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16話 城の前庭にて

★16 城の前庭にて


「家にいていいって言ったのに」

「王城などという場違いな場所で浮きまくるお前を見る絶好の機会なのだ、逃してたまるか」

「……王子と会うのが心配だって、正直に言えよ」

「う……む。すごく心配だ……」


 アスタフェルはぼそっと小さくつぶやいた。

 まったく、なんでこうどうでもいいことで意地を張るんだこいつは。


 目覚めたワタシがアスタフェルと再開してから数日後。

 ワタシたちはリザ宮の門をくぐり、広大な庭園を歩いていた。

 目指すは王族専用図書館。といっても本を読みにいくのではない。ある人とそこで密会を予定している。


 音も聴こえないほど遠くに噴水があり、まるで王冠のような軌跡を描いて初夏の陽を浴びきらきらと水面に落ちる複数の水流が見えた。

 噴水の中央には翼を広げた華麗な天使像があり、その天使が持つ壺から放物線を描いて一筋の水が流れ落ちている。

 芝生の向こうのそれを眺めながら、ワタシは口にした。


「で、どうなんだ」

「なっ、なにが」

「ワタシ、浮いてるか?」

「いや。思いの外地に足ついてるな……」


 アスタフェルの視線を感じ、彼を向く。

 角や翼はもちろん消してもらっている。着ているのは着古された白いシャツに裾のほつれた灰色のチュニック、それに薄汚れたズボン。膝から下は古ぼけたブーツだ。

 普段着用にとワタシが買い与えた町人風の古着である。


 王城に行くのだから正装(召喚した時に着ていたあの黒い長衣のことらしい)する! と言い張るアスタフェルを説き伏せ、目立たないこれを着せた。

 確かに登城(とうじょう)には適さないが、目立つよりはマシだ。ワタシたちはただの出入りの魔女とその付き人なのだから。


 とはいえアスタフェルは人間ではないので美しく、また背が高く足が長いのもあり、いくらよれよれの服だろうが完璧に着こなしている。流石だ。

 白銀の髪は、三つ編みという同じ髪型だと癪にさわるので単に一つに束ねるだけにしてもらっていた。

 ちなみにワタシはいつものとおり。フード付きの黒いローブだ。


「当たり前だ。ワタシは何度もここには来ている。おのぼりさんの時期はもうとうに過ぎ去ったさ」

「というか――輝いている……」


 アスタフェルは空色の目を細め、眩しそうにワタシを見つめた。

 思わず後ろを振り返って確認する。太陽を受け青々と茂る広い芝生と、芝生を横切って何本か白い道が通っていた。特に目立つものはない。


「べつになにも光ってないが?」

「こうなれば王子とやらの前で最大限にイチャついて、誰がジャンザのものなのかはっきりさせてやろうぞ……!」


 ……なんか違和感があるものの、今の論点はそこではない。ワタシは声を低くして彼に脅しをかけた。


「オマエ邪魔したら……分かってるだろうな?」

「王子の前でされるのならむしろ本望だ」

「……といいたいところだけど、いま王子様はリザ宮にいないんだ」


 アスタフェルを無視して話を続けた。


「ご療養で温泉旅行中。帰ってくるのは、予定通りなら三日後だよ」


 アスタフェルはあからさまにほっとした。


「そうか、残念だ。……しかしなぜそんなことを知っている? 宮廷付きの魔女というわけではないだろう、お前は」

「情報提供者がいるんだ。今から会いに行くのはその人だよ」


 ワタシたちが行く先には美しい馬車回し(ポーチ)があって、隣接して壮麗な第一館が鎮座ましましている。そこからようやく建物郡がはじまり、目指す図書館はまだまだ先だ。


「主の情報をこんなみすぼらしい魔女に流すとは。なんと不埒な……」

「……承服はする。みすぼらしい魔女の自覚はあるし、仕える人の情報を流すのは褒められたことじゃない。だがまあ、彼女にもそれなりの考えがあるんだろう。それがワタシの利益になっているのなら、ワタシはそれを支持するだけだ」

「それなりの考えとは、それが欲しい、ということか?」


 とアスタフェルはワタシが手にぶら下げた巾着袋を指差した。


「もちろんそれもあるだろう。ワタシが作った化粧品はデキがいいって評判だからね」


 袋の中には、ジャンザ特製しっとりすべすべハンドクリーム、浄化の作用もある季節の薬草のサシェ、花の香のリップバームに、それから情報提供者の肌の色に合わせて作ったファンデーションが入っている。

 情報と交換する品である。


「しかし、それをみな自分で作るとは……。器用な奴よな」

「材料があれば誰でも作れる。材料が出回ってなくて、材料から自分で作るしかないから……、みんな面倒臭がってやらないだけだ」


 そしてワタシの目的は、人々がこういうものを自分で作るようにすること、だ。

 それには権力を使ってしまうのが手っ取り早い。たとえば、材料を国策として市場に多く流すようにする。作り方を教える学校を作る。貴族が率先して自分で作ってみせるのもいい、そうすれば庶民もそれに追随するだろう。どこかの商才のある者が、工房で大量に作って商売をし始めるのも良い。

 それをするために……、ワタシには情報が必要なんだ。王子様の情報が。


「アスタ。いいか、これから会う情報提供者の機嫌を損ねるんじゃないぞ。オマエ永遠に黙ってろ」

「なんかちょっと酷い。だがそんなに気難しい女なのか?」

「そうじゃなくて……」


 ワタシは隣を歩く奴を見上げる。

 一つに束ねた白銀の髪、透き通るような白い肌に明るい空色の瞳は、まるで絵画のなかの人物のように鮮やかだ。

 町人っぽい古着を着ていようと、アスタフェルの美しさは隠されるどころかダダ漏れだ。


「オマエ、かっこいいからなぁ……」

「ええっ!? もしかしてお前、そいつが俺に惚れたらどうしようとか! あまつさえ好意を向けられた俺がそいつを好きになってしまったらとか! そいつに俺を取られたらどうしようとか! そんな心配をしているというのか!?」


 妙に説明口調で叫んだわりに喜色満面であった。


「オマエはそんなことしないよ」

「……うん」


 素直に頷くアスタフェル。どんな裏があるのかは知らないが、こいつがワタシと結婚したいということだけは事実だ。


「ワタシが心配してるのは、情報をくれなかったら困るな、ってことだけだ」

「なんなら俺がかっこいいことを利用して、そいつから必要以上に情報を引き出してみせようか?」

「……やっぱりオマエ、何もするな」

「俺に……いや、その女に嫉妬しているのだな、ジャンザ。うれしいぞ……!」

「だから違うってば。むしろ……逆……?」

「逆?」

「……まあ、会ってみれば分かるよ。ただ、ほんと、余計なことだけは言うなよ」


 が……、ワタシの心配とは違う意味で、彼女は危機の真っ只中にいた。


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