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41話 真実はキスの向こうにあるけれど

★ 真実はキスの向こうにあるけれど


 ワタシは目の前のアスタフェルの尻を見つめながら言う。


「王子様の尻はオマエと違って肉付きが薄い。座ってもすぐに立つ、馬に乗らなくなった、よく臀部(でんぶ)に手を当て気にしているなどの症状は、痔であるよりは尻の骨が座るときに尻の肉を圧迫し、それが重症化しているというほうが可能性としては高いと思う。とはいえ尻に血がついていたとの噂もあるし、実際に診てみないとなんともいえないけど」


「こら。どこ見ながらもっともらしいことを言っている」


 と魔王は自分の尻を片手で隠し、苦笑しながらワタシを睨んだ。

 はあ、とワタシはため息を漏らした。

 そうだよな、まじまじと尻を見られるなんてふつう嫌だよな……。


「すまん。目の前にオマエの尻があったのでつい。嫌だよな、他人に……女に尻を見られるのなんて」

「嫌じゃない。お前なら。嫌なわけないだろう。嫌じゃないんだが……なんといったらいいか……。準備とかいろいろあるし……心とか……そういうの……」

「王子様も嫌がるよな……」


 ぶつくさ言うアスタフェルを無視し、ワタシは肩を落とした。

 いくら伝え聞く王子の症状がこうだから対策はこれをすればいいのでは……とアタマで考えたところで、実際に患部を見てみないことには何も出来ないのと同じだ。

 だが他人に、しかも女であるワタシに王子が尻を見せてくれるとは……アスタフェルの反応を見るに、望みは薄いだろう。


「みたいのか、王子の生尻を」

「そりゃ診たいさ。治してあげたい。けど……それはきっと、ワタシの仕事じゃないんだよな。こういう生活をしたらいいってアドバイスをおくれるだけでもいいって思わないと。王子様は人の忠告は聞く人だから、それだけでも彼の役には立つだろうしね」


 ワタシはただの魔女だし、実際に王子の尻を見て治療することはできない。それはシフォルゼノ教団の仕事だから。

 もしかしたら知り合いのよしみで診せてくれるかも……なんて甘い考えもあったが、知り合いだからこそ恥ずかしがってかえって見せてくれないだろう。見せる義理もない。


「俺が見せてやる。だからそんなしょげた顔するな」


 気がつけば、アスタフェルは椅子の上にしゃがみこんでワタシの顔を覗き込んでいた。

 あまりの急接近に、思わず身をのけぞらしながら応える。


「別にオマエの尻は診なくてもズボンの上から分かるからいいよ。引き締まっているし上向きで形もいい。なんの心配もないだろう」

「馬鹿、俺のじゃない。俺のじゃないが、しかしよく見てるなお前は」

「習い性だ。症状が出てから観察しては遅い場合もあるから」


 彼は空色の目を優しい色に染める。


「ほんとお前は真面目だな。いいか、俺がいってるのは王子の尻だ。とっ捕まえてひん剥いて、お前の前に晒してやろうぞ」

「でも」

「お前は目の前で苦しむ人を放っておけるヤツじゃないからな。特別に協力してやる。いや、目の前じゃなくても――人でなくても助けようとするだろ。犬のこともあんなに必死で助けたし、俺のことも助けてくれたし」

「オマエを? いつ……」

「ほら、これ」


 と、彼はワタシの顎を指で掴んだ――。


「あ――」


 ワタシは目を見開く。


「思い出したか?」


 すぐ眼の前で微笑む明るい空色の瞳。

 そうだ、これは。いつかの夜、アスタフェルが眼にゴミが入ったと騒いで部屋に入ってきた、――ワタシが彼にキスしそうになった、あの時の。

 あの時とは状況が逆だけど。


「いや、あの時はオマエは自分で涙でゴミを流し出しただろ。ワタシは助けてない」

「助けてくれたよ。助けられた俺がいうんだから間違いない。お前のその、苦しむ誰かを助けようとするところ、すごくいいと思う」


 そのまま、彼のほのかに色づいた顔が近付いてくる。優しい色をたたえたまま潤んだ空色の瞳は片時もワタシから逸らされず――。

 ちょっと、これは。心臓ドキドキする……。

 ワタシはつばを飲み込み、呼吸を戻した。魔王の甘言に飲み込まれてはいけない。


「ようやく自らキスするつもりになったのか? だがもう遅い。あの夜、次はないといったはずだ」

「キスか……。お前は真実を知ったら、どんな選択をする?」


 その言葉になにかが肝に重くのしかかってくるを感じた。本能的な拒否反応がワタシの中に渦巻く。

 その真実とやらを知れば、アスタフェルとの関係は壊れそうな。ワタシから彼が離れていきそうな……。


「どんな選択もしないさ。ワタシには真実とやらは必要ないからな。ワタシはワタシだ、何があっても薬草の魔女として広めたいものがあるんだ。そのために王子と結婚するんだ。ワタシはそれを手伝わせるためにオマエを召喚したんだ。それ以外のことなんて知りたくない!」


 せっかく仲良くなったのに。師匠とフィナと三人で旅をしていたときみたいに、楽しくて騒がしい毎日が戻ってきたのに。

 なのに、オマエに師匠みたいに跡形もなく消えられてたまるか!


 心臓が高鳴っていた。口から出てきそうだ。

 空気をもとめて、あえいで……顔を背け――彼の指は思いのほか力が入っていて、しっかりとワタシの顎を掴んでいた。余裕綽々に見えたが、実はかなり緊張していたようだ。


 結果、椅子の上にしゃがみ込み首を突き出すというかなり不安定な体勢をしていたアスタフェルを引き込んでいた。

 ほんともう、格好付ける前に自分の足元くらい見ておけ! こういうところがアホなんだ、こいつは。


「なん――!」


 アスタフェルが何か叫びながらワタシに椅子ごと倒れ覆い被さってくる。

 やばい。このままではアスタフェルが顔から落ちて怪我をしてしまう! 顔面というのは人体にとって急所だ。人の姿をとる魔王とてそれは同じはず。

 ワタシは咄嗟にアスタフェルを受け止めようと腕を伸ばし、その背を抱きしめた。


 受け身も取れず頭を床にしたたかにぶつけたと思ったのだが、なにか柔らかいものがワタシの後頭部を守ってくれたおかげでそれほどのダメージにはならなかった。



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