21話 魔王の目にゴミが入った
★ 魔王の目にゴミが入った
「入っていいか!?」
ドアを開け放った部屋の外で、風の魔王は律儀に問うた。
というのも、ワタシの許可なく寝室に入ったらタダじゃおかないと脅してあるからだ。
ワタシが買い与えた町人風の古着で、白銀の髪はうしろで一つに束ね、顔は少しうつむき気味にしていた。
右目を痛そうに閉じているが、たまに様子を伺うようにぱちぱちと瞬きをしている。
「目、どうした?」
「ゴミが入ったみたいで……痛くてかなわん。このままでは死ぬかもしれん」
「大袈裟な」
とも言いきれないのが怖いところだ。これは絶対に患者には言えないことだけど、どんなときでも常に最悪になる可能性はある。
「しょうがないな、すぐに診てやるよ。いいか、ぜったいに目を擦るなよ」
目にゴミが入った場合、擦ってしまうと眼球自体が傷ついてしまう。だからまずは擦らないように言わないといけない。
「こっちだ。歩ける?」
「ああ……」
ワタシは椅子から立ち上がると、彼を迎えに行き、腕を取って部屋のなかに入れた。
「鏡で確認はした?」
「したのだが、暗くてよく分からず……」
「いつ痛くなった? 何が入ったのか検討はついてる?」
「さきほど急に痛くなった。何が入ったかはさっぱり」
「目は洗った?」
「ああ。だが取れなくて……」
確かに彼の前髪や眉毛、まつ毛はしっとりと濡れていた。頬にも水滴がある。洗ったのに取れなくて、慌ててここに来たのだろう。
「貼り付いてるのかな」
それか、ゴミが原因ではないか……。
「怖いこといわんでくれ」
「怖くない怖くない。薬草を煎じたお湯の湯気を目に当てて涙を誘発してみよう。ゴミならそれで取れる。目に染みるけどね。とりあえず目の様子を診るから、ちょっと見せて」
「ああ」
ワタシは彼の胸に寄りかかるようにして顔を見上げた。
「うお、ジャンザ……」
手を彼の顔に添え目を近くで見ようと顔を近づけると、急な接近にびっくりしたのかアスタフェルがのけぞった。
両手で彼の頬を挟み顔を引き寄せると抵抗はすぐに弱くなり、されるがまま中腰になってワタシに空色の目を見せてくれた。
が……。
「うーん。見づらいし、暗い」
「だ、だろうな」
この部屋の光源は燭台の二本のロウソクだし、そもそも背の高いアスタフェルの顔は、いくら女性としては背の高い部類であるワタシといえども見づらい。
「そこに座って」
今しがたまでワタシが座っていた椅子に座るよう指示すると、ワタシは燭台を持ち上げて手のひらを照らしてみた。十分とはいえないが、ちゃんと明るい。これでなんとか見えるかな。
本当は、明日、明るくなってからしたいんだけど……、そんなこと言っていられない。アスタフェルは今、痛がっているのだ。
アスタフェルが座ったのを確認すると、ワタシは彼の前に背を屈めて立った。
「よし、見せて……」
彼はワタシの言葉に顎を上げた。なんとか目を開き続けようとしているのがぱちぱちと瞬きを繰り返す動作から分かる。
「ロウソクを近づける。熱かったら言って」
言いながら、ワタシは彼の顔に燭台の炎を近づけた。
彼の頬を片手で補足し、目を見つめる。
「ちょっと、ごめんね」
瞬きを繰り返すまぶたを、指で開く。
うーん、充血してきてるかな。でも、これくらいなら大丈夫。傷つけられたというよりは、突然の異物に驚いた、というほうが大きいだろう。
もしかしたらと思っていた出来物も見当たらない。
ちゃんと涙で濡れているから、ゴミならあと少しで出るとは思うんだけど……。肝心のゴミが見えない。
うーん。やっぱりロウソクの光だけじゃ無理かな……。
ワタシは彼の顎の下に人差し指を差し入れた。
「こっち見て……」
燭台を持った手の人差し指をピコピコと動かしながら、アスタフェルの顎をつまんで見やすい角度に調節する。
「ジャ、ジャンザ、これって顎クイというやつでは……」
確かにそのとおりだった。
しかも、目の様子を診るために、ワタシはいまものすごく顔を近づけている。