耳まで赤くなる。

 空色の瞳にうっすらと涙を浮かべ、とろけた顔でワタシを見下ろす。


「あぁ……俺、俺、お前と会えて良かった……。うっ(よだれ)が」

「それと」


 ワタシは、今度は逆に腰を掴んだ手の力を抜いた。そして急に力を入れる。

 またすぐ力を抜き、小刻みに力を入れては抜くを繰り返してアスタの脇腹を揉みあげた。


「いい加減ワタシから降りろ!」

「ひゃっ」


 腰の上で飛び跳ねたアスタフェルは、ワタシの手から逃れてそのままどさっと横に倒れた。


「なっ、なにをする。ずっとそばにいるのではないのか?」

「バカかお前。ああアホか。本当にくっついてたら何もできないだろうが!」


 立ち上がったワタシは、アスタフェルの重さの疲れを取ろうと自分の太腿(ふととも)を軽くさする。


「だいたい早いとこ降りろよ。なに人の上に乗ってんだ。動けなかっただろうが!」

「でっでも俺膝で立ってたし」

「重さじゃない。このアホ魔王!」


 はあ、と息をついて辺りを見回す。

 倒れた椅子に、衝撃で棚から落ちて散乱した雑貨類……。

 こうなる直前のことを思い出す。アスタフェルは運命がどうとかこうとか言っていた。

 きっとそれは、ワタシがアスタフェルとキスをしたら……ワタシの前にはっきりと現れるのだろう。

 そうしたらアスタフェルはワタシから離れていく。そんな予感があった。


「アスタ、よく聞け。ワタシは、自分の運命は自分で選び取る。だから余計なことは言わなくていい。ワタシは自分の野望を叶えるだけだ。誰にも、何にも邪魔はさせない」

「……分かった」


 アスタフェルは床に座り込んでワタシを見上げる。その顔はどこか嬉しそうだった。


「誓おう。お前が王子と結婚し野望を叶えようとも……お前が運命を受け入れようとも。俺はお前のそばにいよう。お前が俺を離さぬ限り……もし離したとしても、ずっと。永遠(とわ)にお前を守り続けるよ」

「よし、その意気だ」


 ワタシは彼に手を差し伸べる。


「さあ、物をかたすついでにノート探しだ。王子様を籠絡するために。面会日まで日がないから急いで探さないと。ノートに書いてあるマッサージを実際に試してみたいしね」

「任せろ俺が実験台になる」


 目を輝かせ、アスタフェルはワタシの手を取って起き上がった。


「そうか、ありがたい」

「凝りはじめた俺の素肌をお前の素手でマッサージしてもらいたくて仕方がないんだ」

「それならあとで足裏マッサージをしてやろう。少しだけできるんだ」

「足の裏か……もっと上のほうがいいな……」

「足裏だ。そのかわりこの指だけで押し込んでやる」

「ジャンザの指が、俺の足の裏を押し込む……! 楽しみすぎて今からたまらん」

「それはこっちの台詞だ」


 アスタフェルのニヤけ顔、いつまで続くかな。

 足裏のマッサージは激痛を伴うからあまり使いたくはなかったんだけどな!



  * * *





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