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26話 エプロンドレスはフリルカチューシャがあってこそ完成された美であるといえる、ということ

★ エプロンドレスはフリルカチューシャがあってこそ完成された美であるといえる、ということ


「おや、魔女さま。いらっしゃいませ。なにかご用でしょうか?」


 先程の店に引き返すと店員がワタシを出迎えてくれた。

 そして問題の白いエプロンドレスだが……。


「これがご入用でしょうか?」


 店員の微笑みが保証する通り、まだそこにあった。

 やはり先程のフリルは別フリルだったのだ。

 よかった……。


「これは本当に物がいいですし、一点ものですからねえ。いつ売れるか分かりませんよ。何せ品がいいですからこれ以上のお値引きも……」


 こちらの焦りを悟ったのか、店員はそんなことを言ってくる。

 まあ、正直、エプロンを買うのはやぶさかではない。アスタフェルは三角巾はあるのにエプロンは持っていないのだから。

 ただ、とにかく値段が高い。

 いや、買えることは買える。そうすると惚れ薬が作れなくなるのが問題なのだ。


「喜ばれると思いますよ、さきほどの……ご主人ですか?」

「付き人です」

「おお、よろしいですね。付き人さんもさぞ喜ぶでしょう。よくお似合いですし」


 店員からはそう見えるのか。

 まあアスタフェルは人間とは思えないくらいの美形だし……というか魔王だから人間ではないし。ボロでも女物でもなんでも着こなせるだろう。


 繰り返すが、エプロンを買うのはやぶさかではない。

 それがこのデザインなのも構わない。いやアスタフェルが欲しがっているのだから、普通のエプロンよりこちらのほうがいいとさえ言える。


 問題なのはただただ値段である。

 買える……ことは買える。これも繰り返すが事実だ。

 ただ代償があって、これを買えば惚れ薬が作れなくなる。……王子様を籠絡するための手順が進まなくなるということだ。

 いや、今作らなくてはならないというわけでもないから、またお金が貯まってから買って作ればいいといえばいいのだが……。貯めるのに何ヶ月かかるかは分からないが……。

 このエプロンに、それだけの価値があるのだろうか。


 アスタフェル……これを着たら喜ぶのかな、本当に。

 頭のなかの風の魔王にこれを着せてみる。

 白銀の長髪に空色の瞳の麗しき風の魔王。背の高い彼がこれを着て、貴婦人が挨拶するようにエプロンをつまんでちょいと持ち上げて……。


 あ………………似合う。意外だ。


「どうでしょう? デートの記念ということで、お買い求めになられては」

「デートではないですね。ですが、日頃の感謝としてなら……」

「感謝、いいですね。男はそういうの本当に嬉しいものです。愛する女性からのそういう気遣いは。更に愛が深まること請け合いですよ」

「愛に見えるんですか?」


 アスタフェルはワタシと結婚したがってはいるが、それは裏があることだ。

 ワタシは風の魔王が本気になって殺そうとしたり、拘束しようとするシフォルゼノ教団の『何か』なのだから。

 だがそんな事情を知らない店員には、アスタフェルが表裏なくただ単にワタシを愛しているように見えたとしても仕方はない。


「私これでもたくさんのお客さまを接客してきていますから、目を見ればその人が何を考えているかだいたい分かるんです。魔女さま、ずいぶん付き人さんに愛されいらっしゃいますね。ここまでベタ惚れというのも珍しいですよ」

「それは、どうも」


 別にこの店員の自負が見当違いとか、そういうことを馬鹿にするつもりはない。相手が悪いだけだ。

 アスタフェルは風の魔王だ。魔力もない普通の人間を騙すくらい魔王なら朝飯前だろう。


「それでこんな可愛らしいエプロンを付けてもらえるだなんて……。羨ましい限りです。果報者ですね、付き人さんは」

「これ、背が高くても着れますか?」


 店員はワタシの言葉にさっとワタシの体躯を見定め、心強く頷いた。

 これを着るのはワタシではないが、アスタフェルの背の高さを、ワタシを見て思い出そうとしたのだろう。


「もちろんです。丈は長めのデザインですし、こうして結び紐を調節すれば調節可能です」


 このあたりの汎用性の高さは過度に可愛らしいデザインとはいえ一応仕事着であるエプロンならではといえよう。

 繰り返すが買うことは買える。ただ、王子を落とすのが遅くなるというだけで……。

 決め手にかけるワタシに、店員はちょっと待っていてくださいと声をかけて奥に引っ込んだ。

 すぐに出てきたが、その手にはあるものが持たれていた。


「それは」

「フリルカチューシャというものです。こうして頭に付けて、髪が乱れるのを防ぎます」


 と、それを頭にかぶるような仕草をしたあとワタシに見せてくれた。

 エプロンドレスと同じようなフリルが立っている、頭にはめるやつである。


「このエプロンドレスによく似合うでしょう? 今ならこれをお値段そのままでお付けします。これを付ければ付き人さんも更に喜んでくれますよ」


 ……これを、アスタフェルが、付ける。

 頭のなかでエプロンドレスを着た魔王に、さらにこれを装着させてみる。


 心がキュンと動いた。

 ……可愛い。


 ああ――違うんだ。別にワタシはアスタフェルのこの姿を実際に見たいというわけではないんだ。

 ただ、日頃の感謝とか、そういうのを示したいだけで。

 そもそもエプロンが家にないのが変なんだよな。なんで三角巾があるのにエプロンがないんだ。それでアスタフェルがエプロンを欲しがって……。

 ただのエプロンでももちろんいいのだが、本人が欲しがるものをプレゼントするのが一番いいだろう。似合うんだし。

 三角巾もあるにはあるが、このフリルカチューシャというやつがあってこそエプロンドレスは完成品となる、そんな気概を確かに感じる。

 王子様を落とすにも、彼の魔力が必要なんだし。

 ……アスタフェルに喜んでもらうのも、風の魔王を懐柔するということに繋がるし。


 いや、駄目だ。

 認めよう。何事も見誤らず正確に把握することが肝要である。

 ワタシはアスタフェルがこれを着たところを見たい。喜んだところも見たい。

 別に王子様を諦めたわけじゃないんだ。香辛料はまた買えばいいだけなんだから。


「分かりました、買います」

「お買上げありがとうございます、魔女さま。付き人さんは幸せ者ですね」

「そうだと……いいですが」


 締りが無くなりそうな口元を必死で整え、ワタシはそう相槌を打った。


「ところでつかぬことをお伺いしますが、これを着るのは魔女さまですよね?」

「……着たいといっている人が着るのが一番いいと思うんです。ワタシはその想いを支持します」

「左様でございますか。人それぞれでございますねからね。人が二人集まったご夫婦ならなおのこと……」

「付き人ですが」

「そうでございますね。ここから先はごふ――いえ、お二人の問題ですしね。私は品を売るだけでございます」


 店員は笑顔で頷くと、エプロンドレスとフリルカチューシャを包装してくれた。

 ワタシは代金を支払いそれを受取り、店員に見送られて店をあとにする。

 財布は軽くなったし香辛料も買えなくなったが、なんだか気分が高揚していて足取りも軽い。

 アスタフェル……。喜ぶかな。



  * * *


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