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20話 ジャンザと師匠の思い出

★ ジャンザと師匠の思い出


 これでよし、と。

 今日の分を書き終わったノートをざっと見渡して満足すると、ワタシはかたわらのミンシアティーを口に含んだ。


 すっかり冷めてはしまっているが、それでもすーっとする清涼感は相変わらず強力だ。

 口の中を浄化してくるようなこの爽快感がワタシは好きだ。

 それにこのスッキリした香りが気分を変える役割を果たしおだやかな眠りを誘うため、睡眠前に飲むのにピッタリのお茶だといえる。


 いまワタシは、寝室の机で、自分の知っている薬草の知識をノートに書き出していたところだった。

 もちろん王子様と結婚して権力を持ち、魔力の入っていない薬を広めるつもりではいるが、そのときでもきっとこのノートは役に立つだろう。

 世の中というのは他人に分かるように書き記した情報が物をいうのだ。……きっと、そういう時代が来る。

 そのときになれば、このノートはみんなの知識の(いしずえ)になるだろう。必ず。


 しかし、ロウソクの火だけで夜中に書き物というのはさすがに疲れる。燭台のロウソクは二本だから明るいといえば明るいんだけど。

 師匠はこういうとき、魔法で明るい光を出していたんだよな……。それを思うとやはり暗く感じる。魔力があるって、いいなあ。いや、ワタシだって魔力自体はあるんだけど……。質と量がね……。


 師匠……。


 ロウソクの炎を見つめながら、ワタシは師匠のことを思い出していた。


  * * *


 ワタシは捨て子で、小さい頃に師匠アリアネディアに拾われたそうだ。

 あまりにも小さくて、その時のことなんか覚えていないけれど。

 ワタシをどこでどうやって拾ったのか、小さい頃のワタシはよく師匠に聞いたものだ。自分がどこの誰かなのか、そのころはまだ興味があったから。


『川沿い歩いてたら赤ちゃんの鳴き声がしてね、何かと思ったら赤ちゃんが入った籠が流れてきたのよ! もうびっくりしたんだから!』

『アリィったら泣きながらあの大河にざっぶざぶ分け入ってってね……。アタシが止めなかったらって思うと、今でもゾッとするわ』


『だって、赤ちゃんよ!? 泣きながら流されてるのよ!? 助けなきゃ! ってなるでしょ!?』

『だからってなんでアンタまで大泣きしながら川に入る必要があったのよ。飛べるのよアタシ』

『そ、それはそうなんだけど……慌てちゃって……』


 返ってくるのはいつも、身振り手振り込みの即興劇みたいな、師匠とその使い魔風鴉(ふうあ)フィナのそんなやりとりだった。


 川を流れていたワタシは師匠たちに見つけてもらって、師匠が慌てて川に入ろうとしてフィナに止められて、飛ぶことができるフィナがワタシを籠ごとその鉤爪で持ち上げて、陸に運んでくれた。


 そんな昔話を、それこそこの目で見たことがあるように錯覚するほど、ワタシは何度も何度も聞いた。

 何度も聞いて、そのたびに安心した。

 ワタシは捨てられたけど、いい人たちに拾われたんだと……。


 それにワタシには微量とはいえ魔力があった。師匠たちははっきりとはいわなかったけど、おそらくそれが原因で捨てられたのだろう。

 師匠たちはそんなワタシに――魔力の量も質も桁違いとはいえ同じように魔力を持つものとして――同情してくれたんだろう。


 そして、師匠はワタシに魔女としての名をつけ、魔女として育てることにした。


 ワタシはその運命を受け入れた。受け入れるしかなかったし、師匠たちの期待に応えたかったから。

 魔女としての宿命も受け入れたつもりだった。


 二年前。目の前で師匠が死に、その遺体をフィナが持っていってしまうまでは。


『フィナ! 師匠をどうするつもり。食べるの? それともバラバラにして……魔法陣に置くの?』


 そのころにはワタシももう、ワタシたち魔女の遺体が魔物たちにとっては宝に等しいものなのだということを知っていた。

 魔法の媒介にもなるし、食べれば魔力を増幅させる貴重な食物でもあるのだ。

 フィナがそれを目当てに師匠に力を貸していたことを、もう理解できる年齢だった。


 だがフィナは言ったんだ。


『大丈夫よ、ジャンザ。アリィの体を使ったりはしないわ。アリィはアタシが手厚く葬る。奪いに来るやつがいたら片っ端から殺してやる。アタシ、これでも強いのよ』

『……知ってる』

『ジャンザ。ジャンザがアリィを好きなように、アタシもアリィのこと、大好きなの。だから心配しないで。ジャンザ、アナタはアナタがすべきことをするのよ』


 ワタシは……その言葉を、信じた。


 そして、二人が魔界に行ってしまうと、ワタシは一人になって……。

 自分にできることを、自分がしなければならないことを、しようと思ったんだ。



  * * *



 ロウソクの炎が、優しく揺らめいている。

 目の端に滲んできた涙をそっと指先でぬぐった。

 ……嫌だな、感傷的になって。こんなことしてる暇なんかないのに。


 それにね、師匠――。

 ワタシは心のなかで、そっと師匠に語りかけた。


 ワタシにも使い魔みたいなのが、できたよ。しかも風の魔王なんだ。ワタシなんかには不釣り合いなくらい強い魔物だよ、なのにワタシへの制約はなし。契約もしてないんだよ。

 ……なんだか怖いくらい条件が良いよね?


 きっと、なにか裏があるんだよね。それくらい分かってる。

 師匠は身体をフィナに差し出したけど、ワタシはアスタフェルに何を差し出すことになるのかな。怖いね……。


 けど、今はアスタフェルを利用するよ、師匠。

 ワタシのような力のない魔女はそうするしか道がないんだ。野望を叶えるためには。

 大丈夫、けっこう頼りがいがあるんだよ、あいつ。


 今日だって、守ってくれた……。

 そのことを思い出した途端、ドキッと心臓が脈打つ。

 唇と唇が触れる寸前のところで止められた、美しい顔。甘い吐息。それに、ワタシを抱きしめてくれた、あの力強い腕……。


 あいつはワタシと結婚したいだなんてぬかしてるんだ。もちろん風の魔王がそんなことを言うんだから、裏はあるはずだ。

 今日だって、あいつは何故か本当のキスはしなかった。

 普段のあいつの勢いならしても何らおかしくはないのに。


 でも……今は、頭を使うことは、忘れて。

 ちょっとくらい、たゆたってもいいかな。

 キスするとか、しないとか、そういうことに心をときめかせても……今くらいは……。

 でも明日は早いんだ。もう寝よう。

 ……おやすみなさい、師匠。いい夢を。

 ノートを閉じ、燭台の二本のロウソクの炎を消そうと息を吸い込み――。


「ジャンザ! ちょっといいか!!」


 元気よく開けられた寝室のドアを、ワタシは振り返った。

 ……本当に雰囲気をぶち壊すのだけはうまいな、こいつ。



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