23話 風の魔王の長所とは
★ 風の魔王の長所とは
「ジャンザ」
声に顔を上げれば、アスタフェルはすでにドアの所にいた。
「お前はどうしても王子様と結婚したいのか?」
「そりゃあね」
師匠やフィナのことを思い出しながら頷いた。
「変わらないのか、その思いは」
「決して変わらないよ」
魔界に去っていった二人に誓ったんだ。ワタシは自分がすべきことをする、と……。
アスタフェルは躊躇うように視線を惑わせ、やがてつぶやいた。
「……忠告しておく。俺の魔力でエンリオを殺るのはやめておいたほうがいい」
「……え? なんでそんな」
「思いのほかシフォルゼノの監視が強かった。そのなかであいつの信徒なんか俺の魔力で殺してみろ、いくらジャンザといえども無事ではすまない」
なぜいきなりそんなことを……。
「王宮でなにかあったのか? ……エンリオか?」
エンリオはシフォルゼノの聖騎士だ。アスタフェルの宿敵たるシフォルゼノの守護を過分に受けた身。風の魔王として、アスタフェルがエンリオから神の気配を感じたとしても不思議はない。
「まあ、そんなもんだ。お前が俺のものにならないならシフォルゼノに殺させるのもいいかと思ったのだが……」
「オマエ、エンリオを殺すのを手伝うといってくれたよな。あれはワタシをはめるための嘘だったのか?」
「違う! あのときはこんなに監視が厳しいとは思っていなかった。今日……」
アスタフェルは言いかけるが、口をつぐんだ。しばらく逡巡し、やがてワタシを見る。ずいぶん辛そうな顔をしていた。
「王子様のどこがいいんだ?」
「王子様のいいところ……?」
続いた言葉は、違う話題だった。
それでもワタシはアーク王子を思い浮かべる。
彼の良さ、か。少し痩せすぎてはいるが背が高く、品のある顔つきをしている。なにより王子という立場。それから……。
「ワタシのこと、ちゃんと見てくれているな。真面目だし勉強熱心だし。素直に助言を聞いてくれるのも、人の上に立つものとしての資質が感じられ好印象だ」
「じゃあ俺は?」
「アスタ?」
アスタのいいところを言え、ということだろうか。
「勢いがいいな」
「……それだけか?」
「大事なことだよ、勢い」
むしろこいつ勢いだけで今まで生きてきた感じだし。こいつから勢いとったら死にそう。
「じゃあ、これからも勢いよくいくからな!」
「ああ、そうしてくれ」
「王子様との結婚も勢いで邪魔してくれるわ!」
「……おいオマエそれは」
低い声で脅すと、彼はひょいっとドアの向こうに引っ込んだ。
「とにかく忠告は本当だ。エンリオは殺さないほうがいい」
声だけが聞こえてくる。
「本当なのか? にわかには信じられんし信じたくないな。せっかくの旨味がなくなるなんて」
「だから王子様なんか諦めたらどうかと思うんだ。お前には俺がいちばん合うぞ」
「いや、それが本当だとしても……。前にも言っただろう、ワタシはエンリオを殺したいんじゃなくて王子様と結婚したいんだと」
古来、悪女は王に取り入り賢臣を排除し牽制を奮った。
それを真似すればいいだけのことだ。
「変わらないよ、アスタフェル。オマエはワタシに力をくれた。それを使わせてもらう。野望を叶えるために」
「ジャンザ……」
「明日も早い、もう寝よう。明日は月に一度の市が立つ日だ。オマエには付き人として荷物持ちをお願いしたい」
明日の仕入れは大事な取り引きになるだろう。王子に飲ます惚れ薬の材料を仕入れるのだから。
「何を言っても無駄ということか。だがそれでこそお前はジャンザなのであろう。それから」
ひょいと顔が出てきた。照れてる。
「次はちゃんとキスしてやるからな! 覚悟しておけ!」
「次があると思ってるところが愚かだというんだ。そのときはきっちり返り討ちにしてやるさ。おやすみ、アスタ」
「うむ、それでこそ俺のジャンザよ。おやすみ」
ドアが閉められ、足音が去っていった。
だからオマエのものじゃないっての。
なのになんで嫌な気分にはならないんだろう。
だが、この想いは今日という日に封じていこう。
これから寝て、明日、目が覚めたら、ワタシは悪い魔女に戻っているんだ。
野望のために好きでもない王子を籠絡し、王子を守ろうとする聖騎士を排除させる――そのために魔王を召喚した、ただの悪い魔女に。
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