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28話 現場へ急ぐ魔女

★ 現場へ急ぐ魔女


「通して! 通してください!」


 ……と、これはワタシの声ではない。シフォルゼノ教団の神官が人々の波を割って入っていく声だ。

 現場は大通りだった。両側には小さな露店が所狭しと並べられていて、人だかりも相当であっただろうことが分かる。

 人々はそれを遠巻きに壁になって見ていて、なかなかワタシとアスタフェルではそのなかに入ってくことができない。


 なんとか入ろうとしていたら、白いローブを着た壮年の男が頭を振りながら出てきた。胸にきらりと光るのは、銀でできたシフォルゼノの聖印(タリスマン)。教団の神官だ。

 魔力を使った気配もなく、早すぎる退場だった。

 腹の底が硬く緊張する。

 まさか、子供は……。

 シフォルゼノの神官はワタシと目が合うと、軽く会釈をした。


「魔女さんですね」

「はい」

「わたしでは彼を助けることができません。ですからあなたにお任せします」


 神官の口ぶりだと、まだ子供に息はある。

 言葉に含められた意味にワタシの興味が生まれるが、アスタフェルが食って掛かった。


「それはどういうことだ。子供が重症すぎて手も足も出ないのか? シフォルはそのような軟弱な力しか信徒に与えていないというのか!」

「待て、アス……アフェル」


 ワタシは彼の二の腕をとって下がらせる。


「神に仕える神官は人を癒やす魔法を神々より与えられているはずです。それを人々のために使うことは教義に組み込まれているはず。魔力を使った気配もないから助けようともしていませんよね。どういうことなのですか」


 神官は胡乱な瞳でアスタフェルを一瞥し、ワタシに向かって頭を振った。


「言葉の通りです。では、これで。あなたなら彼らをまとめて救えるかもしれません……」


 神官はそのまま立ち去った。


「話にならんな。あんなのが信徒とはシフォルも情けなかろうよ」

「とにかく行ってみよう」


 シフォルゼノの神官が匙を投げたことで人々の興味も薄らいだのか、目の前の人の壁に隙間ができ始めていた。

 ワタシたちはその隙間を縫うように進む。

 ようやくたどり着いたそこは、広い通りの中央だった。


 何台か、馬車が駐まっていた。薄い緑色に塗られた豪華な馬車が目立つ。

 側面には立派な紋章も描かれていた、おそらく貴人が乗っているであろうものだ。随行の馬車もいくつも並んでいて、かなりの大貴族の旅行と思われる。

 その馬車の近くに、何頭もの大型の犬が座っていて、黙ってじっと現場を見つめていた。

 貴族と共に旅をしてきた馬車の伴走犬だろう。すべて白い地に黒い水玉の斑点(スポット)がある垂れ耳の犬だ。駆け寄りもせず吠え立てもしないその姿は、かなりの訓練を施されていることを感じさせる。


 そして、その奇妙な静寂のなか、薄緑色の豪華な馬車のすぐ前に、その子供はいた。

 確かに血まみれの子供だった。しかし見たところ元気だ。しゃがみ込み、なにかを必死でさすっている。

 傍らには父親らしき中年の男がおろおろとした様子で、貴族の騎士らしき青年と話し合っているた。


 その時、ワタシは見た――。

 瞬間、ワタシはそこに向かって駆け出していた。

 ()()()()()()()

 確かに、シフォルゼノの神官では助けることはできない。彼らは『人を癒やす』のだ。


 そこに横たわっているのは――子供が必死にさすり、自分が血まみれになってまで血を止めようとしていたのは、一匹の犬だった。


  * * *


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