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3話 召喚陣から出てきたのは

 ワタシの魔力は低い。

 それは分かりきっているから、その分を補うために、準備は念入りに丁寧に行う必要があった。

 すべては野望を達成させるため、魔物を召喚するため。しかもワタシの一年以内の死を代価とするのだ。


 失敗するわけにはいかない。


 師匠から教わった正式な、そしてとても手間のかかる方法で、儀式に証する道具に地水火風それぞれの属性を持たせていく。そんな日々がしばらく続いた。


 そうして数日が経った、その日の夜。


 魔女の家の地下、儀式の間にて。


 全ての手順を終え、師匠より伝わる古の召喚陣より()でたるは……。



  * * * *



 魔界と繋がった召喚陣からは、荒れ狂う暴風が吹き上がっていた。


 風が、唐突にピタッと止む。


 その静寂と、清いまでの風の魔力がワタシを包み込んだのは同時だった。


 他の属性の存在を許さない澄み切った単属性の緊張感。

 それが様々な属性を併せ持つ人間であるワタシの肉体を瞬時に切り刻もうとする。


 召喚陣に刻まれた紋様には術者を護る式も入っている。これがなかったら本当にこの魔力に触れただけで死んでいただろう。


 この程度で死んでたまるかよ。


 さあ、第一関門はクリアしてやったぞ。

 出てこいよ、魔物。ご対面といこうじゃないか。


 ワタシが息を潜めて見守る中、白い光で描かれた魔法陣の中心から、柔らかな風がそよ吹いた。


 と思ったら、瞬きするほどの間のあと、そこには白銀の長い髪の青年が存在していた。いや、少年というべきか? 判別がつきづらい。


 魔物はワタシより少し歳上くらいの人間の容姿をしていた。歳の頃だと十八か十九あたりか。

 あどけなさが多少と、それから傲慢さ。そして大部分の気高さ。概して恐ろしいほど整った顔だ。


 それから、ずいぶんと背が高かった。着ているのはその高い背にきっちりと合わせた黒い長衣で、腰から深いスリットが入っているから動きやすそうではある。もちろんその下に白い衣は着ているから、生足が見えるということはない。


 魔物の頭には羊のような捻れた角が生えていた。背には白く美しい四枚の翼。人間ではない異形の、が、それゆえに流麗な姿。


 あまりの美しさに思わず見とれてしまった。


 ワタシは本当に魔物を呼び出したんだ。それも、こんなにも美しい魔物を。


 これからどんな地獄が待っていようとも、こんな魔物を呼び出せただけで成功できそうな気がしてくる。きっとどんな野望だって叶う。

 ワタシの使い魔は、こんなにも美しい魔物なのだ。


 だが、その姿には思い当たるものもあった。

 魔女なら……いや魔女ならずともみんなが知っている最高位の、神とも並び称される――。


 でもまさか。()()をワタシのような力のない魔女が呼び出せるわけがないし。


「……お前、もしかしてジャンザか?」


 彼は思いの外明るい空色の瞳で、いぶかしむようにワタシを見つめていた。


「そうですが……」


 そう魔物に応えてから、ワタシはハッとした。


 今ワタシ、なにをした?

 魔物の誰何に応えただと!?


 次の瞬間、ワタシは奴に押し倒されていた。

 喉が圧迫されている。


 美しい魔物が、ワタシの喉を手で押し込んでいる!!!


 召喚した魔物はこちらが許可を出さない限り召喚陣から出ることはできない。召喚陣にはそういう術が組み込まれているからだ。

 もちろん例外もある。

 今のように魔物が召喚主の名を呼びかけ、それに召喚主が応えてしまったときは、魔物は自由に外に出ることができる。

 今ワタシはそういう状態にある。


 なんて呑気に分析している場合ではない!


「死ね、ジャンザ!」


 そういやこいつ、なんでワタシの名前なんか知ってるんだ? 反則だろうが、そんなの!!

 しかしそれを魔物に詰問する余裕などない。


 それにしたって喉が、熱い!

 跳ね除けようとありったけの力を込めて彼の肩や胸を押してはいるが、奴はびくともしなかった。


 ……死ぬのか、ワタシは。こんなところで?

 せっかく死を受け入れてまで魔物を召喚したのに。師匠の仇を討とうと思ったのに。


 ワタシのすぐ目の前にある、綺麗な空色の瞳に吸い込まれそうになる。ぐっと唇を引き締める。こんな奴に負けてたまるか!!!


 落ち着け、と自分に言い聞かす。


 そうだ、対処法なら師匠から教わってるじゃないか。しかも、この美しい魔物にぴったりのやつだ。


 ワタシは知らず、口元に笑みを浮かべた。

 皮肉なものだ。

 こいつは有名な魔物だ、しかしだからこそこの召喚陣の仕組みに絡め取られるんだ。


 魔物の顔色が変わった。無表情にワタシの首を押さえつけていたのが、澄んだ空色の目をいっぱいに見開いたのだ。信じられないものでも見るように。


 魔力の低いちっぽけな魔女がこの状況で笑うなんて考えもしなかったのか。だけどな、こっちには師匠仕込みの勝算があるんだよ。


 同時に奴の手の力がわずかに緩む。

 この機を逃す手はない。


 恨むなら、この世の誰もが知る自分の名を恨め。

 奴は風の魔王。その名も――。


《アスタフェル!》


 ありったけの魔力をその名に乗せ、奴の名を呼んだ。


「っ!?」


 空色の瞳がさっと苦痛に歪んだ。

 ようやく叫べた名が、奴の存在そのものを拘束したのだ。


 すっかり勢いをなくし身をこわばらせた美しき魔物の股間めがけて、トドメの膝を放つ。


「っぎゃあっ!」


 股間に見事なクリーンヒットを許した魔物はワタシを慌てて開放すると、その勢いで石床を転がり回りはじめた。


「ぎ、ざ、ま! ごのぅぅっだあああ……!!!」


 ふぅ……。

 なかなかいい手応え……いや膝応えだった。



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